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エピソード6★少女王の不安とモブ男の失敗

「ほう、魔力そこそこ、体力そこそこ、か。どこまでも”王配”には向いておらぬなぁ!」

「じゃろう?」

「しかもリリアディナ嬢の要素が少しもないではないか。まったくあの男にばかり似おって。」

「まったくじゃ。おぬし、本当にリリアディナ様の孫か?」

 ——執務室に戻ったとたん、俺はそこで待ち構えていた2人の人物に挟まれ、さっきからずっとディスリの圧をかけ続けられている。一人はもちろんルンドヴァル魔導師長だったけど、もう一人はまるで熊のように大きな体躯をした、見知らぬ男だった。でもまぁ、この部屋にいるという時点で、この人物が誰であるかは察しがついてはいるのだが……。

「コウ様、お気づきと思われますが、こちらにいらっしゃいますのが、ウォルハルト・ダイアドル公爵閣下であられます。」

「お、そうだな、自己紹介がまだであったな。初めてお目にかかる、王配候補殿。わしはウォルハルト・ダイアドル、現ダイアドル公爵ではあるが、ほぼ自領に隠居した爺じゃ。」

 ハクトの微妙に苛立ちが感じられる冷静な声に気付いた熊男——もとい、ダイアドル公爵がカラカラと豪快に笑いながら名乗り、俺に手を伸ばしてきた。

 生気に溢れたその姿は、とても若々しく老人とは思えない。けれど、アルディメディナ陛下が『おじい様』と呼び、昨日紹介いただいたダイアドル軍務卿のお父君であり、そして何より若くして王都を離れたリリアディナおばあ様を知っているとすれば——失礼かもしれないが、俺から見ても『おじい様』の年齢なのは確実だ。

「コウ・ドナルテです。よろしくお願いいたします。」

 そう言って、俺も差し出された手に自分の手を伸ばすと、ガシッ!とすごい勢いで掴まれブンブンと上下に振り回された。

「こりゃまた細っこい!剣とは無縁の手だな!いや~、基礎も基礎からの講義になりそうだぞ、ハクトよ。」

 ちょ、ちょっと、手、というか腕、痛いです。で、なんでハクト?

「閣下、手をお放しください。色々とコウ様が混乱されております。」

「ぬ?そりゃ、すまんかったな。」

 ハクトにそう言われ、公爵は握っていた俺の手を素直に離してくれた。

 それにしてもそんなお年とは思えないほど力が強い。ちょっと手がじんじんしてるよ……これも王族だからなのかなぁ。

「い、いえ。あの、公爵閣下はハクトと面識があるのですか?」

「おぉ、ハクトはな、王配の側近となる訓練をわしのところで受けていた時期があってな。アルディメディナ陛下が即位された時、王宮に戻って更なる研鑽を積んでいた、というわけだ。」

 え?即位前って…、ハクトってそんなに前から側近になる事が決まってたの?

 公爵の言葉に思わずハクトの方を見たけれど、特に何のリアクションもなく涼しい顔でスルーされてしまった。

「それよりも!お主、王配となるならば最低限の剣術を身に付けることは必須じゃ!例えあの男に似ているとしても、リリアディナ嬢の血も引いているのだからな。それに恥じぬよう、励めよ。」

「そうじゃそうじゃ、そちは仮にもリリアディナ様の孫だからの。公爵様、我らもしっかり教育をせねば、リリアディナ様に申し訳が立ちませんな。」

「もちろんだ!」

 はっはっは!、という力強い笑い声と共に二人はガシィっと音がしそうな握手を交わすと、これもまた二人揃ってぐるんっと音がしそうな勢いで俺の方へ振り返った。


 ————怖い、ただただ怖い———


 自慢じゃないけど、俺は「世界最強のモブ」と称されるくらい、見事なまでに全てが一般庶民の平均レベルしかないんです。それなのに、この国でトップクラスであろう猛者お二人が、目をぎらつかせながら不敵な笑みを浮かべ、俺を教育すると言ってにじり寄ってくるこの状況——。

