8 迷子を助けたら僕(フィーネさん)が王子様に気に入られてしまった。
僕とフィーネさんが元に戻れないまま、今日の授業がすすんでいく。
昼休憩の時間になったら図書室の本でこういう事象がないか探してみよう。
ぶつかったことが原因かとも考えたけれど、そんな簡単なことで入れ替わりが起こるなら、貴族の舞踏会なんて相手と入れ替わってばかりになると思う。
物理学の授業が終わり、次の授業は教室での数学。
実験室から教室に戻るために近道を通ろうと中庭に出ると、花壇の隅っこに小さい女の子がうずくまっていた。
リリーマリーと同じくらいかな。たぶんまだ五歳に満たない。
ストレートの金髪に大きな青いリボンをつけている。
質の良さそうなふんわりしたピンク色のワンピースを着ている。
青い瞳には涙が浮かんでいて、心細そうにクマのぬいぐるみを抱きしめている。
「どうしたの?」
僕がしゃがんで目線を合わせると、女の子は涙目のまま顔をあげた。
「おにーたま、いないの……」
学生の誰かの妹さんが迷い込んできたらしい。
「お兄様はこの学園の人?」
「うん……にねんいちくみ」
「二年一組? お姉ちゃんもそこに用があるんだ。一緒に行こ?」
「……でも、しらないひとについてくの、だめらって……じいじが」
ああ、なるほど。
貴族の令嬢なら使用人に口を酸っぱくして言われるだろう。
こんな幼い子を一人で歩かせるはずないから、お付きの人とはぐれてしまったんだろう。
「私はフィーネ。あなたのお名前を教えて」
「……チェリー」
「そう、チェリー。今からお友だちだよ。知らない人じゃないから安心して。一緒にお兄様のところへ行こう?」
そっと手を差し伸べると、チェリーは少し迷った後、おそるおそる僕の手を取った。
小さくて、温かい手だった。
「こっちだよ」
僕はチェリーの手を引いて、二年一組の教室へ向かった。
「チェリーのクマちゃんかわいいね」
安心させるために話しかける。チェリーは目を輝かせて笑う。
「フィーネおねえちゃんおしえてあげゆ。クマちゃんは、ムーっていうの」
「そう。お出かけのときも一緒だし、チェリーはムーと仲良しなんだね」
「うん。ムーはチェリーがいないとねれないから、チェリーはいっしょにねてあげてるの」
「そうなんだ。やさしいね、チェリー」
二人で二年一組に入ると、なんだか教室が騒がしかった。
このクラスに所属している王国の第一王子である、ディオン王子とその護衛の方が青い顔で話し込んでいる。
なにかあったのかな。
「チェリー!」
ちらりとディオン王子の目がこちらに向いて、駆け寄ってきた。
「おにーたま!」
チェリーがぱっと笑顔になって、ディオン王子の腕に飛び込む。
…………あれ? 王子であるディオン様の妹ということは、チェリーは、チェルシー王女……ってこと?
貴族ならたぶん王女の顔を知っていて当たり前。
僕、何も知らず王女様を愛称で呼んじゃってた…………?
血の気が引いた。
あまりにも不敬すぎる。
いや、本人がチェリーって名乗ったからそう呼んだんだけど、どうしよう。
打ち首になったりしないよね。
僕の失態はフィーネさんの失態になる。
思考停止してしまった僕に、ディオン王子が頭を下げる。
「エンデバー。チェリーを見つけてくれてありがとう」
「は、はい。恐れ多いです」
チェリーはぱっと笑顔になって、僕のスカートをちょんちょんと引っ張った。
「フィーネおねーたま、ありがと!」
キラッキラの笑顔でお礼を言われて、微笑みかえす。
「お兄様に会えてよかったね、チェリー」
「うん!」
チェリーは僕の手を掴んで離さない。
「珍しい。チェリーは人見知りが激しくて、家族と使用人以外にはなかなか懐かないのに。……エンデバー。君は厳しいことばかり言う子だと思っていたんだが、こんなにも子ども思いで母性あふれる素晴らしい人だったんだな。…………君の本質を見抜けていなかったなんて恥ずかしい限りだ。後日改めてお礼をさせて欲しい。いいだろうか」
ディオン王子は目を伏せて、耳まで赤くなっている。
あれ?
王族を許可なく呼び捨てるなんて不敬だ! とお叱りを受けるのかと思ったのに。
注意されるどころかお茶に誘われてしまった。




