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君が僕を好きなことを知ってる  作者: 大天使ミコエル


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72 静かな夜(3)

 コードを3つほど練習して、歌を歌う。


 とはいえ、そんなにすんなり弾けるわけはないから、

「てぃんくるてぃんくる…………………………りーる…………………………すたー………………」

 という歌とも言えないような速さだ。

 それも、簡単に弾けるように移調したコードで。


 それでも二人は真剣に、教本に覆い被さるようにギターを弾いた。


 童謡を一曲なんとか歌い終えると、

「ははっ」

 と、礼央が満足げに笑う。

 それにつられて、亮太も笑った。


「こっちは?」

「CとFと……。え、この人差し指ってのはどこ抑えてんの」

「全部?」

「え、親指はどこ」

「え、親指?」


 ぽかんとした顔のまま弾いてみるけれど、ぼよん、とした音が出るばかりだ。

 礼央が真面目な顔で三度ほど弾いて、諦めたのか亮太にギターを渡してくる。

 無言のまま、亮太がFコードにチャレンジし、何度かボソボソとした音を出した挙句、「くすくす」と笑い出してしまう。


「みかみくん?」


「手、切れそ」


 言いながら、大の字になって寝転んだ。


 寝転んで、すぐに思う。


 床にゴロンも危ないのでは?

 横になるっていう行為自体が……。


 そんなことを考えながら、チラリと礼央の様子を見た。


 視線を上げると、座っている礼央と視線が合う。


 視線が合って、礼央が笑顔になったから。


 ……そんな顔やめろ。


 なんて、思わず声に出そうになった。




「ベッドでいいよね」


 床には、布団を敷いておいた。


「ダメだよ。ベッドは、みかみくんが使って」


「…………うん」


 ここは素直に聞いておく。

 こんな事で、すったもんだして何か間違いがあったらまずい。


 ゴロリと二人で横になった。

 亮太はベッドに。礼央は床に敷いた布団に。


「ふぅ……」


 眠れるだろうか。

 あまり……眠りたい気分ではないけれど。


 とはいえ、礼央と二人の時間は、居心地が良かった。


 うるさくないし。気を遣わなくていいし。

 なんだか安心感、ある。


 明かりを消すと、ほんのりと部屋の輪郭だけが見える。


 暗い中で、どんな表情をしているのかわからない礼央くんが、ベッドのすぐ傍にある布団に寝転がっているのがわかる。


 礼央くんだって、こんな日に突然眠ったりはしないだろう。


「れおくん」


 声を掛けると、


「…………うん?」


 と、返事があった。

 返事をしようかどうか悩んだような返事だった。


「……明日、帰っちゃうの?」


「ああ………………うん」


 ずっとここに居てもいいのに。


 けど、一人で生きていけない以上、こんな事、悩む事でもなんでもなかった。

 帰らないわけにいかないのだ。

 このまま家出をして、学校を辞めて、……それで?


 その先が存在しない事は明白な事実だった。


 働いて学費を稼げるほど世の中は簡単ではなかった。

 一人ぼっちになった15歳が、気楽に生きていける程わかりやすい世界ではない。


 学校を辞める気はない。


 それなら、制服も鞄も何もない状況で、家出なんて出来るはずもなかった。


「朝、帰るよ」


 亮太には、その言葉を引き留める力はない。


 自分だって、礼央に何かを提供できる立場にはないのだから。

まだもうちょっと夜が続きます。

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