 本当なら有難いと思うべきなのだろうけど………恐怖以外のナニモノでもないよね……。



 こうして、リリアディナ信者がタッグを組み行われた午後の講義は、それはそれはハードな内容となり、初日にして俺は心身ともに真っ白に燃え尽きたのだった。



 ~~~~~~~



 レイシェント王宮内にある王族専用の応接室、そこに公務を一通り終えた女王アルディメディナが訪れたのは、すっかり夜の帳が下りた頃だった。部屋のソファでくつろいでいた2人の老人は、その姿を認めると立ち上がり臣下の礼をとる。

「お待たせしてすまなかったの、ダイアドル公爵、ルンドヴァル魔導師長。してどうじゃった?わらわのうさちゃんは。」

「はははっ、顔を合わせてすぐに王配殿下の話題とは。久しぶりにお会いしたというのに、少々寂しいですぞ、アルディメディナ様。」

 大柄な公爵が朗らかに笑いながら、気やすい調子でそう答えた。

 ダイアドル公爵はアルディメディナの祖母である先代女王の従弟に当たり、長年女王の最側近として国を支えてきた重鎮である。武勇に優れたダイアドル家の当主らしく頑強な体躯と豪胆で豪快な気性を併せ持った人物で、国内外の騎士たちに”辺境の暴竜”の二つ名で畏れられていたことから、一線から退いた今でも畏怖の対象にしている者は少なくない。

 だがそんな騎士たちに畏れられるレイシェント王国最強騎士と謳われる公爵も、先代女王の孫娘であるアルディメディナの前では、その強面の相好を崩すことで有名だ。アルディメディナもまた、生まれた時から近くにいて自分の事を可愛がってくれる公爵のことは、優しい祖父の様に思っていた。

「許せ、ずっとわらわの伴侶をダイアドルのおじい様にも会わせたいと思っておったからな。気が急いてしまった。おじい様もお元気そうで何よりじゃ。」

「やれやれ、二の次にされるこの感じ、先代様のご婚礼の時を思い出しますな。女王陛下の伴侶様には、敵いません。」

 そう言って肩をすぼめて見せる公爵の対応は、臣下のそれというよりも孫娘にぞっこんの祖父そのものだ。アルディメディナもそんな心地よいやり取りに頬を緩めながら、ソファに腰掛けると2人にも座るように促した。

「それで?おじい様はコウをどう見た?」

「そうですな、リリアディナ殿には似ていませんな。」

「ふふっ、やはりそこが基準となるのか。ではおじい様はコウを気に入らなんだか?」

「はい、と言いたいところですが、まぁ悪くはない、といったところですな。」

 公爵の悔し気な言葉には、どこか楽しげな音が滲んでいた。

 次期女王が伴侶を見つけた、とダイアドル公爵に伝えられた時、アルディメディナはまだ10歳だった。孫娘のように可愛がってきた少女の宣言に、当時の公爵は大きく狼狽え、そしてものすごく心配したのだ。伴侶選びは竜の本能で行われるとわかってはいるが、自分の眼鏡にかなわぬような相手であったら……?

 その時は自分の命と引き換えても阻止せねばと決意した公爵は、それから2年の月日を経てようやくその人物が王宮へやってくると聞き、いざ見極めんと勇んで登城してきた先にいたのがコウだった。

 若き日に憧れ、淡い想いを寄せていた女性(ヒト)の孫だという若者は、特に抜きん出たところもないごく普通の青年で、およそ王配とは無縁といった印象だ。しかしコウを一目見た瞬間、公爵は自分の懸念が杞憂であったと直感した。確かに今は未熟であるし頼りないが、この男は面白い———と。

 そんな公爵の様子を見て、コウを認めてもらえたと感じたアルディメディナは、ふふっと満足げな微笑みを返した。そして今度は、公爵の隣に座るルンドヴァル魔導師長に向かって

「それと魔導師長、コウの”竜印”についてだが、そなたはどう思う?封印は…やはり解けそうにないか?」

 と尋ねた。

 コウの竜印が何らかの力で封印されているのは、()()()()()()()()から気付いていた。女王の伴侶の証である”竜印”を封じるなど、そんな話はこれまで聞いたことがない。だがこうして自分に”竜印”の香りがわかるということは、女王に伴侶を見つけさせないという意図で施されたものではないのだろう。

