エピソード1★世界最強のモブ、史上最強女王のうさちゃんに認定される
特に有名になりたいとも、大金持ちになりたいとも思わない。可もなく不可もなく、ただ平穏な毎日を愛する人たちと笑って過ごす。そんな何の変哲もない、どこにでもある、ありふれた一般庶民ライフこそ、俺の理想でありあるべき“未来”だと信じていた。信じてたのだが…―――
「みつけた!わらわのうさちゃん!」
そう叫んでいきなり目の前に現れた小さな少女の登場で、俺の理想は儚い夢となって消し飛んだ。
あぁ……どこかにいる天地の神様とやら。
世界最強とまで言われたモブの俺に、なんという゛爆弾”を投下してくれちゃったんですか……。
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天気は晴天、風も穏やか。今日は絶好の農作業日和だ。収穫されたジャガイモで一杯になった最後の一籠を荷車に積んだところで、
「いや~、お疲れさま。」
「やれやれ、やっと終わったな。」
「今年は結構とれた方だよなぁ。」
などと、作業をしていた人々から口々に言葉が発せられる。それを聞きながら俺も、収穫作業で強張った腰と背中をうーんと伸ばした。まだ19歳だし体力にはそこそこ自信はあるが、ほぼ中腰を継続する力仕事は若いなりにもこたえるものだ。でも、この終わった時の清々しい達成感は嫌いじゃない。
「みんなお疲れさん!あとは荷を領主様のところの倉庫へ運び入れて、今日の仕事は終わりだ。すまんがもうひと踏ん張り頼む……ってコウ坊ちゃん!」
農家たちのリーダーであるジョシュアおじさんが、仕事の指示を出している途中で突拍子もない声を上げた。その視線の先にいるのは…間違いなく俺だ。おじさんはどかどかとすごい勢いで近づいて、がしっと俺の両肩を掴み揺さぶった。
「こんな泥だらけにして!なんだっていつもしれっと俺らの仕事に混ざってるんですか!毎回言ってますが、これは坊ちゃんがやる事じゃないんですぜ!」
「えぇ…。そんなこと言われても…。」
だって、天気がいいから歩いてたらみんな忙しそうで、何してんのかな~って覗いたら収穫作業始めるぞ~って、それでそのまま一緒になって始めただけで…。半分呆れ感を滲ませながら雷を落としているジョシュアさんに、俺は心の中で必死に言い訳をした。
「大体、お前たちもなんで坊ちゃんに収穫作業なんてさせてんだ。」
「まぁまぁ、いつものことじゃねぇかジョシュアさん。」
「なんか自然にいるんだよ、この坊ちゃんは。ま、手伝ってもらって助かってるしな。」
一緒に収穫をしていた村人たちが、怒るジョシュアさんに笑いながらフォローのようなそうでないようなことを言った。
「だぁもう!こんなコウ坊ちゃんを見たら、俺がまた女房にどやされるんだぞ!そん時はお前たちも同罪だからな!」
ジョシュアさんの奥さんは、領主の家で女中頭を務めている大変パワフルな女性だ。彼女がどんな女性か知っているから、俺もみんなもジョシュアさんの言葉にちょっと頬がひきつった。
ところで、何故俺がこんなふうに「坊ちゃん」なんて呼ばれるかというと、それは俺が彼らが住んでいるこのドナルテ領の領主であるドナルテ男爵家の3男「コウ・ドナルテ」であるからだ。
そう、領主の息子、正真正銘のお貴族様である。普通は領民の上に立ちその手腕を発揮するべき立場であって、領民に混ざって農作業をする立場ではない。それは女中頭であり俺の乳母でもあるジョシュアさんの奥さん、ハンナにも、ドナルテ家の執事であり俺の教育係でもあるヘンドルにも、小さい頃からそう言い聞かされ続けてきたから、俺だって十分わかっている。しかし
「仕方ねぇよ。なんてったってコウ坊ちゃんは゛世界最強のモブ”なんだからよ。」
そうなのだ。全てはこの一言に尽きるのだ。
モブ――それは名も無き群衆の中の一人のこと。
