「どちらの国の王様になられるのですか?」
ルーナは目の前の二人に「あらまぁ」と目を丸くした。
「ルーナ! 僕はお前との婚約は破棄する! たかが他国の伯爵令嬢でありながら王の甥である僕に対してもえらそうな! 傲慢なお前を、このまま妻にすることはできない! そしてこの慎ましく淑やかな侯爵令嬢のフローディアを妻に、妃とする!」
「本当にわたくしを、妻に……ジェラルドさま……!」
「ああ、もちろんだとも……ディア、受けてくれるね?」
「……はい!」
まるで劇のように。二人にスポットライトが当たっていないのが残念だ。
ルーナはおもしろい喜劇をみせてもらったので機嫌良くうなずいて。
「よろしくてよ」
と。美しく微笑んで了承した。
「ではジェラルド様はわたくしの婚約者からは辞退をなさると。ローリス、国に早く伝えてくださる?」
お二人も早く結ばれたいでしょうし、とまた微笑んで。
彼女は傍らにいる騎士であり従者であるひとりにさっさと指示をした。
「要件はそれだけ? では下がってよろしくてよ」
そのあっさりとした態度。しかも命じるかのように。
せめて泣いて嫌がってみせるなどの可愛げもない。
ジェラルドはその様子が気に入らないと、ルーナに指を突きつけてくる。
半年前にようやく逢えた婚約者は、はじめから可愛げなく――ずっとこうした態度なのだ。
月夜の空のような青みある黒髪の。輝く不思議な銀灰色の瞳の神秘的な美貌の美少女で、出逢えた瞬間は心が締め付けられるような気持ちを抱いたが、この半年間。ようやく逢えたことを喜ぼうと、ジェラルドが話しかける度に、この調子だ。
常に、上から目線。
しかもまるで城壁のように、護衛のものたちが。二人きりにもなったことがない。
ジェラルドが幼馴染の侯爵令嬢に心が傾くのも仕方がない。
悪いのはルーナであろう。
「だ、だからそうした態度が気に入らないんだ! いつも上から目線! 貴様なとたかが伯爵家だろう! だというのにこれ見よがしに毎日、護衛をぞろぞろと引き連れて! 何様のつもりだ!」
確かにルーナは伯爵家のものではある。
ジェラルドはこの国の公爵家の次男。母は降嫁した王妹で。
だから。
「次期王たる僕に無礼だぞ!」
彼は自分が王だと――。
幼い頃より「お前は王になれる」と母やその兄である王より、直々に。そう言われて育ってきた。
――だから気をつけて、良く学び良く鍛えるようにと伯父である王は伝えたつもりだったのだが。
「……えぇと?」
ルーナは可愛らしく首を傾げた。
「どちらの国の王様になられるのですか?」
と。
この国の王太子はジェラルドの年の離れた従兄弟ではなかったかしら?
この国の王の実のお子さまになるのよね?
先ほど挨拶なさっていたわよね?
確か三十手前くらい? そのお子さまがようやく五歳の年を迎えられたから、そろそろ王位を継がれるって話であったはず。
ルーナは首を傾げながらこの国の状況を思い出す。そう説明されてきたからだ。
ルーナはまだ十三歳。
その婚約者とあるジェラルドは二つ上だと聞いているが。
「いったいいつ、ジェラルドさまが立太子されたのでしょうか?」
「そ、そんなの幼い頃より……そう、言われたから……そうだ! 伯父様に! 陛下に!」
「まぁ、国王陛下が? ではこの国の王となられると?」
ルーナと話しているうちに、ジェラルドも「あれ、そういうことだよな?」と、ちょっと不安になってきた。
確かに伯父には「未来の王」と言われた。
しかし王太子は依然、従兄弟である。
気にしていたときに、ふと従兄弟たちとの年の差に気が付いて。
あ、自分が成人前だからか。
そこに至った。
きっとこの国の成人にあたる十八になったら自分が改めて王太子とされるのだろう。
「まあ、そういうご予定ならばもっと早く言ってくださればよろしいのに」
この国に来る前に聞いていた話と違うと、ルーナは不思議であった。
「そういうことならば、余計にわたくしとの婚約のお話しは無理ですわね」
そう、何故ならば。
「この国の後継ぎになる方をわたくしのお婿さんにはできませんもの」
「……お婿さん?」
ジェラルドも言われたことに首を傾げたとき。その広間にいた――実は王宮の舞踏会の最中だったのだ――ジェラルドの兄が慌ててジェラルドを取り押さえに来た。離れたところにいたからお疲れ様であり、監督不行きでもあり。
「この愚か者! 馬鹿者! っていうか何言ってんだお前!?」
そう、怒鳴りつけながら。
場所をかえて。
ひたすらジェラルドの兄の公爵令息に頭を下げられながら案内されて。
自国よりついてきている護衛の騎士たちとぞろぞろと。
その先の広い部屋に案内されるとすぐにこの国の国王も飛び込むように、部屋に。
「申し訳ないー!」
スライディングに何かしそうな勢いだ、とルーナに控えていたお付きが小さく。吹き出させるなと肘打ちしたルーナは偉い。
「あらまぁ、転ばないようにお気をつけて?」
ルーナの声かけは優しく。その手をつく直前を「やめろや」と。一国の王が頭を下げるのはさすがに。
まだ、甥っ子さんのおいたな段階なのだし。
正直なところ、ルーナはまったく怒ってない。