 ならばいずれ自然に解けるのでは…と最初はアルディメディナも楽観視していた。だがその考えは見事に覆され、未だコウの竜印は出会った時と変わらず中途半端に封じられたままだ。

「拝見したところ、実に強固な封印術でした。術式は繊細かつ複雑に組まれており、陛下の言う中途半端さも初めから意図されたものかと思われます。いやはや、我が国の至宝であった方が施した素晴らしい術に触れ、未だ己が未熟であることを再確認させられました。この術を解くのは……かなりな難題であると言えましょう。」

「そうか……。」

 魔導師長の言葉に、アルディメディナはその小さな顔を少し曇らせた。

 コウの祖母であるリリアディナという女性が稀代の魔導師であったことは、先代の女王である祖母からよく聞いていた。優秀な魔導師で王室とも近しかった彼女が、”竜印”の何たるかを知らないわけがない。それなのに、伴侶が現れたにもかかわらず完全に解ける気配がないほどの封印を施した理由とは、一体なんなのだろう。それに———


(もしこのまま封印が解けなかったら……)


 コウは自分を伴侶だと認識できず、いずれ自分から離れていってしまうのではないか。

 そう考えただけで、全身から一気に血の気が引くような感覚に襲われる。冷たい何かに心臓を掴まれたような息苦しさに、思わず両の手を強く握りしめた。

 そんな少女の様子を見て、

「陛下、コウ様の竜印は生まれつき現れていたという前例のないものです。お優しかったリリアディナ様のこと、恐らく竜印を封印したのは、お二人が番うことを忌避したというよりも、幼いコウ様を守るため、というのが主な理由でありましょう。確かにこの封印についてわからぬことは多々ございますが、コウ様が陛下の伴侶であることは、疑う余地のない事実。コウ様も、ただ単に王命に従ってここにいるだけではないと思いますぞ。」

「そうだな。あの者は祖父に似てぼーっとして流されやすそうに見えるが、自分をしっかりと持っておる男とみた。どうじゃ、アルディメディナ様。かつて”辺境の暴竜”と呼ばれた爺の目、信じられぬかな?」

 とダイアドル公爵とルンドヴァル魔導師長が声をかけた。

「ルンド…、おじい様…。」

 小さな子供を諭すような温かく優しい2人の言葉に、アルディメディナはちょっと照れくさそうな微笑みを返した。不安が完全に解消されたわけではないが、自分を甘やかすような2人の心遣いが嬉しい。

「すまない、考えても詮無き事であったな。ルンド、コウの封印に関しては引き続きそなたに任せるゆえ、調べを進めてほしい。」

「かしこまりましてございます、女王陛下。」

 アルディメディナの言葉を、ルンドヴァル魔導師長は恭しく受け取った。その時、

 コンコンッと、扉がノックされ

「失礼いたします。」

 という声掛けと共に、カティア・フォルデモント宰相が入室してきた。

「おぉ、久しいなカティア殿。」

「お久しぶりです、ダイアドル公爵。ご健勝そうで何よりです。」

 3大公爵家の一人であるカティアもまた、ダイアドル公爵とは幼い頃からの顔馴染みだ。挨拶は簡単なものだったが、その言葉には親しみが滲んでいる。しかしそれとは反対に、彼女の表情にはどこか硬いものが浮かんでいた。

「……カティア、何かあったか?」

 その変化を見逃すアルディメディナではなかった。

 カティアという女性は、一国の宰相を務めるだけあってあまり腹の内を表情に出さない。その彼女が僅かだが、自身の余裕のなさを顔に出したのだ。良い報告、とは到底思えない。先ほどまで公爵や魔導師長に対してみせていた少女らしい微笑みは消え、為政者の凄みが宿った瞳を宰相に向け返答を促した。

「は……。実は陛下、至急お耳に入れたい事があり、ご歓談中失礼と思いましたが参りました。ダイアドル公爵と魔導師長にもぜひ、ご一緒にお聞きいただきたいのですが、よろしいでしょうか。」

「わしらも、とは穏やかではないな。」

 公爵と魔導師長からも、穏やかな空気が消えた。

「で、何なのだ、それは。」

 歴戦の雄であるダイアドル公爵の眼光が鋭く光る。静かではあるが重々しいその問いに、フォルデモント宰相がゆっくりと口を開いた。


「——隣国、バルドアーク帝国で、竜の虐殺が行われている可能性があるとのことです。——」




