#2 セーラー服と狙撃銃
少女は街を歩いていた。少女と言っても歳は17、8ほどで背は160センチ台と思われ、容姿は大人びていた。しかしながらどこかあどけない雰囲気、子供のような黒い目の輝きが彼女の『少女っぽさ』を助長しているのかもしれない。肩より少し長いぼさっとした黒髪にフードのついた紫の無地の長袖服に、諸所破れて意図的なのどうかも分からないダメージジーンズとショートブーツを履いている。
明るい青空の下、彼女が歩くのはコンクリートジャングルの亡骸。
彼女が歩く道路の跡も灰を被ったように青白いところ、熱で焼かれたように黒いところ、隆起したようなところに欠落して穴が空いているところ。更には瓦礫が積まれているところなど見ていてしばらくは飽きないだろう。
周囲の建物は全て倒壊しているか壊れかけていて、一つとして人が使っていそうな建造物はなかった。
少女は真っ直ぐに道路の真ん中を歩いていたが、やがて曲がり、建物の一つ、2階より上が30度角でそのまま切り取られたようなところへ辿り着く。
おそらく一階が元は飲食店だったのだろう。ハンバーガーと思わしき看板のロゴは白く禿げて欠けている。横に連なる文字は読むこともできない。
扉は丸ごとなくなっており、その隣に続く大きな窓は欠けていて、窓とも言えぬほど塵芥で黄ばんでいる。
中では押し込んだように、錆きった椅子や机の数々が壁際に乱雑に積まれていて、木製の机は穴だらけだ。
カウンターの跡も見られた。どこも酷く埃や塵をかぶっているが、そこに1人、人がいた。そのカウンターの上に座ってこちらを見ていた。
目が合った2人だが、お互いに無視して、部屋の真ん中で、少女は床を見る。そして唐突に蹴った。
ガタン、と床の一部が正方形に浮き出てずれて、蓋のように外れた。隠し扉のようだ。
下には階段が続いた。下へ行くほど暗く、何も見えない。
そこを悶々と降りていく少女であった。
地下階に出ると少し長く廊下が続いていて、諸所にランタンが現れて廊下を漏れなく薄明かりで照らしていた。ここまで来るととうとう人の喋る声が聞こえてくる。扉も幾つか続いて、扉毎に話し声がする気がした。そして更に廊下全体がかなり煙たく、『人がいる気配』がそこにはあった。
少女はしばらく歩いた後1番奥の部屋の鉄の扉を手前に開けて、中に入った。
刹那、額に銃口を突きつけられる。
「示せ」
低く、響くような声がした。扉から見て部屋の反対側にその男は座っていた。
銃口を突きつけたのは別の人間だった。片目のない、黒髪が腰あたりにまで伸びた女に見える。
少女の顔はいつしか神妙な表情に変わっていた。そしてそれに加え、少しの嫌悪をちらつかせながら。しかし渋々鉄の扉の方を向いて2人に背を向ける。
少女は冷たい銃口が肌に触れるのを感じた。それは首筋から、肩へと下りていく。
少女の肩、紫の長袖の服の下にはタトゥーが彫られていた。
少女の肩のタトゥーを確認した例の低い声の男は座っていた骨董と思しき椅子から立ち上がって少女と長髪の女のすぐそばまでやって来た。
「お前の名前と、お前の母が、俺に遺した言葉は?」
男のかけている丸い眼鏡を通してでも分かる恐ろしいほどの眼光、真実のみを許すと言う風だ。その目つきで男は少女に質問した。近くでは更に威圧感が増す。何せ身長2メートルほどとも見えるごつい巨漢なのだから。
少女は再び嫌悪の表情を露わにして躊躇いながらも答えた。
「・・・アメ・アルテミスで・・・『私の命と替えにこの子への借金を消して』」
男はそれを聞くと眼鏡を外して、
「本物か」
と少し安心するように言って椅子とデスクにもどった。
「毎回毎回これしなくても、」
アメと名乗った少女は小さな声で言った。
「用心に越したことはない。それにお前にはわからんだろうが昔からの癖でね。昔の時代の。」
男は着ている少し縒れたスーツの袖で眼鏡を丁寧に拭きながら話す。
「だが今の時代に必要なのは真偽じゃない。行動だ。そしてお前は頗る良い功を挙げている。信頼に値しよう。」
アメは黙って話を聞く。長髪の女も扉の横で銃を片手に仁王立ちをしている。
「ウチはここらじゃ1番大きいコロニーに成った。お前の功績も含めてな。だがな、まだ俺の目指す場所とは程遠い。」
アメは、お前にそんな信念があるのかとでも言いたげに首を傾げた。
「アメ・・・お前、夢はあるか?」
「ユメ・・・?」
アメはまるで初めて聞いた言葉かのようにさらに首を傾げた。
「夢だよ、やりたい事、将来目指す自分の姿。私には大きな夢がある。」
男は眼鏡を再びかけた。そしてデスクの引き出しを一つ開けて紙切れを取り出した。写真だ。
「この女、うちの縄張りに潜んでる弱小コロニーのブレーンだ。次はこいつを殺せ。こんな仕事、もっと下のやつにやらせるんだが、何せコイツらは弱小のくせ巧妙で、すぐにどこかへ隠れる。」
そこで男は写真をアメの方へ差し出す。
「頼りにしているぞ、私の可愛い狩人」