むしろ――おもしろい見世物だった。褒めてつかわす。
そんな気分。
そしてこれから第二部が始まる。
公爵令息が弟をとっちめる――何故あのようなことをしでかしたのかを聞き出すと、なんとも呆れるお話し。
「だって、母さまも伯父さまも、兄さまだって、僕がそのうち王さまになれるって……」
ひっくひっくと……十五歳にもなろう男がしゃくりあげながら話す内容は。
ジェラルドは幼い頃より「いつか自分が王に」と聞いて育ってきたと。
特に母は「いつかジェラルドの国に……楽しみだわ。物語の舞台に行きたいわ」と、自らもそこで暮らしたいと、友人である侯爵夫人に話をしていて。それを早いうちから母についてお茶会に出ていたおませなフローディア嬢も、聞いていたそうな。
そして幼馴染なふたりはいつかジェラルドが王さまになったら……な、お話しを良くしていたそうで。
「あー……」
聞いてルーナは何とも呆れる。
ちゃんと教育できなかったのですねー、と。
だからジェラルドに、もう一度尋ねた。
「どちらの国の王様になられるのですか?」
と。
「え、この国のだろ?」
きょとんと。
何を言っているんだと、むしろまだルーナを馬鹿にしたような表情のジェラルドに拳骨を落としたのは兄と、同じく駆け込んできて事情を聞いた――王太子。ジェラルドの年の離れた従兄弟。
そうこの国の、ちゃんとした王太子。
「この無礼者めが!」
「ぴぇん!? 父さまにも殴られたことないのに!」
「ならば私がかわりにだ!」
兄がもう一度。一発目より痛そうな音が。
母も母だと、血走った目で公爵令息はため息をつく。母は自分も殴られるとぶるぶる震えている。公爵ご自身は本日は領地にどうしても外せないご用事があったとかで不在であったのが。お兄さんがその分、総責任者。
集められた王族と、関係者だからと侯爵家のフローディアとその保護者。
これで揃ったかしらと、ルーナは怒る兄君を「まあまあ」と制して。
「おかわいそうに。理解してらっしゃらないのなら、ジェラルドさまに説明しなおして差し上げるべきでしょ?」
「は、申し訳ありません!」
ジェラルドは兄がルーナにへりくだっているのかわからないと、またきょとんとしている。しかも自分を「かわいそう」と哀れまれた。
「た、ただの伯爵令嬢が、え、えらそうに!」
「まだ言うか!」
「びえん!?」
教育し直しなさいよー、と心の中でつぶやきながら、ルーナはせめて優しく教えてあげた。こんな小せぇものは怒りの対象にもならないのだ。彼女には。
「わたくし、伯爵令嬢ではありますが、ただの、ではありませんの」
王族や公爵位にとってはそう思うかもだけど、伯爵位だってとってもえらいのに。
それに、そもそも――。
「そもそもね、ジェラルドさま……貴方、わたくしの婚約者候補の一人でしかなくってよ?」
だから棄権するならあっさりと認めるだけである。
そう、まだまだ「お婿さん」候補はいっぱいいて。
「わたくしが、フィジーメール王国の次の女王なの」
フィジーメール王国。
それは砂漠の王国。
かつては一度滅びかけた王国であった。
けれど月の女神がその一族を憐れに思い――その身を地上に降ろし、慈悲をくだされた。
女神を慕う者たちにより、一族は救われた。知恵と技術を与えられた。
未だ尽きない清らかな水源。
豊かな鉱物資源と砂漠でも育つ稀有な草花。
それらだけでも、国として価値があるが。
近隣諸国との交易の要を。
フィジーメール王国は、今や交易路の中心。どの国も繋ぎを結びたいと願う国となった。
歴史の中では武力をもってフィジーメール王国を治めようとした国もあったようだが――砂漠の暑さと寒さ。そして砂地に住まう巨獣に、まずやられて。
それらを乗り越えたとしても、その巨獣すら単騎で倒すフィジーメールの騎士たちに。
――敵うはずがない。
そんなフィジーメール王国だが、この国は他国とは違う伝統があった。
女王制なのだ。
女神を崇める国であるから、ともあるが。
現在、王位を継いで長く統治している王は男性だから、他の男性優位な国には忘れがられがちではあった。
それはルーナの伯父にあたる方。
しかし、その前は女王に統治された時代であり。
ルーナの祖母であり。
ルーナの祖母の女王には三人の子があった。
しかし全員、男であった。
この国の王族の不思議なところでもあるが、何故か王位を欲しがらない。むしろ兄弟に「どうぞどうぞ」と押し付けあう気風がある。他国では王座をめぐって兄弟で血なまぐさい争いもあるというのに。
女王も兄弟がいたが、全員が唯一の女の子であった彼女に押し付けた。いや、それは少しばかり言い方が悪い。
女王の統治のもと、皆がそれぞれの好きなことで女王の助けになろうとなさる道を選ばれると言うべきであろうか。
まぁ、奔放な野郎どもに国は任せられないと、代々の女王となった女性らはため息をつくらしい。
女神を崇める国だからというのは、少しばかり他国への建前だった。
まぁ、平和で善哉。
そうした現代だが――先代女王には王子しか産まれず。
仕方なしに長兄が継いだ。
それがルーナにとっては伯父にあたる方。
しかし彼も二人の子をもうけたが――また、男子。
けれども!
