7 僕とフィーネさんの恋人疑惑が浮上してしまった。
「で、どうだった?」
翌朝、学園に着くなり、僕はフィーネさん(僕の体)に声をかけた。
「最悪でした」
フィーネさんは腕を組んでふんぞり返り、顔をしかめる。
「メイドも執事も侍女もいない! 朝起きたら自分で制服を用意しないといけないし、ご飯は狭いテーブルに全員揃ってって、何なんです?」
「……うん、まぁ、僕にとってそれが普通なんだけどね」
「普通の基準が低すぎです! 部屋が狭い! ベッドが硬い! 国に環境改善を求めるべきです」
フィーネさんは怒涛の勢いで孤児院の生活の不満をぶちまけた。
「……でも、子供たちは可愛かった」
「え?」
「最初は貧乏な生活に耐えられるか心配だったけど、あの子たちは貴方を慕っているから私にも無邪気に寄ってくるし、何より素直で…………まぁ、貴族の打算と上辺だけの人間関係よりは、マシかもしれないですね」
フィーネさんは少し視線を逸らしながら、照れ臭そうに言う。
まさかフィーネさんがボーイたちを可愛いと言ってくれるとは……。
「貴方はどうだったんです?」
「あ、えっと……」
今度は僕が昨日の出来事を報告する番だ。
「屋敷の広さと豪華さに圧倒されたよ。たしかにあの屋敷で暮らしてきたなら、孤児院は普通以下だよね……」
「うちは伯爵家だから、上位の貴族に比べたらあれでもこじんまりしている方です」
「まだ上があるんだ。想像もつかないや。メイドさんに服を脱がされそうになったのが、一番困ったかな……。なんで、何から何まで手伝いがいるの」
「それが普通ですから」
「何でもかんでも「お手伝いします」って恥ずかしすぎるよ!」
「私にとっては当たり前のことだけど、平民にとっては苦痛なのね。新しい発見です」
フィーネさんはニヤリと笑う。
「あと、食事の作法がわからなくて、教えてってお願いしたら執事の……ええと、クリストファーさんに泣かれた。『あのお嬢様が作法を学びたがるなんて、本当に頭を打ったのですね』って……」
「クリストファーはいつも泣いているから放っておいていいんです」
フィーネさんは適当に手を振った。
「それで、結局何も変わりがなかったね」
「ええ。朝起きても元に戻ってなかったし、特に変化はない」
「ふむ……」
僕たちは並んで机に座り、腕を組んで考え込んだ。
学園に指定席というものはないから、各々日替わりで座りたい場所にすわる。
固定されていると話し合いしにくいから、自由席で良かった。
なぜ僕たちは入れ替わったのか?
どうすれば元に戻れるのか?
考えを巡らせる。……が、それ以前に、クラスメートたちの好機の視線を感じる。
「なぜ注目されているのです」
フィーネさんが小声で言う。
教室に入ってくるクラスメートたちが、揃いも揃って僕とフィーネさんを見ていた。
……そりゃそうか。
これまでまともに会話すらしたことがなかった僕とフィーネさんが、今は隣同士で座り、何やら真剣に話し込んでいる。
あまりにも不自然すぎる状況だもんね。
「おい、あれ……フィーネさんと奨学生が仲良く話してる……」
「どういうこと? あの二人って接点あった?」
「いや、むしろ真逆の人種ではありませんこと?」
「はっ!? まさか、フィーネ様が庶民に興味を持ったの!? まさかの身分差恋愛……!? ロマンス文学のようですわねぇ!!」
クラス中がざわつき始める。
「……まずいです」
「うん……まずいね」
僕たちは顔を見合わせ、小さくため息をついた。
クラスの全員に恋人説を否定して回らないといけないのか。
貴族でも恋の噂話はするものらしい。
フィーネさんはスッと立ち上がると、こそこそ話していたクラスメートたちのもとに行き、口を開いた。
「昨日階段から落ちて頭を打っているので、その後具合はどうか心配で聞いていただけですよ。口をきいただけで恋愛になるなら、このクラスの全員が恋人同士になるでしょう。下手な勘ぐりは僕にも彼女にも失礼です」
……僕の姿でその正義感を発揮しないでほしいな……。
これまで何を言われようと黙っていた僕が、反論に出るなんて誰も思わなかっただろう。
教室は一瞬で静まり返った。
あぁ、胃が痛い。
これ、僕が言ったことになるんだよね。
長い沈黙のあと、ロマンス文学のよう、と言ったロザリーさんがポッと頬を赤らめた。
「そ、そうですわね。ごめんなさいジンさん。貴方の仰るとおりですわ。勝手に勘ぐられたら気分が悪いですわよね」
他の生徒も口々に謝った。
あれ? なんか思っていたのと違う展開になっているんだけど。