4 僕のふりをしたフィーネさんと孤児院に帰宅した。
孤児院に到着して、馬車には一旦待っていてもらう。
「彼は私を助けるために階段から落ちてしまったので、孤児院の方に話をしたいのです」
と、フィーネさんの口調を真似て御者にお願いした。
なりきれて……いたはずだ。たぶん。
古ぼけた孤児院は、申し訳程度の庭があって、庭の一部は菜園になっている。
トマトの枝陽光を浴びて青々している。
降りてすぐに、ボーイとリリーとマリーが駆け寄ってきた。
「ジン兄ちゃんおかえりぃ! 遊ぼうぜ!」
「「ジンにーちゃんおかえりー」」
ただいまといいそうになるのをこらえて、硬直しているフィーネさんをつつく。
「はじめまして、フィーネです」
僕が三人にあいさつすると、目をぱちくりさせて見上げてくる。
「お姉さん誰? ジン兄ちゃんの彼女? そうだろ!」
「かのじょなの?」
「かのじょらー!」
「ち、違う違う! でなくて、ええと、違い、ますよ?」
フィーネさんらしい話し方って、難しい。今日初めてまともにフィーネさんと会話したから、どう話せば不自然じゃないのか検討もつかない。
ようやく硬直からとけたフィーネさんが、さっき練習した言葉をそのまま話す。
「た、ただいま。この人はフィーネ。クラスメートだ。ほら、みんな。自己紹介して」
すごい棒読みだ。僕も人のこと言えないけど、演技が下手にもほどがある。
「おれ、ボーイ!」
「あたしリリー」
「あたしマリー」
黒髪のやんちゃな男の子がボーイ。
ピンク髪の左サイドテールがリリー。
ピンク髪の右サイドテールがマリー。
リリーとマリーに関しては気まぐれに髪型を変更するから、孤児院の人以外は二人をよく間違える。
一晩の間にフィーネさんが呼び間違えないことを祈るしかない。
「姉ちゃんせっかく来たから、ここを案内してやるよ!」
「「いこう、おねえちゃん!」」
三人が僕の手を掴んで、フィーネさんは黙ってついてくる。
「ここがダイニング。みんなでごはんを食べるんだ」
「こっちはねんねするへやなの」
「こっちはキッチンなの」
ほとんどお客さんが来ないから、三人はすごくはしゃいでいる。頼まなくても案内を買って出てくれたから、フィーネさんは興味深そうに部屋を見回している。
「その奥は院長先生の仕事部屋だから入っちゃダメなんだぞ!」
「そっちはジンにいちゃんのおべんきょべやなの」
「そっちはおそとにつながるとびらなの。おせんたくするときつかうの」
「三人とも、ありがとう。よくわかったよ。院長先生に会いたいのだけど、呼んできてくれない?」
かがんでお願いすると、三人が我先にと院長先生を呼びに走っていった。
「フィーネさん。わからないところはあった?」
「いいえ。……まだ小さいのに賢いのですね」
「久しぶりのお客さん、だからはしゃいでるんだよ」
子どもの相手なんて絶対無理!! と言っていたから逃げてしまうかと思ったけれど、まだここに残っていた。
「さ、先程訂正しそびれてしまったのですが、彼女がどうこういうのは、もう一度違うと言ってください。婚約者がいないとはいえ、変な噂があったら縁談を探すのに差し支えてしまいます」
「へー。フィーネさんって婚約者がいないんだ。貴族ってみんな子どもの時点で婚姻が決まっていると思っていたよ」
「わ、悪い!? みんな見た目だけなら申し分ないのに、なんて含みあることを言うからこっちからお断りしているだけです! 決して、縁談が来ないわけではありませんから!!!!」
必死になりすぎて、墓穴を掘った自覚はなさそうだ。
伯爵は貴族の位では中程度。
けれどフィーネさんは自分より家格が上の生徒に対しても、遠慮なく物申す人だ。
僕たちのクラスには王子殿下がいて、殿下に対しても自分が思ったことを率直に言う。
だから、貴族の男子から縁談はご遠慮願いたいと思われていても不思議ではなかった。
「僕はフィーネさんの姿勢はかっこいいと思う。貴族相手に意見を言ったら報復されるかもしれないし、不満があっても我慢しちゃうから。だから、フォローになっていないかもしれないけれど、フィーネさんの強いところを良しと思う貴族もいるはずだよ」
「……まるで私が誰彼構わず喧嘩を売り歩いているみたいに聞こえるのだけど。失礼じゃありません? それとも私に喧嘩を売っているんです?」
「褒めたんだよ」
褒められ慣れていないのか、フィーネさんはフンっとそっぽをむいてしまった。
ボーイたちが院長先生を呼んできてくれた。
僕はフィーネさんに教わった淑女の礼をする。
院長先生は白髪の混じりはじめたおばあちゃんだ。僕を見て目を丸くした。
僕以外の生徒のほとんどが貴族。フィーネさんの佇まいはひと目で貴族とわかるから、貴族がここに来たことに驚いているんだ。
「あらあらまあまあ。このようなところに貴族のご令嬢がいらっしゃるなんて。それに、この時間はまだ授業中のはずでしょう、ジン」
フィーネさんに代わって僕が説明する。
「階段から落ちたので大事を取って帰宅したのです。今日はもう安静にしなさいと、先生から言付かっています」
「そうだったのね。ジン、手伝いはいいからもう寝なさい。ボーイたちの面倒はわたし一人でどうにかするから」
フィーネさんはこれ幸いと、頷いた。
「それでは私はこれで」
もう一度お辞儀をして待たせていた馬車に乗り込んだ。
ボーイたちが孤児院の前に出てきて大きく手を振っている。窓からそっとその様子を見て、前に向き直った。
フィーネさんが一晩僕として生活する。
僕もフィーネさんとして、エンデバーの屋敷に行かないと。