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エピソード2★俺とおばあ様とドナルテ家のちょっとした秘密

「それでは、本日はここで失礼いたします。コウ様、後日王家より正式な通達をお送りいたしますので、お手元に届きましたら速やかにご登城ください。」

 どれだけ時間が経ったのだろう。もうあまりな怒涛の展開に半ば放心状態にあった俺には、オズモントさんのそんな〆の言葉は、この緊張感から解放される天使の合図のように聞こえた。

 でも女王様にはそうではなかったらしく、ちょっと不機嫌そうな目でオズモントさんを見返している。

 うわ、なんか怖いオーラ出てるぞ。これ、大丈夫だろうか…?しかし、そんな威圧感バリバリの視線を受けても、オズモントさんは平然としている。いや、なんなら威圧返しをしてる。さすが侍従、女王様の扱いに慣れているといった感じだ。

 女王様もオズモントさんの無言の圧に負けたらしく、視線を外すと顔に不機嫌さは残るものの威圧感は無くなった。そしてぴょんっとソファから降りると、そのまま俺の方へトトトっと近づいてきた。えっ?と驚いている俺に向かって

「うさちゃん、いやコウ殿、寂しいが今日は別れねばならぬ。それでそのぉ…お願いじゃ。そなたの髪を少しわらわに分けてほしい。」

 キラキラウルウルした金色の瞳が、そんなことを言ってきた。

「…だめか?」

 こてん、と首が傾く。なんだこれ!可愛い!キュンときたじゃないか!

「いや、そんなダメでは…っ痛!」

「ダメなわけありません!どうぞお持ちください!」

 俺が答えるより前に、俺の後ろにいたキリアン兄上が俺の髪の毛をブチっと引き抜き、女王様の小さな手にそれを渡した。いきなりひどいじゃないか!禿げたらどうしてくれるんだ!

 兄上から俺の髪の毛を受け取った女王様は、ぱあっと輝く笑顔を見せ、

「ありがとう。」

 と礼を言うと、手の中のものを大事そうに握りしめ、オズモントさんの近くに戻っていった。そして次の瞬間、我が国の女王様とその侍従は顕現した魔法陣の光に包まれ、光が治まった時にはもうその姿はどこにもなかった。

 色々驚きすぎてこれ以上ないと思っていたが、目の前で人が消えるという未知の現象を目の当たりにして、俺の驚きの限界値はいとも容易く突破されてしまった。後で聞いた話だが、父上とカイアス兄上は女王様一行が来訪時に同様のことを目撃していて……帰りの際はもうさほど驚いてはいなかったそうだ。

「コウ、あれは゛転移魔法”といって、魔力で出発点と着地点を結び瞬時に人を移動させる魔法だ。でもこの魔法には膨大な魔力と完璧な制御が必要で、使える人はほぼいないと言っていい。その転移魔法をこうも容易く、しかも自分以外に成人男性3人くらいまでは同時に移動可能だなんて…アルディメディナ様は本当にすごいお方だよ。」

 王都には戻らず家に残ったキリアン兄上が、驚きすぎてただ茫然としている俺にそう説明してくれた。

 怒涛の出来事に失念していたが、ドナルテ領は王都からかなり離れた田舎にある。馬車など普通の交通手段を使うと、大体片道2日間は要するくらいの距離だ。その長期間をかけて女王様がドナルテ領を訪ねるのは、まだ不確定要素が多すぎる現段階でいらぬ憶測を呼び、不要な混乱が生じる恐れがあるため現実的ではない。しかし、伴侶確定のための判断材料である゛匂い”は女王様本人にしかわからないし、かといって何の接点も功績も地位もない俺を、王宮へ呼び寄せ女王様と謁見させるだけの大義名分もない。そこで、まずは転移魔法を使い内密に動くことで不確定要素を先に潰し、俺を王宮へ呼んでも不思議ではない状況作りを図ることとし、王宮勤めをしているキリアン兄上を仲介役とした今日の来訪が実行されたのだそうだ。



「…とりあえず、コウの正式な登城までには時間がありそうだし、この件については明日また家族で話し合おう。色々疲れただろうから、3人とも今日はもう休みなさい。」

 と誰よりも疲労感を漂わせている父上のその一言を受け、みんなそれぞれ自室へと戻ることになった。


 部屋に入ると、俺は迷わずベッドの上にダイブした。一体全体、俺に何が起こったというのだろう。事があまりに大きすぎて、現実だとは到底思えない。だって俺は゛世界最強のモブ”だ。容姿だって魔力量だって一般庶民の成人男性平均で、良くも悪くも突出したところなんて一つもない。目立つこともなく、平凡で平穏な人生を送って行くんだと、そう信じていた。