男爵家の5人兄弟の末っ子、この条件下で誕生したにもかかわらず、俺は悲しいくらいこの“モブ”体質だった。家族で外出となれば家、もしくは出かけた先に忘れられ、兄弟たちとかくれんぼをすれば放置され……とにかく存在感というものが希薄なのだ。ひどい時は、目の前にいるにもかかわらず、「どこに行った?」と探される始末…。しかも俺は総じて高い‟魔力”量を持つ貴族階級の生まれでありながら、小さな火を灯すとか弱い風を起こすとか、一般庶民でも平均的にできるくらいの゛魔力”量しか持っていなかった。つまり゛魔力”量でも俺という個人を識別するのは、非常に困難だと言わざる負えないのだ。
しかし、それで家族から愛されなかったとか、邪険にされたということは一切ない。末っ子として家族から愛されている自負はあるし、逆に家族には小さい頃は気付いたらいない俺に振り回され、大変な思いをさせてしまっていた自覚もある。誰が悪いわけではない。ただただ、俺が生まれながらの゛モブ”…しかもかなり強力な゛モブ”であるのが、全ての元凶なのだ。
そんな俺のことを兄弟姉妹が、いつからか「世界最強のモブ」と言うようになり、それが今や領民にも浸透し、ディスリではなく親しみを込めた愛称となっている……と信じている。
諦めを滲ませた乾いた、それでいて生暖かいみんなの視線に包まれて、俺と収穫されたジャガイモは目的地であるドナルテ男爵邸に到着した。そのまま倉庫へジャガイモを運ぶ列に加わっていると、流石にジョシュアさんに襟首を掴まれ止められた。
「だから!坊ちゃんはここまでです!それより、うるさいのに見つかる前に早く…」
「それは誰のことかしら?」
ふいに背後からかけられたその声に、俺とジョシュアおじさんはヒュッ…と息を呑み、身体を固くした。そして二人して恐る恐る振り返ると、そこには少し大柄な女性…女中頭のハンナが両手を腰に当て仁王立ちしていた。
「お屋敷を出てからなかなか帰らないと思っていたら…これはどういうことです?坊ちゃま。」
「え…あ…っと…ですね…。」
「あんたもよ、ジョシュ。どうして坊ちゃまが泥だらけでジャガイモと一緒なのか、説明なさい!」
その迫力にしどろもどろになる俺たちの後ろで、一緒にジャガイモを運んできたみんなも震え上がった。ハンナは肝っ玉母さんを絵にかいたような女性で、領民みんなに頼られ慕われている反面、怒らせるとおっかない存在としても認知されている。ドナルテ領内のヒエラルキーでトップに近い位置にいる女性なのだ。アワアワする男たちに向け、ハンナの容赦ない雷が放たれようとした時
「まぁまぁ、ハンナ。うちの愚弟が゛世界最強のモブ”なのが原因なんだから、それくらいで勘弁してやってよ。」
というのんびりした男性の声がかけられた。
「カイアス様!」
声の主の名前は「カイアス・ドナルテ」と言い、ドナルテ家の嫡男で俺の長兄にあたる。男爵家の後継者らしく、真面目で努力家である上、面倒見の良い穏やかな人柄ということも加わり、家族はもちろん領民からも慕われている自慢の兄上だ。
「みんな、作業中に騒がせて悪かったね。もう仕事に戻ってもらって大丈夫だよ。…コウ、お前は俺と屋敷に戻るぞ。」
俺以外のみんなは、やわらかい微笑を湛えているカイアス兄上に、救世主が現れたとばかりキラキラとした眼差しを向け、口々に礼を言いながらジャガイモを倉庫へと運んでいった。
だが俺にはわかる。――優しい口調の中のトゲが。兄上、絶対に怒ってる…。
「ご、ごめん、カイアス兄上…。もしかして俺、なんかまた騒がせてる…?」
おどおどと尋ねる俺を見て、兄上はふぅっ、と一つため息をつき
「…キリアンが王都から客人を連れて戻っている。お前に用があるそうだ。ヘンドル、ハンナ、コウの身なりを急いで整えて応接室に連れてきてくれ。」
ハンナと兄上のそばに控えていた執事長のヘンドルにそう言うと、そのまま足早に屋敷へと戻っていってしまった。キリアンは俺のもう一人の兄上で、ドナルテ男爵家でも一番と言ってよい゛魔力”量を持ち、今は独立し魔導士として王宮で働いている。王宮での仕事は相当忙しいらしく、めったに帰省することがなかったキリアン兄上が、こんな突然に客人を連れて戻り、しかも俺に用があるって?
