5 もし君が僕を好きなら(1)
視線は合ったけれど、直ぐに逸らされた。
やっぱりどこか、気まずそうな顔で。
ケントが笑う。
「昨日の英語めっさ助かったわー」
「ほんと?ならよかった」
あ、喋った。
「お前、いっつもあんな予習してんの?英作問題のとことか」
「たまたま」
礼央が、笑顔で応える。
「たまたまー?」
ケントが「くはっ」と笑う。
「…………」
……笑ってる。
なんだ、普通に喋るんだ。
ケントは確かに、誰とでも距離近いっていうか、誰とでも平気で喋るけど。
それにしたって。
もっと……なんか……変なやつなのかと思った。
もっと、隠キャって感じだったり、真面目くんだったり。
けど、喋っているのを見ると、すごく普通だ。
「今日何?」
「バスケっぽいよ」
「おー。れおくんボール得意?」
「全然」
「俺も苦手〜」
気合十分な顔のまま、サクが苦笑する。
「サク、体育会系じゃん」
「あのボール、ラケットで打ったら痛そうだからなー」
三人の会話に入れないまま、その会話の外側で、その会話を聞いた。
普通じゃん。
確かに授業はバスケらしくて、バンバンとドリブルする音が合間に聞こえる。
ケントがボールを取ってきて、サクと投げ合い始める。
それを笑って見ている礼央と、それを外側から見てる俺と。
なんだか居心地の悪いままそうしていると、途端に先生の声が聞こえた。
「はい注目ー!」
先生は、どう見ても体育教師だとしか思えないような、ガタイのいい男性教師だ。
広い体育館の端まで届く、野太い声。
「柔軟から!そのまま二人組〜!」
え。
一瞬、どうしたらいいのか迷う。
普段ならケントと組むところだけれど、ケントは既にサクとボールの投げ合いを始めてしまっている。
ここで二人に声を掛けるのは、絶対におかしい。
……この、隣にれおくんが居る状態で。
一瞬の戸惑いは、結果、亮太と礼央だけを取り残すことになった。
「…………」
気まず。
ちらりと見ると、礼央も気まずそうにキョロキョロと見回している。
そんなに見たって、もう誰も残ってないって。
仕方ない。
「じゃ、やるか」
「あ、うん」
先生の掛け声に合わせて、二人で柔軟を始める。
礼央が亮太を嫌っていると思い、様子を見ていたケントとサクも、安心して二人で柔軟を始めたようだった。
床に座る礼央の背中を、押す。
俺よりも、腰が細いんじゃないだろうか。
もし。
もし、こいつが本当に俺のことを好きだとしたら?
好きだとしたら、こんな風に触れることは、“特別”なんじゃないだろうか。
こんな風に触れる手を、背中で意識するんじゃないだろうか。
もし。
もし本当に、このれおくんが、俺のことを好きだとしたら……。
「いだだだだだ」
途端に、礼央が小さく悲鳴を上げる。
「あ、悪い」
ぼんやりして、押し過ぎたみたいだ。
礼央は、あまり身体が柔らかい方じゃないらしい。
スポーツも、不得意そうだ。
「大丈夫」
思ったよりも人懐っこい、思ったよりも普通の態度で、礼央はそう言った。
サクくんは運動系の事ならけっこうはしゃぐタイプ。