(うさちゃん。)

 まだ12歳の少女が嬉しそうにそう自分を呼ぶ声が耳元に蘇る。金色の瞳を輝かせて微笑むその姿は……正直抱きしめたいと思うほどに可愛かった…。

「‼~って、何考えてんだ俺は!まだ子供だぞ!いや、それ以前にじょ、女王様だぞ‼」

 いくら何でも恐れ多い…というか、世界最強のモブである俺がそんなこと考えること自体、不敬罪に問われ首を刎ねられてもおかしくないのでは⁈

 そうだよ、落ち着け俺。いくら彼女からの求愛であっても、彼女が…とんでもない美少女であっても…、常識的にも道徳的にも身分的にも…、とにかくいろいろ大問題だろ‼絶対‼

 そんな自分でも理解できない自問自答を止められず、俺はベッドの上でジタバタと無意味な運動を繰り返した。堂々巡りしかできない脳内会議は一晩中続き、気付けば夜は明け窓の外は小鳥が囀る爽やかな朝の風景になっていた。


 女王様の急襲があった翌日の午後。ドナルテ男爵邸の居間には、男爵家当主であるハロルド・ドナルテ男爵をはじめ、その妻であるエリーゼ夫人、長男のカイアス、次男のキリアン、三男の俺と、ドナルテ男爵一家が集合していた。他にも俺には2人の姉がいるのだが、両方ともすでに嫁いでいて家から出ているためこの場にはいない。

「それで旦那様、コウは大丈夫なのかしら?この子が女王様の伴侶として王宮で暮らすなんて…。」

 俺は三男だしこんなモブ体質だし、上の兄弟のように王都で学ばせるよりも手元でのんびり育てることを両親は選択し、現在に至っている。そんな俺が急に王都へ、しかも王家の一員として行くなんて、母上にしてみれば心配しかないだろう。そんな母上の言葉を受けて、カイアス兄上も同様の不安を口にした。

「コウはこれまでずっとこのドナルテ領で過ごしてきましたから、王都はもちろん王宮のことも詳しくは知りません。ましてや王配殿下となって中央政治に加わるなど……キリアンはどう思う?」

「母上や兄上の心配は十分理解できますし、俺も同じ考えです。それともう一つ、この件に関して実は疑問に思っていることがあるんです。」

 そう言うと、キリアン兄上は俺を見て

「コウ、お前は女王様と同じように、女王様に対して何か特別なものを感じたか?」

 とそう尋ねてきた。

「え?」

 予想外の問いに、思わず間抜けな声が出てしまった。

 でも……改めてそう言われると、どうなんだろう。あの時女王様は、俺から伴侶を示す匂いがすると言っていた。でも俺は……。

「……俺は、女王様の圧倒的な覇気というかオーラというか……それで、目の前の少女が只者ではない特別な存在だっていうのはわかった。でも正直、女王様の言っていた匂いはわからなかったし、は、伴侶という意味で特別だ、というのは……違う、かな。」

 俺の答えを聞いたキリアン兄上は、ふぅっと一つ息を吐き出した。

「俺は王都で働く魔導士として、一般的には知られていないような王族に関する事情も知識として知っています。その中でも特殊だったのが、国の主となる王、および女王の伴侶選びに関することです。それは、竜の末裔といわれる王族ならではの、まるで御伽噺みたいな話で…。王と伴侶は魂で繋がっているため、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、という内容でした。これまでの王たちの婚姻がその内容の通りに行われていたとするならば、……女王陛下はコウを伴侶と認めているが、()()()()()()()()()()()()、という今の状況が……俺にはちょっと解せないんです。」

 キリアン兄上の指摘はもっともだった。突然のことで混乱していたというのもあるが、アルディメディナ様に伴侶だと断言されても、俺の頭には疑問しか浮かばなかった。これは、オズモントさんが言っていた「惹かれあう魂」とか「建国以来の理」という話に、今の俺の状態は当てはまらないということではないだろうか。だとすると、女王様が何か勘違いしている、という可能性だってあるのでは…?