「さぁコウ様、急いでください!」
「お客様をあまりお待たせするのは失礼ですよ!」
そうして、訳が分からず呆けてしまった俺は、カイアス兄上の命を受けたヘンドルとハンナに引きずられるようにして屋敷へと入った。
二人がかりの超絶技巧で、農作業で泥だらけになっていた俺は瞬く間に身なりを整えられ、あっという間に応接室の扉の前に立っていた。その間に、ヘンドルがここに至るまでの経緯をかいつまんで説明してくれたところによると、どうやら家の者にも次兄とその客人の来訪は突然であり、意外なものだったらしい。しかも来訪の目的が俺だということで、驚きながらも父であるドナルテ男爵に急いで俺を連れてくるようにカイアス兄上に言ったのだが、肝心の俺の姿がどこにもない。さらに案の定というか誰もどこに行ったかわからず慌てたところに、俺が泥だらけでジャガイモと共に帰ってきた…そうだ。……うん、それは兄上がピリついていたのも致し方ない。
しかし…それにしても、キリアン兄上の客人がなんで俺に用があるのだろう?自慢じゃないが生まれてこの方、俺はほぼドナルテ領から出たことはなく、王都にだって行ったことはないのだ。だから王都の人に知り合いなんか一人もいない。つまり、どう考えても“俺に用”なんかある人など、いるわけがないはずなのに。
いくら考えても疑問と不安しか湧かないが、とりあえず会えば理由がわかるだろうと腹を括り
「コウです。」
と声をかけてドアをノックした。
「入りなさい。」
すぐに返ってきた応えの声を聴き、俺は扉を開き部屋の中に入っていった。
「失礼します。お待たせしてしまったようで申し訳…っブフォッ‼」
恐縮しながら挨拶をしようとした瞬間、なにかが勢いよく顔面に飛びついてきた。
「みつけた!わらわのうさちゃん!」
不意打ちに俺はバランスを崩し、見事に後方へ尻もちをついた。
「⁉◎※?△×⁉!」
何が起こったか理解できず、しかもなにかに頭をがっちりホールドされ息もできず、俺はすっかりパニック状態になった。
(く…苦し…っ!)
「ひ、姫様!いけません!お離れください、はしたない!」
誰かがそう言うと、俺の頭からなにかを引き剥がしてくれた。強烈な圧迫から解放され、肺に急に空気が入ってきたことで思いっきりせき込む。
「大丈夫か?コウ!」
部屋にいたカイアス兄上が慌てておれに近づき、ゲホゲホしている俺の背をさすってくれた。そのおかげで、まだゼーゼーはするがちょっと落ち着いてきた。一体、何が起こったんだ?そんなことを思いながら視線を上げてみると、そこには心配そうな父上とキリアン兄上の姿と、見知らぬ初老の男性の姿。そして、その男性に抱き寄せられている小さな女の子の姿があった。
「アルディメディナ様、こちらの方で間違いないのですね。」
「そうだ!わらわのうさちゃんじゃ!」
男性の問いに凛とした声で返答したのは、白銀に輝く豊かな髪と金色に輝く大きな瞳が印象的な美少女。こんな綺麗な子、見たことない。…てか、もしかしてさっき俺を窒息させてたなにかって、まさかこの子…?そしてうさちゃんって…俺のこと?どういう意味?
混乱している俺の表情を見て、おもむろに男性の方が俺に語り掛けてきた。
「急に来訪した上、姫様が大変失礼いたしました。わたくしども、本日はコウ・ドナルテ様にお伝えすべきことがあり、兄上であるキリアン殿を介しこちらへ訪問させていただきました。単刀直入に申し上げます。コウ様、あなた様はこちらにおいでになりますアルディメディナ様、レイシェント王国女王陛下の伴侶であられます。」
…………
一瞬にして応接室は凍りついた。その場にいた誰もが、微動だに出来ず固まっている。
この人、今なんて言った?この美少女が、我が国の女王様?そして俺が…その伴侶?え?…伴侶って、あの伴侶?俺が女王様の…結婚相手ってこと?
