2 私が平民の男子生徒に? 意味がわからないです。
私はフィーネ・エンデバー。
エンデバー伯爵家の二女です。
学園の階段で足を踏み外したと思ったら、男子生徒になっていたのですが。
鏡に映るのは私ではなく、クラスメートの奨学生、ジン。紫の髪と瞳を持つ男子生徒はジンの他にいないから、間違いありません。
さらに、目の前には私がいます。
鏡に映る姿はクラスメート。私はそこにいる。自分でも意味がわからないですよ。
「なにこれ、何なの? なぜ私がジンになっているの」
「……も、もしかして、僕の中にいるのはフィーネさんですか?」
私じゃない私が、頼りなさげに聞いてきます。
「私の中にいるのはジン、ということであっている?」
「……はい」
入れ替わってしまったという事実だけは理解しました。
「なんで私と貴方が入れ替わっているのです?」
「わ、わかりません。僕は、落ちてきたフィーネさんを受け止めようとしただけで。結局受け止めきれなかったので、申し訳ないです……」
しゅんとうなだれる私の姿をしたジン。
鏡で見慣れた自分なのに一挙一動が他人のよう。
腹立たしいわ。
「ねぇ貴方。私の姿でそんなしおれた花みたいな行動を取るのやめてくれません? 背筋を伸ばして堂々と胸を張りなさい。私はそんな貧弱ではありません!」
「……こう?」
手本を見せると、ジンは背筋をシャンとします。
真っ直ぐになったのに、どうにもまとうオーラというか雰囲気というかが足りない。
ジンはベッドに腰かけて自問自答はじめました。
「でも、このままだと困るよね僕たち。……なにか入れ替わった原因があるはずなんだ。これまで同じ教室にいて何もなかったんだから。階段から落ちたから……? うーん。情報が足りないな」
私の姿をした少女が賢そうなことを言っているのは不思議ですね。
さすが学年二位。
私は二十位前後をうろうろしているから、地頭の違いを感じてしまう。
平民のほうが貴族より頭がいいって、そんなことある?
こちらは幼い頃から家庭教師がついて、色々と叩き込まれているはずなのに。
「つまりどうすればいいのです?」
「先生に事情を説明して、判断を仰ぐのがいいと思う。第三者だし、人生経験がある分、僕たちよりは冷静な判断をできるはずだから」
話していたら医務室の医師、オーウェン老人が入ってきました。
「おお、目を覚ましたかねお二人とも。大きな怪我はなかったが、今日は大事を取って帰りなさい。まだ痛むようならもう少しここで休んでいていいよ」
「ありがとうございます。あの、先生。笑わずに聞いてほしいんだけど。僕たち、入れ替わってしまったみたいなんだ。僕はジン、そちらはフィーネさんになっているんだ」
私の姿をしたジンが意を決して相談した結果――
「エンデバーさんは頭を打って混乱しとるんだな、可哀想に。すぐにお屋敷に送るための馬車を呼ぶからな。ジンくんも、家まで歩くと遠いから馬車に乗りなさい」
「え、ちょ、彼の言ったことは本当です。今は私がフィーネなんです!」
「二人でそういうゲームでもしておるのかな? 年寄りをからかうもんじゃないよ」
使えないクソジジイですね。
ジンの姿だから口にするのは我慢。我慢しなさい私。
馬車を呼ぶためにオーウェンが出ていって、なんとも言えない空気になりました。
「……………信じてもらえませんでしたね。彼のような人が医師で大丈夫ですか」
「今日はもう帰るしか、ないか。いや、…………帰る? どっちに? 僕は孤児院で暮らしているんだ。フィーネさんは今、僕の姿だし……」
「この私に、一晩孤児院で生活しろと?」
「ごめん、嫌だよね。孤児院は教室に入ってしまうくらいだから……」
どれだけ狭いの孤児院。それともこの学園の教室が広いの? 基準がわからない。
ジンの姿でエンデバーの屋敷に帰るなんて無理な話。
ジンも私の姿で孤児院に帰るなんてできない。
そもそも孤児院って食事はまともなものが出るの?
個室はあるの?
お風呂は?
侍女も執事もいないところで見知らぬ子供に囲まれて一晩過ごすの?
というか一晩で元に戻れるの?
嫌すぎるんですけど。
ひとまず教室に鞄を取りに戻りました。
時計の針は十二時をさしています。
食事の時間です。みんな今は食堂舎に行っているから、教室には私たちしかいません。
いつもの席に行き、つい癖で自分の鞄を取りました。
「それはフィーネさんのでしょう。僕のはこれ」
「なんですそのボロ布は」
ジンが手に取った布の鞄はくたびれていて、あちこちほつれを縫い直したあとがあります。
「新しい鞄を仕立て屋に依頼するお金もないの? 革の鞄はないの?」
「これは僕より先に孤児院を出たお兄さんからのお下がりだから。お兄さんもその先輩から引き継いでいる。……貴族は仕立て屋に鞄を頼むものなのかい?」
お下がりが当たり前という顔をされました。
鞄一つまともに仕立てられないなんて。貧乏すぎない、この人。