 この指摘にみんながう~ん、と考え込んでしまい口を噤んでしまった中、

「…あの~旦那さま、もしかしたらなんですけど…。」

 のんびりした母上の声が沈黙を破った。

「それって…、()()()のお義母様のことが、関係しているんじゃないかしら?」

 俺たち兄弟に母上のその言葉はピンとこなかったが、父上はどうやら思い当たることがあったらしく、思いっきり驚き顔をしてガバッ!と母上に向き直った。

「……そうか!…母上が…いや、そうだな…それならば……!」

「えぇ、きっとそうですわ。お義母様でしたら……。」

「ちょ、ちょっと待ってください、父上、母上!お二人とも落ち着いて!」

 子供たちを置いて二人だけで盛り上がる両親に、カイアス兄上が慌ててストップをかける。さすが長男、頼りになります!

「父上、母上がおっしゃっているのは、一体どういうことなのですか?俺たちにもわかるように話してください。」

「う、うむ。すまなかった、カイアス。」

 興奮して半分腰を浮かしていた父上は、ごほん、と一つ咳払いをして改めてソファに腰掛け直した。

「父上の母君…ということは、リリアディナおばあ様のことでしょうか。」

 リリアディナおばあ様とは、カイアス兄上が言った通り父上の母君であり、前ドナルテ男爵の妻だった人だ。おばあ様は俺が2歳を迎えた頃に亡くなられたので、どんな方だったのか俺には記憶がない。

「そうだ。」

「ではそのおばあ様と、今回のコウの件と、一体どういった関係があるというのですか?」

 カイアス兄上の問いに、俺とキリアン兄上の視線も父上と母上に向けられる。それを受け、父上と母上は互いに顔を見合わせ、軽いアイコンタクトをした後に改めて俺たちに向き直った。

「その話をする前に、一つ確認したいことがある。コウ。」

「は、はい。」

「ちょっと胸を見せてくれ。」

「へ?」

 実の父の口から出たとは思えない言葉に、思考が理解することを一瞬で拒否する。それはたぶん、側にいる兄上たちも同様だろう。そんな凍りつく息子たちの様子など見事にスルーし、母上がすっと俺に近づきさっさとシャツのボタンをはずし、ばっと胸元を開いた。

「は、母上⁉」

「…あぁ、やっぱり()が少し見えてきているわ…。」

 痣?俺の胸に痣なんかないぞ。慌てて自分の胸元を見てみると、確かに胸の真ん中あたりが少し赤くなっている…?なんだこれ、どこかにぶつけた?それとも虫刺され…?

「コウ、そしてカイアス、キリアンよ。その痣こそが、お前たちのおばあ様と今回の件が関係していることを示す、ドナルテ家の秘密なのだ。」



 ドナルテ家の秘密…だと?この田舎の地で中央政権とは無縁に過ごすお気楽男爵家に、そんなものがあったというのか?

 想像だにしなかった父上の言葉に、俺だけでなく兄上たちも衝撃を受けたようだ。誰も父上や母上にかける言葉を失い、ただ固唾をのんで父上の次の言葉を待った。


「あれはコウが生まれた日のことだ。別室で待機していた私と母上…お前たちの祖母であるリリアディナおばあ様は、誕生の知らせを受けエリーゼの部屋へと赴いた。ベッドには出産を終えたばかりのエリーゼと、生まれたばかりの小さなコウがいて……いや初めてではないが、やはり妻と子供の無事な姿を見るあの瞬間の喜びは、幾度経験しても感動的なものだったなぁ。」

「まぁ、旦那様ったら。」

 微笑ましいエピソードに浸って、両親とも頬が弛んでいる。この調子でちょいちょい思い出話が差し込まれていったら……今日中に話が終わらないかもしれない。

「リリアディナおばあ様も大変喜んで、エリーゼを労った後に5人目の孫となるお前を抱き上げてくださった。すやすやと寝ているコウを優しく見つめてくださっていたが……突然顔をしかめられ『この痣は…。』と言われたのだ。」

「コウが生まれた時、あなたの胸の真ん中には親指くらいの大きさの、くっきりした痣があったの。あなたはとても元気に生まれてくれたから特に気にしなかったのだけど、いつもと違うお義母様のご様子に不安になって、思わず『この子の痣がいかがしましたか?もしや、何か悪いものなのでしょうか?』とお聞きしたのよ。」

 母上が俺の手にそっと自分の手を添えて、ゆっくりと穏やかな声のトーンで父上の話を引き取って続けた。

「そうしたらね、『この痣は決して悪しきものではないのだけれど……今の状況ではちょっと厄介なのよねぇ…。』とそうおっしゃって。『この子が平穏に暮らせるよう、()()()()が来るまで隠しておいた方が良いと思うの。だから、隠しちゃうわね♡』って言って、その場で痣を消してしまったの。」