「うさちゃん♡」
そう言って、煌めくばかりの笑顔を向ける美少女…アルディメディナ女王陛下に、俺のキャパは完全にオーバーとなり、酸欠と衝撃のダブルパンチに視界がスウッとブラックアウトした。
遥か昔、竜の聖山と言われる深い山と森に囲まれたこの地には、僅かな人間が貧しいながらも知恵を出し合い、慎ましくも平和な生活を送る小さな村があった。ある日、一人の村の青年が薬草を採るために森を歩いていると、傷を負い倒れているまだ子供の竜と出会った。白銀の身体を傷だらけにした子竜の首と足には首輪と足輪がはめられ、引き千切られた鎖がそれぞれに付いている。どうやらこの子は、竜を捕えようとした人間から、必死に逃げてきたようだ。幼い竜のあまりな様子に青年はひどく驚き、とにかく追手から身を隠せる場所まで竜を背負って運び、手持ちの薬草を使い必死に手当てをし看病をし続けた。それから数日後、子竜は無事に回復すると住処である山へ向かって飛び立っていった。その日からしばらくして、青年を訪ねて村に一人の美しい娘が現れた。行く当てがないという娘を、青年は受け入れ一緒に暮らすようになった。そして共に暮らすうちに青年と娘は互いに慕い合うようになり、ついに家族となって幸せな生活を送るようになった。だがそんなある日、青年たちが住む村に武装をした大国の兵士たちがやってきて、竜を捕える手伝いをしろと強要してきた。村人たちが竜に危害を加えようとする要求を拒否すると、兵士たちは村人たちに襲い掛かってきた。武器を持たない村人たちが次々に倒れる中、青年も逃げ遅れた子供を庇って兵士の刃に倒れてしまった。その時、眩い光が爆発し、兵士たちの視力を奪った。光の奔流が徐々に収まると、そこには怒りに満ちた黄金の瞳をした白銀色に輝く竜の姿があった。竜はその翼で竜巻を起こし兵士たちを全て空中へと巻き上げると、炎の息で焼き尽くした。やがて静寂が訪れると、竜はその頭を青年に近づけ、愛おしそうに鼻先を摺り寄せた。けれども青年はピクリとも動かない。その様子に竜は悲しげな細い声を立て、黄金の瞳からは美しい涙が溢れ青年にこぼれ落ちた。すると、不思議なことに青年の身体が輝き始め、ついには息を吹き返したのだ。竜は喜びの声を上げ、キラキラとした光をまき散らしながら娘の姿へと変わり、愛しい青年を抱きしめた。そして竜が撒いた光は村全体に広がり、青年と同じく刃に倒れた人々を癒し、蘇らせる奇跡をも起こしたのだった。こうして、村を救った竜の娘と、その竜を助け伴侶となった青年は、村を導く長となりこの地を治めていくことになった。
―これが、俺たちの国、レイシェント王国建国の伝説である。
「お加減は、大丈夫ですか?」
落ち着いた問いかけに、俺は黙ってコクコクとうなずいた。
色々キャパオーバーで一瞬気を失ってしまった俺だが、幸い(?)すぐに意識が浮上したため、引き続き応接室でお客様とのお話続行、ということになった。というわけで、今俺は父と長兄に挟まれてソファに座っていて、俺の正面のソファには客人である男性と女王様だという美少女が座っている。この客人を連れてきた次兄は、俺たちの後ろで立ったままこの状況を見守っていた。
「では、改めましてお話をさせていただいてよろしいでしょうか。」
「は、はい。あのそれで…と、当家の息子が…そのぉ…は、伴侶とは、一体…?」
ドナルテ男爵家当主である父上が、まだ混乱で放心状態が続いている俺に代わって返事を返した。声の様子からしても、ちらっと見た表情からしても、俺に負けず劣らず父上も困惑しきっているようだ。
「はい。まず申し遅れましたが、私はロウゼル・オズモントと申しまして、先代の女王様の頃より王家にお仕えしております。現在は、此方におわしますアルディメディナ・エーレ・レイシェント女王陛下の侍従を務めさせていただいています。」
…あぁ、俺の空耳でも幻聴でも何でもなく、本当にこの子が紛れもなく本物の女王様なのか……。
