第四章 帳簿を晒せ
第四章 帳簿を晒せ
早朝、鐘の音とともに、王命が全土へ布告された。
――『国家歳出報告書を、すべての階級に公開せよ』――
この一文がもたらした衝撃は、城壁の外へ瞬く間に広がった。豪奢な議場の中、最初に怒声を上げたのは代々財務を司る名家、バルディエ公だった。
「陛下、そのような無礼を……! 財政の内訳を民に晒すなど、王権の威厳が崩れますぞ!」
他の貴族たちも口々に同調する。
「予算書は神聖不可侵のもの、下賤の目に触れるべきではない!」
「すべての収支が明らかになれば、騒動を招きます!」
だが、鯨岡――いや、ミハアントニス・テ・ハムショウは、ただ一言だけ告げた。
「騒動が恐ろしくて、政治ができるか」
そしてその日のうちに、王は自ら王立公文書館へ足を運び、分厚い歳出報告書の第一巻に印を押した。これが正式な「民衆への開示版」となった。
彼はその書を手に、城下の庶民街へ赴き、掲示板にそれを打ちつけた。
「この国の税を担うのは、お前たちだ。その使い道を知る資格がある」
周囲の沈黙のなかで、一人の老人が頭を下げた。その後に続くように、次々と人々が膝を折る。
一方、貴族たちは恐怖を感じていた。それは「暴君への恐れ」ではなく、「透明性の光に照らされる自分たち」への恐れだった。
*
「公開によって混乱が起これば、陛下の責任となりますぞ」
評議会で、内務卿が警告するように告げる。
「望むところだ」
鯨岡のその返答に、キエ・エッシェンバッハ大公がわずかに眉を動かした。彼はかつて、鯨岡を疑い、警戒していた。だが今、言葉少なくとも確かに“治めよう”とする意志を感じていた。
やがて公開された歳出報告書には、実に400件を超える不正な支出が明記されていた。
懲罰的な措置は即座には下されなかった。むしろ王は、自浄を促すよう猶予を与えた。「改善期限は三ヶ月」と。
だが、それがかえって火に油を注いだ。庶民の間で「どの貴族が金を盗んでいたか」が話題となり、各家に対する不信が一気に広がったのだ。
王は正義を求めたのか? 民の怒りを利用したのか?
答えは明かされなかったが、ひとつ確かなことがあった。王は、もはや飾りではない。
「我は、血ではなく理によって治める」
その言葉は、評議会の石壁に刻まれることとなる。
ミハアントニス王政再建記、第四章。
始まりの鐘が鳴った。