#1 55番目
その時、ひとつの生命が、1人の赤子がこの世界で初めて空気を震わして声を出した。産声が辺り一帯に響いたのは想像に易い。最も、その前から母親の産みの声は響いていたのだが。
「おぉ、あぁ!!」
すぐ側で助産師を担っていた父親と、そして叔母が喜びの声を上げた。母親の方も、顔も分からない動物の死骸を枕に瓦礫に体を横たえながら微笑んだ。この苦難の時代、それでも生命は息吹く。人間は歩み続けていたのだ。
パァン!
銃声が鳴った。すぐに叔母は耳がキーンと鳴って聞こえにくくなっていることを感じたが、同時に父親から鮮血が弾けるように出るのを見た。脳を貫かれたようだ。
そして抱き上げていた赤子は硬い地面に一直線。叔母の咄嗟の飛びかかりでなんとか衝突は防いだ。母親の方は呆然と目を開けたまま自分の夫を見ているようだった。地面に倒れて、撃ち抜かれた頭の肉片がすぐ側に。叔母はすぐに母親を担いで立たせた。しかし地獄の痛みの余波残る母親は悶えて、体を動かすことさえもままならなかった。
パァン!
その隙に叔母は撃たれた。しかし何とか急所は回避したようだ。二の腕に穴が空いただけで済んだ。まだ使えるとでもいうように叔母は左腕と、撃ち抜かれた右腕でしっかりと赤子を抱きかかえる。
「ああ、サイ、ああ、あ、」
サイは父親のことだ。母親は死んだ父の方に四つん這いになって寄っていく。
「ほら!早く隠れないと、も死ぬよ!」
叔母はかがんで大きな瓦礫の影まで自分の姉を引っ張っていく。恐らく倒壊した建物の壁の残骸だろう。母親は話せない子供のようにただ夫の方へ手を伸ばして抵抗するが何とか隠れることはできた。
足音が聞こえてくる。そして明らかに危ない状況で、お約束のように赤子は泣き続けていた。
「あーあ、せっかく姪っ子も出来たってのに」
叔母は愚痴を漏らしながら、そっと赤子を母親の腕に譲渡する。母親は、優しく包み込むように赤子を受け取った。
叔母はズボンに括り付けていたピストルを取って構えつつ足音に耳を澄ます。足音は複数あった。
遂に現れた。10メートルほど離れたところの建造物の残骸の中から中年の男が2人を先頭に、そして他にも若者を何人か連れて出てきたのだ。
すぐに叔母はその集団に向けて銃を撃ち、呆気なく先頭の2人は死んだ。銃の腕にはかなり腕に長けているようだ。
「もうおわり、こっちはまだ準備体操も終わってないよ?」
叔母はニヤッと余裕の笑みを浮かべるように口角を上げて言った。
若者たちは銃やナイフを構えて三人に襲いかかってくる。叔母はその様子にため息を吐きながらも、発砲しようとした。が、しかしそこでーー
ギューン、ドンというような音がして皆弾き飛ばされた。
同時に光も見えた。
若者たちは元いた建物目がけ5メートルほど、叔母はそれとは反対方向へ同じほど。母親と赤子は重たい瓦礫を背にしていた為何もなかった。
頭をさすりながら叔母は光の方を見た。光は収まっていて何者かが立っていた。
「なーにしてんだか」
叔母はその正体に呆れるように言ってまた立ち上がった。
そこにいたのは何ともおかしな奴だった。そう述べるのが最も正しい形容の仕方であるはずだ。
人間の風体で、顔には白いフルフェイスのマスクのような機械のようなものをつけていて、そして頭部には二つ、三角の、まるで動物の耳のようなものが、明らかに素人が接着した感じで。付け加えられている。
おかしな容姿はまだ続く。
首から下、胴や腕、下半身の腿上辺りまではかなり使われた雰囲気の防弾チョッキで覆っているが、腕にはかなり上質の、そして新品のような白と赤のメタリックなガントレットをしていて、足は旧軍用のこれまた防弾のズボンとなにかの装置のようなもののある黒ブーツで、とどめのように緑のマントを翻している。
「やっぱイマイチ反応よくないなぁ、直してもらわないとな」
その者から出る声は若い男のように感じた。
「で・・・?」
おかしな格好の男は叔母と母と赤子をみて、そして建物の方の若者ら4人を見て、
「どっちを助けたほうがいい?」
と言った。
「ちょっと何お前、今からあの子ら殺すいい所だったんだけど?」
叔母が少し大きい声で言った。
「誰か死んだか?」
「義兄がね。赤ちゃんも死ぬとこだった。」
叔母は答えた。
変な格好の男は顎に手を当てながら考える。
「こいつらは?」
地面に転がる2人の中年男性を指して男が聞いた。
「さあ、あのガキどものリーダーみたいに見えたけども」
男はしゃがんでフェイスマスク越しにまじまじと(おそらく)2人の中年男性を見て、