と男は写真を受け取ったアメの手を握って言った。座ったまま、上目でアメを見る。何を考えているのかも分からない恐ろしい目つきで。
そして手をしばらく離さなかった。
そうして現在に至る。少女アメが300メートルの距離から、小さな窓の、欠けていた小さな穴を通してその中にいる6人の同じような格好の人々のうちの1人の額に完璧に貫通する狙撃を終えたところだった。
少女は建物の屋上で、欠伸をしてから立ち上がった。
構えていたスナイパーライフルを地面に置いて伸びをする。
そして銃を放ったまま下階への扉を開けようとしたところ、置きっぱなしの銃を見つけ慌てて拾って、扉の中へ入り一階へと目掛けて降りていく。
「夢あったし、夢なんていっぱいあったし」
そう文句を垂れるように呟きながら、アメは昨日言われたことを思い出して再び憤る気持ちを抑えられずにいた。
外に出ですぐに左に曲がって歩き出すアメ。しかし突然、何か高速のものが彼女の左耳をヒュッと掠った。
「痛っ!」
血が紫色の服に垂れる。
「あーあ。」
そう漏らしたアメは瞬時にライフルを持っていない方の手で、腰に携えた拳銃をとって後ろを向いた。
5、6人は人がいた。皆同じような格好で銃やナイフを構えている。着ている服から今殺したコロニーの連中であろうことはすぐに分かった。しかしさっきまで建物内にいた誰でもない、別のメンバーのようだ。
「お前だな!」
連中の一人が叫んだ。
パン、パァンとアメは二発の銃を見事二人に撃ち込み急所を貫いた。そして逆にこちらに狙撃されてきた弾をしゃがんでかわし、低姿勢のまま再び引き金を引いて狙撃したその主を撃ち抜いた。残るはナイフを持った3人のみだ。皆一斉に近づいてきて襲いかかってくる。
アメは誰を撃つか迷っているうちに一人が至近に迫ってきたのでまずは頭を撃った。しかしその影に隠れて近づいていた一人が滑り込んできて彼女の履いているダメージジーンズ(本当に破れているらしい)を切り裂き彼女のくるぶしに傷を入れた。
「あうっ・・・!」
しかし彼女はその足を動かして切りつけた男の腹を蹴って仰向けに倒してから、踵で思い切り顔を踏みつけた。そして心臓目掛けて銃を撃った。返り血がブワッと彼女にかかる。
最後の一人は怖くなって逃げ出したようだった。
アメは身体を大きく振って服に付着した、取れる限りの血を飛ばした。そして袖で顔や服の血を拭って最後にため息をついた。仕事終了。
その日の夜。
彼女は地下へ続く元ハンバーガーショップの中に戻っていた。
「ディフィギルト様は大事な用事で数日はいない。私が代わりに仕事を伝える。」
例の鉄扉の部屋の前で、例の長髪の女がアメに向かって話した。
「こんな夜に外へ?」
「あの方の行動に口出しするのか?」
「いや、そんなことは・・・」
と声が小さくなっていくアメ。
「こいつだ。」
長髪の彼女が写真を提示する。
その写真には、少しブレていたが何かマントを着た人物が写っていた。
「変なやつ」
「ディフィギルト様曰く、『こいつは俺のコロニーを無断で荒らし、勝手に人を殺した。神出鬼没で苦労するだろうが、見つけて俺のファミリーに手を出せばどうなるのか教えてやれ。』だそうだ。」
女はディフィギルトの低い声を真似して言った。それに対してアメは少し驚いているようだった。
「こんな仕事を何故幹部らに任せずお前にやらせているのかは知らないが、せいぜい用心するんだな。」
そう言って写真をアメに渡して女は部屋に入って鍵を閉めた。
アメは少し歩いて、続く廊下に等間隔にある扉の一つを開ける。中は真っ暗だが、廊下の光が入っていて、手前の腰の高さの棚の上に置いてある蝋を隣に置いてあるライターで灯した。蝋燭は銀の小さな盆の上に乗せられていて、それを持ち上げて部屋を回りながら、他のところにある蝋燭にも火を灯していく。全部で6つほど。そしてかなり明るくなり部屋全体が見えた。
少し広い、12畳ほどの部屋。
奥にはベッドが置いてある。地下なので勿論窓もない。
血腥い格好で髪にも血がついたまま、ベッドにどかっと寝転ぶとブワッとホコリや綿が舞うのが見えた。
部屋の隅には樽が置いてあった。水の入った樽が3つ。そしてベッドの左には木のクローゼットが、ベッドの足側には木の机もあって、写真立てが一つある。そしてその横には、何か服が、綺麗に畳まれて置いてあった。それはセーラー服であった。何故かはわからないが写真立てのすぐ横にそれは置かれていた。しかしそれ以外には特に何もない、質素な部屋に思われた。
アメは手を額に乗せて、ただぼうっと天井を見つめていた。そしておもむろに例のマントを着た人物の写真を取り出して見つめた。
被写体はピントも合っておらずボケているが、おかしな格好であることはわかった。
そしてその奥には髪の長い人物が、瓦礫を背に何かを抱いて座っているのが見えた。赤ん坊であろうことがすぐに推測される。
それを見て満足したのか、アメはベッドに横たわったまま写真を地面に投げ捨てて目を瞑った。
すぐに彼女は、深い眠りへと落ちた。