 ~~~~~~~




 リリアディナ信者によるしごき……もとい、愛溢れる指南を受けた翌朝、意外にも俺はすっきりとした目覚めを享受できた。これは俺の身体が丈夫だったから、ではない。ひとえに優秀なる侍従、ハクトのお陰である。

 昨夜、王配教育を終えて部屋に戻った俺は、足も手もプルプルしてベッドにダイブするのがやっと、という情けない状態で撃沈していた。着替えもせずにだらしないことこの上ないが、指一本動かすのもしんどい。もうこれ明日筋肉痛で絶対起き上がれないやつだ、と確信するには十分な有様でいた俺に、

「コウ様、そのままではお体に障ります。まずは湯あみを致しましょう。」

 ハクトはそう声をかけると、動けないでいる俺をひょいっと担ぎ上げ(!)バスルームへと移動させ、衣類をはぎ取り手早く洗い上げていった。それが終わると、やわらかな花の香りがする湯船に浸かりながらヘッドマッサージを、そして湯船から上がったところで今度は全身のオイルマッサージを施していく。

(き、気持ちよすぎる……!)

 思いがけないハクトの力技とゴッドハンドにめちゃくちゃ驚きながらも、疲労困憊の俺に抵抗するという選択肢はなく、ただされるがままに身を任せ、いつしか意識を手放していた。


 で、今朝の目覚めである。


「おはようございます、コウ様。お白湯をお持ちいたしましたので、目覚ましにお飲みください。」

「あ、ありがとう。」

 いつの間にかベッド脇に来ていたハクトから白湯を受け取ると、言われた通りゆっくりと飲む。ちょうどよい温度の水分が身体に浸み込んで、身体の目覚めをさらに促してくれた。

「お身体の方は大丈夫ですか?お辛いところなどはないでしょうか。」

 辛いどころか——昨夜の撃沈っぷりが嘘のようです。爆睡したからか気分はすっきりしているし、身体に多少のだるさと筋肉痛は感じるものの、ちゃんと動ける。素晴らしい、もう本当にハクト様と呼ばせてください!と、心の中で叫んだ。もうこんなハイスペック従者、俺なんかの専属で本当に良いのだろうか。はっ!それとも王宮勤めの人たちって、これが標準——⁉

「コウ様?」

 つい取り留めない思考に陥りかけていた俺に、訝しげにハクトが声をかけてきた。

「あ、いや、うん、身体は大丈夫だよ。ハクトのお陰だね、ありがとう。」

「お役に立てたのならようございました。コウ様、お身体に問題がないようであれば、早速身支度を整えてください。急ですが、女王陛下から朝食を共にしたいと伝令が入っております。」

「へ?」

「さぁ、お急ぎください。時間がありません。」

 女王陛下を待たせるわけにはいかないとハクトに急かされ、俺も慌ててベッドから跳ね起きた。こうして怒涛の勢いで身支度を終えた俺は、何とか女王様が来る前に朝食会場に辿り着くことができたのだった。




「やはりコウと食べる食事は美味しいな!」

 そう言いながら上機嫌で朝食を楽しんでいる女王様は、朝日を浴びてさらに輝いているように見える。

 部屋に入ってきた瞬間、「うさちゃん!」と叫んで出迎えた俺に抱き着いてきた時はさすがに驚いたが、戸惑いの中に嬉しさがあったのは事実だ。そばに控えていたオズモントさんにはしたない、と諫められちょっとすねた表情も、不敬かもしれないけど可愛い、と思ってしまった。くすぐったいような温かい気持ちが、女王様のそばにいると広がっていく。俺にもし妹がいたら……きっとこんな感じなんじゃないだろうか。

「そうですね、陛下。俺も美味しいです。」

 俺がそう答えると、満面の笑みを浮かべていた女王様は少し顔を曇らせ

「昨夜は仕事が伸びてしまって、晩餐を共にできなかったからな…。寂しい食事にさせてしまっただろうか?」

 と言って、しゅんとしてしまった。まずい!

