#3 クソださヒーロースーツ
「帰ったぞー」
大きな倉庫の中に入ってきたのは簒奪者55を名乗るおかしな格好の若者。
中に入ってくるとすぐにフルフェイスのヘルメットのような白いマスクを外した。
巻き髪の耳の下まである少し長い薄茶色の髪で彫りのある立体的な鼻などのついた顔。加えて頬や首元など、数々傷跡が見られた。倉庫内は箱や機材など色々なものが高々と、2メートル以上も積まれていて、まるで迷路である。彼はその迷路を知り尽くした様に進んでいく。
機材迷路を縫うように歩いてしばらくすると、大きな音が聞こえてきた。チェーンソーの音だろう。火花が5、6メートルある機材の山より上に、彼に見えるほど高くまで散っている。
「おい!帰ったってば!」
簒奪者55と自らを名乗った若い彼は一段と大きな声で言った。
すると火花と音は消える。
「わーってるわーってる聞こえてるよぉ!」
彼は遂に音の主の元へ辿り着いた。ちょうど倉庫の出入り口と反対にいた。
「で、どうだった?出来は、おぉ相変わらずセンスないな」
声の主は男だった。
飄々として気怠そうな声をあげる彼は、茶黒い肌に肩ほどまであるドレッドヘアを流し、堀の深く太い眉。親子ではないようだ。
「ちょっとダサいくらいがいいんだよ、閃光弾の方は最高かな。でもブーツが頼りない。」
「まあまだ試作だからな。足ィ吹っ飛ばなくて良かった」
男はニカっと笑って簒奪者55が脱いだ装甲付き強化ブーツを二足とも受け取った。
「でーロコ?まだその馬鹿げた戦いは終わらねェのか?」
マスクも男に渡しながら簒奪者55もといロコは笑って答える。
「あ、まあな。順調ってわけじゃないけど、さっきだって赤ちゃん見れたし。ちゃんとしたやつ。」
「赤ちゃんだって?まだそんなことする奴らいるのか・・・可哀想だなそいつは・・・」
男は近くにある机にブーツとマスクを並べて置いた。他にも色んな金属の機械や図面のような紙束が積み上げられてある。机と接している壁にも図面が鍵で貼り付けられている。
「そうかなぁ」
「まあどうせ長くは生きないだろうさ。『左なしのジョン』のこと考えて言ったんだろう?まああいつも散々な目にあったもんだよなぁ」
「確かヴィクが殺してあげたんだよね?最期。」
ヴィクとはドレッドヘアの彼のこと。ヴィクターと言う名前の3〜40代ほどの風貌であった。
「違うぞ、ラミリーがやったんだ、俺はただ見てた。あぁあのことを思い出させないでくれよっ!」
ヴィクは口に手を当てて壁に手をついた。
「いや話し始めたのあんただろ」
「あ、そっか。」
ヴィクは思い出したように手を離して自分の頭をポンと叩いて明朗に言った。
「じゃあ俺は仕事に戻るゥ〜」
とヴィクターは梯子に登って作業場に戻った。
ロコも歩いて来た道とは違う、機材木材迷路の中をまた歩いた。
倉庫の中、しばらく離れたところに3メートルほどの高さのある少し大きなテントがあった。テントといっても4本の支柱に支えられた三角屋根で四角い幕が四方に降りた、昔の家のようなシルエットのテントだ。
中に入るとベッドやランプがあった。恐らくロコの部屋として使っている場所なのであろう。本なども積まれていた。
ロコはマントや防弾服など来ていたものを脱いで裸になり、ベッドの上に置いてあったシャツを着て、上から黒いパーカーを羽織って、次に黄ばんだ白いズボンを履いた。そして最後に黒い靴下とボロボロのスニーカーらしき靴を履いた。
「ふーっ」
と深呼吸をして防弾服とマントを持ってすぐにテントの外へ出た。
また機材や箱の迷路を進んでいくと水道とシャワーらしき場所についた。勿論倉庫の中だ。コンクリートの地面には、排水溝のように網があって水を流せるのだろうとわかった。
蛇口をひねって水を流す。水量はあまり多くは出ない。
まず口を水道の下へ。水を口いっぱいに含めて飲んで、ついでに顔も洗った。次に蛇口の近くにあるタワシを取って、チョッキをこする。洗濯であった。
しばらく後、テントの外にチョッキや諸々を干して部屋に戻る。
部屋の床には薄いが絨毯のようなものが敷かれている。勿論かなりボロボロだが。
その絨毯の上には本が、それもかなりボロボロであるのだがおそらくA4サイズのコミック本、そして文庫サイズのシリーズ本などであった。その数20冊ほどであろう。
ロコはそのうち一つを取って、比較的綺麗な白いシーツの敷いてあるベッドに寝転がって読み始めた。
その本は歴史の本であった。多くのページが破れているようだが、確かに世界の歴史が記されていた。アレキサンドロス大王の遠征時の絵、モンゴル帝国を築いたチンギス=ハンの肖像画、果てはクリリーク大海戦の写真まで、原始から数十年前ほどまでの歴史が記された、おそらく古い教科書なのであろう。
ロコが読み込んでいるのか、もしくは違う誰かが使っていたのかはわからないが破れていることを抜きにしてもかなり使い古しているようだ。
ロコはしばらく読んで、満足したように本を閉じると、胸の前で本を抱いたまま眠りについた。
火花の散る音は夜通し倉庫中に響いていた。
翌日。
太陽は真南にいるが、かなり肌寒い。ロコは簒奪者55と呼び恐れられるそのおかしなコスチュームを纏って、建物の屋上でフィーツモル(食用ゼリー)を啜っていた。
この辺りではかなり高い方のビル跡で、窓こそないが屈強な造りなことが伺える。
ロコが探すのは争いの音。銃の音、叫び声。
この世界は静かであった。普段は風の音以外、聞こえてくる音は殆どない。たまに瓦礫が崩れる音や、金属同士がぶつかる音は大小関わらず聞こえても頻繁にとは言えない。
音を聞く。
風に乗ってやってくる音を。
一種の儀式のようでもあるロコの日課。
耳を澄まして・・・聞こえた!
