第八章 王冠と責務
第八章 王冠と責務
「王とは何か」
鯨岡壮児――いや、ミハアントニス・テ・ハムショウは、その問いに答えるべく王冠を見つめていた。宝石がはめ込まれた王冠は、過去の栄光と権威の象徴であったが、今やそれは重荷でしかないようにも思えた。
朝の陽光が差し込む執務室で、彼は一人、記録簿と対話していた。国家予算、各地の農作物収穫報告、失業率、教育水準――それらは彼にとって、抽象ではなく「現実」だった。
「王は国の象徴ではない。国民の生活を背負う存在だ」
その考えは、もはや信条であった。
*
鯨岡が王として即位してからの改革は、確かに国を揺るがせた。
歳出の公開、累進課税制度の導入、軍部の粛清、そして三派閥に分かれた政治構造の浮上。
そのすべてが、「王政の再定義」を促していた。
伝統にすがる者たちは、鯨岡の行動を「背信」と呼んだ。
共和を志す者たちは、「中途半端な理想」と罵った。
だが鯨岡は、どちらの意見にも耳を傾けながら、最後に自らの意志で答えを出す覚悟を固めていた。
「私は、形骸化した王ではなく、責任を持って国を導く王となる」
*
ある日、王は地方の小都市を視察した。
舗装されていない街道を馬車で進み、貧民街を歩き、工房で職人たちと話した。
「お前が、王様か?」
泥まみれの子供が、恐れることなく彼に尋ねた。
「そうだ」
「じゃあ、なんで靴が俺たちと同じくらい汚れてるんだ?」
鯨岡は微笑んで答えた。
「お前たちの歩く道が、私の道だからだ」
この言葉は、その地にいた民の胸に深く刻まれた。
それは一つの象徴となり、後に「道を共にする王」と呼ばれる所以となる。
*
王宮に戻った後、鯨岡は新たな提案を議会に示した。
「王政を制度として再設計する」
・王は行政の長として執政責任を負う
・王政評議会は立法と監視の権限を持つ
・評議会議員は選挙または任命により構成され、民意を反映する
・王の命令は公開され、議会に対して説明責任を持つ
これは、まさに半共和・半君主制とも言うべき政治体制であった。
「王は法に従い、法に守られる。その上でこそ、信頼される」
この提案は賛否両論を呼び、議場は騒然とした。
だが不思議なことに、かつて王政打倒を叫んでいた改革派の一部が、静かに支持の意思を示した。
「陛下のその姿勢は、私たちが求めていた『説明する権力者』そのものです」
キエ・エッシェンバッハ大公もまた、その場で膝をついた。
「陛下。あなたこそ、我々が信じるべき未来です」
*
その夜、鯨岡は再び王冠を手にした。
「これは、ただの装飾品ではない」
彼は自らの手で冠を掲げ、ゆっくりと頭に載せた。
「これは、背負う覚悟の証だ」
かつては象徴に過ぎなかった王。
だが今、彼は決断した。
自らの意志で国を背負う王として、運命と向き合うことを。
第八章、王はただの影ではなく、未来を照らす光となる。
それが、ミハアントニス・テ・ハムショウ王政再建の核心であった。