「いいえ!そのようなことはありません!陛下はお仕事だったのですし、俺も昨夜は公爵閣下方の講義で撃沈…いえ、心身ともに充実していましたので!」

 わたわたとそう答える俺を見て、女王様の表情がまた明るさを取り戻してくれたのでほっとした。焦って自分の情けなさまで勢いで暴露してしまったが、やっぱり女の子に悲しい顔をさせるのは……伴侶以前に男としてしちゃいけないものな。

「そうだ、そのダイアドルのおじい様だがな、今朝早くに領地に戻られた。急なことでコウに挨拶できなかったが、よろしく伝えてくれとおっしゃっていたぞ。」

「そうでしたか。」

 そうか、閣下は領地へお戻りになったのか……ん?ということは、今日の王配教育に公爵閣下は参加されない、ということだよな。それはちょっと……良かったかも。

 だけど、閣下の帰還については誰も言っていなかったし、ハクトも今知ったような感じだ。きっと閣下にとっても、本当に急なことだったのかもしれない。それはつまり、よほどの緊急事態が起こった、ということだろうか……

「大丈夫じゃ、急ぎの仕事であることは間違いないが、心配には及ばぬよ。ふふっ、本当にコウは優しいな。」

 まるで俺の考えを見透かしたかのように、女王様がそう言った。女王様の大人可愛い笑顔攻撃に、心拍が一気に跳ね上がる。

 お、落ち着け、俺!自分の方がかなり年上のはずなんだから、こう、もっと、大人としての余裕を持った対応を……!

「や、そ、そんなことは…!」

 ——余裕とは、と自分に突っ込みたくなる。

 うぅ……、どうして女王様の前だと、俺こんななんだろう?地元にも女王様と同じくらいの子供たちはいたし、子供ならではの突っ込みにドギマギさせられた時もあったけど……それとはまったく違う感覚。薄々気付いてはいたけれど……精神年齢的には、きっと俺の方が年下なのでは——⁉

 けど、悪い気はしない。こうして過ごすのはまだ3回位なのに、楽しそうにしている女王様といるこの時間が、俺にとってかけがえのないものになっているのがわかる。不思議だけど、しっくりくるというか、うん、くすぐったいけど温かくって、悪い気はしないんだ。

(おませな妹に翻弄される兄、って感じかなぁ。)

 何とか自分の気持ちにそんな結論をつけて、俺は女王様との朝食のひと時を楽しむことにした。


「陛下、そろそろ公務のお時間です。」

 オズモントさんの声掛けで、朝食の時間は終了となった。女王様はちょっと不服そうな顔をしたが、オズモントさんが「王配教育の時間でもあります。」との言葉に、しぶしぶといった感じで席を離れた。

「ではな、コウ。名残惜しいが、お互い戻らねばならないようだ。」

「はい。陛下もご公務、頑張ってください。」

 そう返事をした俺を、女王様はじっと見つめたかと思うとふいに視線を外した。おや?

「……あの、な、コウ…そなたは、わらわの伴侶でありうさちゃんなわけで…」

 と珍しく視線を外したまま、何やらごもごもと話し始めた。

「…その、で、あれば……”陛下”、ではなく…ア、”アルディメディナ”、と名前で呼ぶべきではないか…?」

 えぇっ⁉

「あ、愛称で……ルディ……でも……」

「へ⁉や、それはさすがに不敬では…!」

 驚いた俺は女王様の次の言葉に被せるように、声を上げてしまった。そしてその一言に、女王様の身体が瞬間ビクッとし、固まった。それだけでなく、オズモントさんやハクト、部屋の空気までもピシっと音を立てて緊張した。

 え⁉なんで⁉だって俺ごときが、いくらなんでも女王陛下を名前で…ましてや愛称呼びなんて、不敬罪で捕まっても文句言えないです!