レイシェント王国を治めている王族は、代々強大な魔力を継承していることから、建国の伝説になぞらえて゛竜の末裔”といわれている。その王族の筆頭となっているこの少女が王位を継いだのは今から2年前、彼女がまだ10歳の時だ。当時、他の国からしてみれば幼い君主の擁立は、レイシェント王国を手に入れる絶好の好機と映ったのだろう。一つの大国が強力な軍事力を背景に王家に対し圧力をかけてきたのだが、彼らの思惑は僅か10歳の女王によってことごとく殲滅されてしまったのだ。レイシェント軍の先頭に立ち強大な魔力をもって敵軍を屠るその姿は、まさに白銀に輝く建国の伝説にある竜の娘そのもので、戦場の人々はただその存在に畏怖の念をもって平伏するしかなかったという。以来彼女は国内外の人々から゛史上最強の女王”と称賛され、レイシェント王国の統治者として君臨しているのだ。
(それが……この子、なのか。)
ちらっと視線だけ挙げて伺い見ると、女王様である美少女は少し頬を染めながら嬉しそうに、俺を見つめて微笑んでいる。眩いばかりに溢れ出ている美少女のキラキラを浴び、なんだかこちらまで頬が赤らむのを感じると同時に、その、何というか、…獲物を狙う肉食獣にロックオンされたような圧も感じて、背中の冷汗が止まらない。
「伴侶とはもちろん陛下の結婚相手、旦那様のことでございます。」
うん、そうだよね。それ以外の意味なんて、やっぱりないよね。
「これはあまり広く知られてはいないのですが…竜の末裔といわれるレイシェント王家を継ぐ者には、必ず対となる魂を持った者、定められた伴侶様が存在するのです。2つの魂の絆はとても強いものです。どれほど離れていようとも必ず出会い、生涯を共にするというのが建国以来の理なのです。」
レイシェントを治める王や女王の伴侶となる人が、生まれながらに決められているなんて初めて知った。確かに先代の女王夫妻は、とても仲が良いことで有名だった。互いに信頼し支え合うその姿は、国民(特に女性陣)から理想の夫婦像として今でも語られている。対となる魂の2人…うん、納得。
「そして今から2年前、アルディメディナ様がご即位される少し前のある日、ご自身の伴侶様を見つけたと私共に告げられたのです。本来でしたら急ぎ真意を確かめるはずでしたが、折悪くその直後に先代女王陛下が崩御されてしまったため、ご葬儀に即位式、他国の横やりなど、混乱と慌ただしさの中、伴侶様の件については今日まで保留となっておりました。そうして2年経ち、ようやく国の情勢が落ち着いてきたところで、改めて姫様が見つけたとおっしゃられた方の捜索を開始し、コウ様、あなた様のところへ辿り着いたという次第です。」
淡々とした調子で説明をするオズモントさんのお陰で、パニック状態から少し脱してきたように感じる。お陰で大まかな経緯はわかったような気がするが、それでもまだまだ疑問だらけだ。そもそも——
「…なんで、俺なんでしょう…?」
「匂いじゃ。」
思わず口から洩れてしまった俺のつぶやきを、それまでニコニコとおとなしく座っているだけだった女王様の簡潔な一言が一刀両断した。
「へ?に、匂い?」
「うむ。おばあさまは常日頃から言っておられた。伴侶からは惹かれてやまない、対となる自分しかわからない匂いがすると。あの時、そなたの匂いを初めて嗅いだあの時、わらわは確信したのじゃ。そなたこそ我が伴侶、わらわだけのうさちゃんであると。」
曇りのない輝く黄金の瞳で俺を真直ぐに見つめ、当然のごとくキッパリと言い切った。
いやいや何?その匂いって。とても受け入れがたい理由に「何言ってんだ」と突っ込みの一つも入れたい気分だが、女王様のキラキラな目力が一切の反論を許してくれない。あぁ…この力強い宣言に抗える者など…この場どころか世界のどこにもいないだろう。
「それでその……゛うさちゃん”とは……」
父上、俺はあなたを尊敬します。この張り詰めた空気の中、一番聞きづらいことを口に出せるとは…。兄上たちも俺と同じ思いだったらしく、何とも言えない眼差しで父上を見ていた。
「…゛うさちゃん”とは、先代の女王陛下が夫君である王配殿下をお呼びする時の愛称でございます。」
こほん、と軽い咳払いをしたオズモントさんが、答えてくれた。
どうやら俺は、まだ腰かけたソファから足が床に着かない少女から、間違いなく拒否権のない求婚をされているようだ。
世界最強のモブが史上最強の女王様から゛うさちゃん”認定を受ける……いったいどんな冗談なんだ。許されるならもう一度意識を失って現実逃避したい、と俺は全力で願っていた。