 へぇ、そうなんだ……って待って!痣を消した⁈母上があんまりあっさり言うから、思わずスルーしかけたけど、それってそんな簡単にできるものじゃないよね⁈

「や、ちょっと待ってください!生まれつきの痣を消すだなんて、一体どうやって⁈」

 思わずそう叫んだキリアン兄上に、カイアス兄上もコクコクと首を縦に振ることで同意を示している。

「正確には、消したのではなく隠す…つまり見えなくしたのだ。それがどういった仕組みか私にはわからないが、おばあ様曰く、痣に宿っている魔力を封印すると、痣自体も目には映らなくなるのだそうだ。」

「封印の魔術…!それ、そんな簡単にできるような術じゃないですよ⁉」

 キリアン兄上が動揺した声で父上に反論する。魔導士である兄上が言うのだ、封印の魔術というのは相当難しく、少なくとも母上が言ったようなあっさり完了する術ではないのだろう。

 リリアディナおばあ様って……いったい何者⁈

「…あ~実はな、リリアディナおばあ様の実家は、代々魔法薬師として王宮勤めをされていた家柄で、その一族の中でもおばあ様の魔力は飛びぬけて高く、幼い頃から父親について魔術の才を磨いていたのだそうだ。その豊かな才能は王家の方々からも寵愛され、将来は今の女王様のおばあ様である前女王様の片腕に…とまで言われていたほどでな。けれどもその時はまだ子供であったおばあ様の両親のたっての願いもあって、その事実はおばあ様が社交デビューをする年齢になるまで公にされないこととなり、知る人ぞ知るという存在だったそうだ。」

 なんてこった。俺のおばあ様ってそんなにすごい人だったんだ。キリアン兄上が魔導士になったのも、おばあ様の血筋なんだろうな。……なら俺にも魔力量、もうちょっと隔世遺伝してほしかった……。

「そ、そんな方が、どうしてドナルテ家に嫁がれたんですか?」

 カイアス兄上の質問に、俺のちょっと脱線した思考が現実に戻ってきた。そうだ、兄上の言う通りだ。女王の片腕にとまで見込まれた、そんな逸材を国が手放すとは思えない。しかもドナルテ家のような下級貴族の家になんて。

「……おばあ様が社交デビューを目前としたある日、王宮で道に迷っていた父上…お前たちの祖父である前ドナルテ男爵と運命的な出会いをしたそうだ。いわゆる…その、一目惚れをしたおばあ様がだな、周囲の反対や意見の一切をねじ伏せ、用意された地位も名誉もすべて放棄し、半ば押しかける形でドナルテ男爵夫人の地位を勝ち取り……現在に至るというわけだ。」

「本当にロマンスよねぇ。以前、お義母様からお聞きしましたけど、お義父様はお義母様の理想ど真ん中だったそうよ。穏やかでお優しくて、のんびり屋さんで、控えめで、どこにいても目立たない所が可愛らしくて、絶対に離さないと心に強く誓ったのだとおっしゃって……本当に素敵だわ~♡」

 母上が少女のように華やいだ声ではしゃいでいる。やはり女性は、いくつになってもこうした恋愛物語が好きなのだな…。

 だが現実には、そうロマンティックなだけの話ではなかっただろう。おばあ様の家族も、そしておじい様も、おばあ様のパワープレイに相当翻弄されたはずだ、気の毒に。……そしてなぜだろう、生まれた時にはすでに亡くなられていて会ったこともないおじい様という人に、今ものすごい親近感を覚えるのは。

「おばあ様がそのような方だったとは……、しかしドナルテ家もよく無事で済みましたね。」

「おじい様やドナルテ男爵家に何か問題があったわけでも、強い野心があったわけでもなかったからな。それにおばあ様も、ご自身が稀代の魔術師だと公にするようなことは決してされなかったし、わたしたちにも公言することを禁じていた。そんな方だったからこそ、王家も信頼し事を荒立てはしなかった、ということなのだろう。」

 カイアス兄上の言葉に、父上もしみじみとした口調で答えた。

「そのおばあ様が゛厄介な痣”として封印したものが、今このタイミングでうっすらではあるが現れている……。だから父上も母上も、今回の女王様の件とその痣が関係しているのでは、と思われたのですね。」

 魔術に詳しいからこそ、おばあ様の話で一番動揺していたであろうキリアン兄上が、混乱した思考を整理するかのようにこれまでの話を端的にまとめそう呟く。それを聞いて、俺は僅かに赤味を帯びた自分の胸の一点を、そっと触れながら改めて見た。視覚的な変化の他に、痛いとか痒いとかがあるわけではない。ましてや女王様が言っていた゛匂い”も、何も感じられない。