兄が継いでくれたから好きなだけ研究職につけると、嬉々としてその道の大家であった伯爵家に婿入りした年の離れた末っ子の弟に。
女の子――ルーナの誕生である!
王より、先に産まれていた王太子の喜びの方がすごかった。
「やった! これで王様にならなくてもすむぞ!」
何とも。
そうしてルーナは、伯爵家産まれながらにして女王の孫であり、王の姪であり――次の女王となる定めとなってしまった。
ちなみに女王の三人の息子の真ん中、ルーナのもうひとりの伯父も早々に王位を放棄していて。国の騎士として今日も元気に砂漠で巨獣狩りをしている。大剣をぶん回して。
この国の王家の野郎どもは極振りがひどいのか、そうした冒険に行きたがる者と、突き詰めて調べたがる研究者なものが多い。
建国当時からだそうだから、これは国色なのだろうか。
ルーナの容姿は青みがある黒髪に銀灰色の瞳。そして肌も砂漠の民にしてたら白い。だからジェラルドは自国の伯爵家と勘違いしたのかしらと後からルーナは首を傾げたのだが。
フィジーメール王国は確かに銀髪で褐色の肌の王族が有名であった。
しかし、何代も血を重ねてはいるのだ。
ルーナの容姿はその国の建国にも関わりがあるという、月の女神と讃えられた女性と同じなのだ。
そのことから、なおさらに女王へと国中より支持の声が。
確かに血筋的に王家にはその方の血も入っているから、先祖返りとも。もしもルーナが産まれなければ王になるはずだった従兄弟も彼の家族の中で唯一黒髪である。
彼はルーナが王位に就くまでは、王太子のスペアとして王国にいるから、と。だから今のうちに、むしろ自由になる今のうちに世界を見ておいでよと言ってくれたのだ。自分だって旅をしたいのを我慢して。彼とて、従姉妹に押しつけるのは申し訳ないとは思っていて。
だから婚約者の選定をかねて、ルーナは今、この国にいて。
――余談だが、王太子は研究職よりで、暇があれば城内に作らせた彼専用の温室で植物を研究していた。王位を逃れられたら、他国に珍しい植物探しの旅に出たいとそわそわしているとか。今はキノコがマイブームだとか。
ちなみにもうひとりいる従兄弟王子は、幼い頃より海が好きで。というより船が好きで。
早々に兄に王位を押しつけて、船造りとなっていた。
まぁフィジーメールにある港街の総督を引き受けるかわりに、でもあるが。
しかし彼の設計した船の活躍により、新たな航路も発見できている。
そしてそんな彼らの父の現王は。
「ルーナちゃんが女王になってくれたら、おじさん……遊びに行ってもいーい?」
と、そわそわしながら愛剣を研いでいる。
「兄ちゃん一狩りあーそーぼ」
そう弟にも誘われている王様は、若いころは同じく巨獣狩りをする騎士でもあったとか。弓矢もなかなかの腕前だとか。弟も今から兄と狩りができることをワクワクしているとか。
ちなみにルーナの父の研究はその狩られた巨獣たちの生態や、それから採集される諸々であるとか。
まったくこの野郎どもがよぅ。
そうした国であり。
そういうことで、ジェラルドもようやくわかった。
ルーナこそ、砂漠の国の次期女王なのだ。
だから、その婚約者になれるかも――だった、ジェラルドは「いつか王に」と話されていたわけで。
ルーナが産まれた後。
そうした王位の行く先も決まれば。
あとは近隣諸国からの「うちの子を婿にいかがですか!?」の売り込みが殺到して。
この国も、降嫁した王女に年頃があう男子がいたこともあり。
王の子はすでに婚約者がいて、ルーナとは歳も離れていた。これから産まれるであろうその王太子の子であると、逆に年下過ぎてお断りされるだろう。売り込み時期がズレてしまう。
そう、まさにジェラルドは王の甥っ子で公爵家の次男という、程よい位置の。まさに売り時!
