1 平民の僕と令嬢が入れ替わっちゃった!?
エウロパ国の国立の上級学校、セント・クレメンタイン学園。
僕はジン。生徒の九割が貴族のこの学園において数少ない平民だ。
孤児院出身の僕が貴族向けの名門学園に通えているのは、奨学金制度を使っているから。
セント・クレメンタイン学園を卒業すると、王宮の官や貴族の秘書など高給の職につくことができる。
入学から卒業まで、成績五位以内をキープすることが奨学生の条件。僕は入学以来、学年二位をキープしていた。
次の授業に向かうために僕は校舎の中央階段を登っていた。
学園の中央にあるこの大階段は、優雅な曲線を描く白大理石の階段で、校舎から食堂舎、訓練舎などの別棟に移動するとき必ず通ることになる。
「……ん?」
ふと、上から微かに悲鳴が聞こえた。
見上げると、階段の上段にいた少女が、大きくバランスを崩して落ちてきた。
「助けなきゃ……!!」
僕は咄嗟に手を伸ばした。
支えることは叶わず、強い衝撃とともに、階段の下へと転げ落ちる。
そして――
唇に、柔らかい感触が触れた。
周りの生徒から悲鳴があがる。
目を覚ますと、僕は医務室のベッドの上にいた。
白い天井、窓の外から差し込む昼の光、漂う薬草の香り。どうやら、落ちた衝撃で気を失っていたらしい。
「……ぁあ、そうだ、あの子は無事か?」
そう呟いた声が、僕の声ではなかった。まるで女の子のように、高い。
「は? ……え??」
体を起こして視界に入ったのは、細く白い指と、肩にかかるふんわりとした赤毛だった。 制服の胸部分に膨らみがある。
「……は?」
掛ふとんをめくると、制服がスカートだった。
恐る恐る、医務室の鏡を覗き込んだ。
そこに映っていたのは僕の顔ではなく
僕が支えようとした生徒……伯爵令嬢フィーネ・エンデバーの姿だった。
「う、うわああああああああああ!?!?」
「うるさいですよ!!」
怒鳴り声が聞こえ、もう一つのベッドのカーテンが勢いよく開かれる。
そこにいたのは――僕。
僕が目の前にいて、動いている。
「……は?」
「……は?」
お互いに目を見開き、沈黙する。
そして、同時に叫んだ。
「なんで僕が目の前にいるんだ!?」
「なんなんですこれは!? 私、男性になっているんですけどおおおお!?」
二人の悲鳴が、医務室に響き渡った――。