「——せ、僭越ながら申し上げます。陛下は3公の方々からは、アルディメディナ様とお名前で呼ばれております。コウ様は候補とはいえ王配のご身分に準じられる方、陛下をお名前で呼ばれても不敬には当たらないかと。」

 その緊張を破るように、オズモントさんがそう発言した。

「そ、そうなの…?」

「わたしもそう考えます。陛下のお申し出でもありますし、お断りする方が不敬となりましょう。」

 オズモントさんを援護するように、ハクトもそんなことを言ってくる。なんだか2人からものすごい圧を感じる。俺から視線を外し俯き加減になっていた女王様も、上目遣いで俺の顔を覗き込むように視線を向けてきた。頬をほんのり染め瞳を揺らめかせるその様子は、2人とはまた違う強力な破壊力を持って俺に迫ってくる。

 えぇ~~~~~…………… っあぁ、もうっ!

 追い詰められた俺は、覚悟を決めて口を開いた。

「…で、では……ア、アルディメディナ、様…!」

 その瞬間、女王様の表情がまるで至近距離で太陽が爆発したように発光した。直視できない強烈な輝きの直撃を受けて、俺は後ろに一歩よろけてしまう。なんてこった、もうノックアウト寸前だよ……けど、こんな一言でここまで喜んでもらえるとは——。

 そんなことを思いつつ、眩しさに慣れたところで改めて女王様の顔を見た。女王様は満面の笑顔で俺のことを見ている。けれど、その笑顔を見た瞬間、俺の胸に小さな、ごく小さな痛みが走った。

 そして思ったんだ。

 ——あぁ、俺は失敗したんだ、と。





 ~~~~~~~





 今日、思い切ってコウに、名前を呼んでほしいと言ってみた。お願いすれば、きっと優しいコウは呼んでくれる、そう思って。穏やかで、温かくて、優しいあの声で。けど…

(——不敬、だなんて——)

 ——わかっていたではないか。今のコウはまだ竜印が封印状態で、伴侶としての認識が薄いことは。……でも、期待してしまった。だって、コウが楽しそうに、嬉しそうにわらわに笑いかけてくれるから。もしかしたら、少しはコウもわらわのことを……って。——

『何を落ち込んでいる?』

 突然アルディメディナの頭の中に、落ち着いた女性の声が響いた。静かだが威厳に満ち、優しくも厳しくも聞こえるそれは、人の声であって人の声でない。

『ふむ、そなたの番は、あの娘にずいぶん過保護にされたようだのぅ。しかし我が愛し子を前にしてここまで鈍い男がおるとは、むしろ感心してしまうぞ。』

 アルディメディナが声に出さずとも、声の主には考えがわかるのだろう。だけどその返答には、何やら楽し気な様子が滲んでいて、ちょっとムッとしてしまう。

『ふふっ、そう怒るな。そなたもまだまだ子供だのう。…よいかアルディメディナ、不安がる事なぞないぞ。そなたは我が愛し子、光り輝くそなたを前に、竜も人も魅了されないはずはない。我らにとって伴侶たる番とは、必ず手に入れるべき獲物と同じ。焦らず、ゆっくり、確実に仕留める、その過程を楽しめるいい女になって、おおいにあやつを翻弄してやるが良い。きっと上手くいく。そなたの番は手強そうだが、そなたらの絆は()()なのだから——。』

 その言葉の意味を全て理解できたわけではない。でも、沈んでいた胸の奥から、ふつふつと勇気が湧いてくるような気がした。


 ——コウ、わらわのただ一人の伴侶、わらわのうさちゃん(家族)——


(絶対に手に入れる。)

 不安に揺れていた瞳に強い光が宿り、少女らしからぬ不敵な笑みが浮かぶ。

 姿が見えぬ声の主も、その様子を満足げにしているようだった。



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