ジェラルド自身も公爵家の次男で、この小さな国では余る爵位もなく、継ぐものがないのだから……それなら彼のためにもなると、親や兄や、伯父になる王も思っていたのだが。
最良の進路を用意しながら、なんてことか。
いまや砂漠の国でありながら、交易路の中心である華やかなフィジーメール国に行ってみたいと、ふわふわと夢見がちな王女であった母の気持ちが先走り。そうしたところが可愛らしいと、公爵は降嫁を喜んでいたらしいのがなんとも。そのままの君が好き――は、なんとも。この結末。
王女は二児の母とも思えぬ、なんとも可愛らしい方であり。
ジェラルドは良くも悪くも、母親似だった。
似た者なフローディアの母も。だから気が合う友人同士でもあり。
お兄さんはまともで良かったわね、なんてルーナは思いつつ。まぁ、他人事だから。他国の事だから。
婚約者を辞退をされたなら、ルーナが関わるのもお門違い。
ルーナは従兄弟のおかげで、王位につく成人――ルーナの国も十八で成人だ――まで、自由が与えられた。
もちろん、女王になるための勉強と準備期間ではあるけれど。その間に「王配の選定」という名目で、他国から売り込み――推薦された婚約者たちに会うことにした。それならあちこちの国に行く名目にもなるわけで。
この国にも半年前に。長居しすぎたからそろそろ他の国に行こうとしていたところ。
実は今宵は、そんなルーナの送迎会的な催しだったのに。
お花畑に住んでしまったジェラルドは。もしもルーナが態度をやわらげて泣いて謝ってきたらフローディアの次の、第二夫人なものにするつもりだったとあるから、呆れるばかり。
他国とはいえ、伯爵令嬢だからといって下に見すぎである。
まあ、ルーナの美貌は手放すには惜しくなったのだろうけども。
他の国でも、中にはジェラルドのように辞退をされる者もいたが、実家の野郎どもと同じく夢や好きなことがあるひとだったり――同じく好きな幼馴染がいるから誠実に、だったりもしたわけで。
「いやぁ、さすがにここまで立場わかって無い方はいなかったわぁ」
だからルーナには喜劇な状況。
――生まれながらにして、女王となる運命しかなかった少女には。
教育係りはいなかったのかしら、何てこともふと気になったけれども、そこまで気にしてやる義理はルーナにはない。
もちろん、いただろうし、その結果の現状なのなら。
喜劇、としてあげたから後は知らない。後はこの国の者たちが何とかすること。
ルーナのその恩情に気がついたこの国の王族たちは、ジェラルドの頭を押さえつけて、また自らも頭を下げた。
この室内限りに、内密に。
この国とフィジーメール王国がどう付き合っていくか。今はまだ、従兄弟にまかせるルーナであった。
故に、ジェラルドにかけた最後の言葉は、トドメではなく、ただ本当に何度も問いかけられた事への返答だったのだけれども。
「えらそうではなく本当にえらいんです、わたくしって」
――その重みがわかるからこそ、ルーナは微笑んだ。先祖である月の女神と謳われた女性のように。
ルーナはその重み、しっかりと受け止める――やはり生まれながらの女王でもあったから。
「わたくしはもちろん、フィジーメールの女王になりますけれども、ね?」
前作(いつか国のお外にほっぽりだされる、というのなら…。)から三百年くらい後の世のイメージで。良かったらそちらも読んでいただけたら嬉しいです。(ちょろっと、女王制になるのではと考えたら話が膨らんで。
ルーナさんは嫌々女王になるわけではなく、むしろ「やれやれだわこの野郎ども…わたくしに任せていらっしゃい!」と、実はめちゃんこ度胸あり腹括ってるタイプ。この国の女性はそんな肝っ玉タイプ。砂の過酷世界を生き抜いてきた遺伝子。
度量も広い。
だから喜劇にしてあげた。ので、他国からも感謝されまくりの善政を敷いた。
後にちゃんと婿さんもできたのでは。
ジェラルドくんのその後は、ルーナには関係ない他所様のことなんで触れないまま。まぁ、お察しで。
モ◯ハンワ◯ルズ…どすか?どうですか?楽しい?楽しいですよね、きっと…!
…私と同じくプレイできない方のせめてもの暇つぶしになりますように、と…。ゲームの休憩、コントローラーの充電時間にでも読んでいただけたら幸いです!
もちろんゲーム興味無い方にも、この砂漠の国をお気に召していただけると嬉しいです!