ロコは立ち上がってまたしゃがんで、ブーツの両側についてあるダイアルのようなものを回した。
するとしばらくして、ブーツの踵部分などにあるバイクのマフラーのような金属管が点火する。火を出して、今にも爆発しそうだ。
手のひら台のサイズのフィーツモルを飲み終え、容器をすぐ横に捨てた。
ドォーーーンッッ!!!!
爆発音と共にロコもとい簒奪者55は遥か空へと飛んでいった。そしてブーツの炎によって床に捨てたフィーツモルの袋は気付けば灰と化していた。
そして同じ頃、ロコのいた所から何キロか離れた街中で、銃声は響いていた。
「このぉっ、姿見せろぉッ!」
1人の男が銃を持って周囲を警戒していた。周囲半径約50メートルは建物もない平地。離れたところにある建物群も壊れて足場も一階の天井さえ無いような物ばかりで、唯一まともな建物は200メートルも離れたところにある三階建てのものだった。
ヒュッ、
男の体を掠って、弾が地面に飛んできた。男はすぐさま飛んできた方を狙った、が、しかし誰ともわからない。
「おぃイ、出てこい!殺すぞ!」
そこで何か別の音が聞こえてきた。
ヒュオオオオオオオオオ、ドォーーーンッ!
そう、彼だ。
男は唖然とした顔で地面に降り注いできた謎の人物を見た。銃は地面に落っことしてしまっているが当人は気付いてないようだ。
「っぶねぇー、もう少しであんたのこと潰すとこだった!!」
落ちてきた人物はまるで何もなかったかのように黒い煙を漂わせながらも快活に言った。
「おまえ・・・空から・・・?」
男は文字通り空いた口が塞がっていない。
「で、誰と戦ってる?」
大きく55とマントに刻まれているその人物、つまりロコは辺りを見た。
「風で飛んできたやつを人と間違えたとかか?」
「お前、その変な格好、もしかして簒奪者55ってやつか・・・?」
男はマントを見て言う。
「ん、あぁ、そう。てかぱっと見誰もいないけどー」
トォン!
55と男のちょうど真ん中を撃ち抜くようにライフル弾が地面に着弾していた。
「・・・やばいーーッ!」
55と男は顔を見合わせて叫んだ。
「もうあんた逃げたほうがいい、ほら、急いで、変なルートで逃げたらスナイパーさんも追いにくいだろうし」
55は怯える小さな男の背中を押して銃弾が来た方と反対方向に男を走らせた。
「あっ、ありがとなぁーーっ!!!」
男はジグザグルートで走り出した。そして再び銃が飛んでくることもなく彼は無事に少し離れた街の方へと逃げていった。
残った55は何もない広場跡のような場所の真ん中で立っていた。敵を待つ。しかしコスチュームが防弾といえどあまりにも無防備。
「ほらー、出てこいよぉ!」
辺りは静か。だがロコは、何者かがこちらを見ているという気がしていた。
静かなまま数秒が過ぎた。
そして、気付けば突然に、簒奪者55を包むように白い煙が辺りを覆い始めていた。
簒奪者55、ロコは辺りを見るも360度煙だった。仕方なく煙を掻き分けその外に出ようとした。
何とか外に出たと思えば、足が何かに引っかかる感じを覚えた。白透明の細い紐・・・地面の色と同化して今まで気づかなかったのだ。そして紐の下にはいくつかの、
「しゅ、手榴だー」
ドォンドォンドォンドォン!!!!!
長い糸に繋がって、てこの原理でピンが外れるように固定されていた一つの手榴弾に続き、連鎖的に地面の割れ目に埋まっていた他の手榴弾も爆発していった。その風圧で吹き飛ばされ、ロコは銃弾の主のいる街の方へ打ち付けられた。
そしてロコが立ち上がる隙も与えず、とどめのように銃弾が彼の頭部めがけて飛んできたのだった。
街の奥にある3階建ての建物の残骸にいるその銃弾の主は、アメ・アルテミスであった。
「変な奴...」
第三話まで読んでいただきありがとうございます。
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