「痣の何が厄介なのか、母上…リリアディナおばあ様は、詳しい話はなさらなかった。気にはなったが、まるで虫刺されの痕を消したくらいの気軽さだったから、私たちもそんなに重要なことではないだろうと思い、それ以上聞くことはしなかったからね。だから本当にこの痣が今回の件に関係している、という確証はない。ないが……私にはあの時おばあ様が言った、『()()()()』が来たのではないかと思えるのだ。」

「女王陛下がコウを伴侶と定め、それに呼応するようにリリアディナおばあ様の封印は薄れ始めている……関連付けるなという方が難しいですよね。それに、現時点でコウが女王陛下を伴侶として認識できていないのが、おばあ様の封印がまだ完全に解かれていないからだとすれば、説明も付きます。」

「キリアンの言う通りだな。だが……となると、゛世界最強のモブ”である我が弟が一国の女王の伴侶……これ、やっぱり冗談ではなく現実、ということになるのですね……。」

 カイアス兄上の一言に、その場にいた全員がはたと本日の家族会議の原点を思い出した。

「そうでした!どうしましょう旦那様!今からでも花嫁修業させた方が良いかしら…?」

「落ち着きなさい、エリーゼ。一応貴族子息としての教養はコウにも身に付けさせているから、最低限のマナーは大丈夫だろう。それよりも……コウが王宮や王都の貴族社会について知らなすぎる方が問題だ。よもやコウが我が領の外で、しかも中央で暮らすなど想像すらしていなかったからなぁ……。カイアス、キリアン、お前たちの知る限りで良いから、コウが登城するまでに色々教えてやってくれ。」

「「はい!父上。」」

 あぁ……俺の目の前で、俺を抜きにして、俺のこれからが動いている……。おばあ様のこと、俺自身のこと、これまで知らなかった事実が多すぎて、何をどう考えたらよいのかわからない。なんだかもう、他人事のような気がしてきた。けれど、俺にそんな封印の魔術がかけられていたなんて……、ん?封印の魔術?

「あれ?じゃあ、俺がモブなのってその封印のせい…?」

「いや、それはない。」

 俺の素朴な疑問は、父によって瞬殺された。

「我が父でありお前たちの祖父である前ドナルテ男爵は、その、なんていうか気配が薄い人でな。」

「コウはおじい様にそっくりなの♡」

 ………………そうですか………いえ、先ほどのお話でおじい様にものすごい親近感を感じていましたが、そこまでですか…………。

「…女王陛下といいおばあ様といい……モブって大物を惹きつける因子なのだろうか……。」

「いや、キリアン。それは二人ともが『世界最強』であるからかもしれんぞ。」

 兄二人のなんだか気の抜けたやりとりが、未だ全員が混乱状態にあることを如実に表しているようだった。でも兄上たち、それはきっと答えのない不毛な議論です。深堀は危険です。そして地味に心が痛いです。

「さあ、出来るだけの準備をして我が家の゛最強”を送り出してやらねば!皆頼んだぞ!」

「「「はい!」」」

 あぁ……俺の家族は混乱の末、ポジティブシンキングに至ったようだ。

 まぁ、そうなるしかないよな。色々な疑問があるとはいえ、国の最高権力者からの直々に下された勅命だ。そもそも一介の下級貴族である男爵家が、その命令を拒否することなどできるわけがないのだから。

(俺、一体どうなっちゃうんだろう……。)

 俺の人生は、思い描いていた未来とは真逆な方向へ進みだした。理不尽とも思うけれど、その流れに逆らうことができないのであれば、下手に抵抗などせずもう腹を括るしかない。それに、行き着く先はわからないけど、そこには確実にあの少女が待っている。そう思うと、なんだかそれも悪くない気がしてきた。

「さぁコウ!猶予はあまりないぞ!早速勉強だ!」

 使命感に頬を高揚させ興奮気味にそう宣言したカイアス兄上と、同じく表情を引き締めたキリアン兄上に襟首を掴まれた俺は、二人の勢いに流されるまま引きずられるようにして部屋を後にした。



 その日から3日後、ドナルテ家に王家からの使者として数名の騎士たちが迎えの馬車と共に来訪し、「コウ・ドナルテを女王陛下の婚約者としてすぐに登城させるように」という正式な通達が下された。女王陛下の突然の来訪から1週間。こうして俺は生まれ育った故郷を離れ、いくつかの疑問と大いなる不安を抱えたまま、俺の伴侶だという女王陛下が待つ王宮へ向かって出発することとなった。

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