「っぱ赤ちゃん死ぬのは可哀想だからな!」
と言って立ち上がった。
若者たちの1人が座り込んだままピストルを叔母に向けて撃った。
すぐに緑のマントを翻して男が伯母を庇う。マントには大きくスタイリッシュな字体で『55』と青色の糸で刺繍が施されている。
銃弾は全て55とマントにある男の腹などに当たり落ちる。防弾だ。そして肉体自体も強靭なようだ。
「死ねぇっ!」
2人がナイフを持って襲いかかってくる。
『55』は華麗な近接格闘で相手をする。
まず1人のナイフを持つ手を掴みチョップでナイフを落とさせ、自分の左手ですかさず拾いみぞおちあたりを刺し、ナイフの刺さったまま若者を押して遠くへ。もう1人は股を蹴り上げて悶えた瞬間に腕を掴んで薙ぎ倒した。地面に強く頭を打ちその若者は気絶。こうして何なく2人をダウンさせた。
しかし残るピストル二人組は遠くからの攻撃をやめない。
叔母は銃を構えようとするが、
「下ろしてくれよ、赤ん坊の耳に悪い。」
と55は言って、2人の方へと駆け出した。2人はピストルを何発も撃って、近づいていけば『55』は被弾するに決まっている。叔母はヒヤヒヤしながらも、何か策があるのかと彼の行動に釘付けであった。
驚いたことに、彼は被弾しても一才の躊躇や動揺を見せなかった。それは防弾チョッキへの信頼なのかはわからないが、ただ2人めがけて走る。そひてすぐ目の前に来て、まず1人の顔を拳で殴った。そして最後の1人が恐怖のあまり建物の奥の方へ駆け出すと、『55』は右手のガントレットの、手首にあるボタンを押した。するとガントレットについている膨らみ部分がパカっと開き外れ、中に小さな丸いものが何個も入っているのが伺えた。その一つをとって、彼は駆け出した敵目掛けて投げる。
ドカァン!!
と言う爆発。つまり小さな手榴弾の類いであったというわけだ。
「こっちの方がうるさいじゃないか!」
と今や少し離れた距離になっている叔母が耳を塞ぎながら叫んだ。母は赤子の耳を手で押さえていた。
敵は2人とも煙に消えたが、超至近距離のため死んだか、もう生きれない体にはなったろうと確信して55は戻ってきて、叔母や母親の方を見た。
「赤ちゃん大事にしてくださいね、まあ。」
そう言って男はしゃがんだ。何かの構えのようなしゃがみ方だ。
「あぁあと、俺のこと誰かに聞かれたら、『簒奪者55』だって、言っといてください!」
「あんたが・・・!」
叔母も母も不審な顔をするも、すぐになり始めたキュゥゥゥゥンという音に意識を削がれた。『簒奪者55』の足のブーツについてある装置のようなものが音と煙を出している。
そしてかなりその音が大きく、光が明るくなると、一気に放出するようにドォーーーン!!と大きな音が鳴って、55はそのまま空へと飛翔するがの如く飛んでいったのだった。
その様子を叔母と母親はただ見ていた。
同じ頃、少し離れた所。
廃墟のアパートで屯している人々。6人ほどで、皆座っている。
「な見ろよ、こんだけ食いもん奪えるならこの辺安泰だって事だよな?流石だよな?」
凡そ30センチ四方、高さ7センチほどの箱いっぱいにフィーツモル(食用のゼリーと例えるのが最適か)の袋が沢山あった。
「俺たち6人なら5年ってとこか?」
「まあ誰かが食い意地張らなきゃな」
マッチで火を起こして、タバコの煙を上げながらベトベト頭の男が言った。
「もっと奪いにいくか?病院とかどうだ?ありそうか?」
かなり身長の高い男が言う。
「馬鹿言え、有るのは確かだがキュス菌のせいで20年も近づけねーっつう話だろ、わかってんだろそんなこと?」
「まあな...なら他の人間見つけるか?」
「それが1番だとー」
「なあ知ってるか?『簒奪者』のハナシ?」
話を遮って若い女が言った。
「あん?」
皆知っているような反応を示した。
「何だみんな知ってんのかよ?」
「まあ最近話題だからな。何でもおかしな格好でマントまでつけて人を殺しまくってる怪物だって聞くが?」
「あぁ、研究室の最後の生き残りだと、識別番号が55だからならしい」
「簒奪者55ってやつか・・・」
その時にふと、今話している男は、向かいの女の額に赤い点が、ポインターが当たっていることに気付いた。
「なあ、おまー」
銃声が響いて、その頃にはすでに女の額は撃ち抜かれていた。そのまま後方に倒れた。
遥か先、100メートルも離れたような場所の建物の屋上、目標人物のいる建物の窓、微かに欠けた窓ガラスを縫ってその照準を標的の女に合わせている者がいた。
それは、簒奪者55ではなく、1人の少女であった。