第六章 影より来たる
第六章 影より来たる
それは一通の密書から始まった。
「陛下の御身に危険が迫っています」
送り主不明、封蝋には見覚えのない紋章。だが文面は異様なまでに具体的だった。王が朝の視察に出る時間、道順、そして予定されていた護衛の配置。
「……誰かが、内側にいるな」
鯨岡は呟いた。すぐさま警備体制を変更し、自身の行動を取りやめた。その判断が、命を救うことになる。
予定されていた王の通行路で、時刻通りに爆裂音が響いた。護衛に変装していた兵が、炸薬を仕掛けていたのだ。
騒然とする王宮。犯人は逃走したが、王は即座に軍内の洗査を命じた。調査は厳しく、容赦なく行われた。結果、6名の将校が拘束された。
その中には、元老院軍部代表・ハーゲン将軍の側近が含まれていた。
「軍の一部が動いたか……」
キエ・エッシェンバッハ大公は、軍の要職を歴任してきた経歴を持つ。彼の表情に、かつてないほどの険しさが浮かんでいた。
「彼らは、権益を守ろうとしている」
それは単なる暗殺未遂ではない。王による財政改革、課税制度の変更、貴族制の再編――これらすべてが、軍の既得権益を脅かしていた。
「このままでは、反乱の火種が燻る」
鯨岡はうなずいた。「だからこそ、我々が先手を打たねばならない」
*
三日後、王は異例の形で軍司令部を訪問した。
王の登場に、将校たちは沈黙した。だが、鯨岡は逃げなかった。王座に座るのではなく、円卓の端に立った。
「私の命を狙った者が、あなた方の中にいた。だが私は、軍を疑ってはいない。私は“腐った根”だけを断つ。組織の幹までは枯らさない」
沈黙。
「この国は変わらねばならない。私もまた、その責任を背負う覚悟でここに立っている」
その日以降、軍は二つに割れた。
一つは王に忠誠を誓い、新たな軍制改革に協力する者たち。
もう一つは陰に潜り、王を排除しようとする者たち。
鯨岡は、分かっていた。
「これは始まりにすぎない。だが、腐敗に剣を振るうのならば、私はその矢面に立とう」
王の覚悟は、確かに試されようとしていた。
第六章、静かなる内戦の幕が、音もなく上がった。