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アイスと私

作者: ほほほ


「よっこいしょ」


 山のように積みあがった洗濯物を絨毯の上にドサッと降ろす。

 今日は折角の休日だというのに、家事に追われて全然休めていない。


 ソファで横になっている夫を思わず睨みつけてしまう。

 残業続きで疲れているのは知っているけど少しは手伝って欲しい。

 ―――いやいやいやいや、夫だって時間があればきちんと家事をやってくれる。

 今は動くのが億劫なほどに疲れているだけ。

 うん、きっとそうよね。


 洗濯物を畳んだら次は夕食の準備をしないと。

 でもその前にちょっとだけ休憩しよう。


 冷蔵庫からアイスを取り出すと、夫の横に座ってぱくりと食べた。

 家事で火照った体がひんやりとしていくのを感じる。


 その様子を見ていた夫が無言で口をあーんと開けていた。

 ―――しょうがないなぁ。

 私はスプーンでアイスを掬うと夫の口に放り込んだ。



  ◇



 私は少しくらい大変でもアイスがあれば乗り切ってこられた。

 1個150円のカップアイス。

 夫は「もっと良いやつを買っても良いのに」というが私はずっとこれしか食べない。


 だって、子供が欲しいじゃない。

 結婚してアパート暮らしをする私たちは決して裕福とは言えない。

 夫がこれだけ忙しいと、子育てはほとんど私がやることになると思う。

 ううん、子育てだけならしばらく実家の世話になっても良い。

 でも、私が仕事が出来なくなってしまえば、今より大変に厳しくなるのは分かり切っている。

 きちんと貯金をしないと、産まれてきた子供につらい思いをさせてしまうことになるだろう。


 それに―――。

 このアイスは思い出の品なのだ。

 夫との初デートのときに二人で分けあって食べたアイス。

 学生時代はお小遣いもそんなになくて、これでも結構な贅沢だった。

 夫はそんなこともう忘れてるかも知れないけど……。


 そんなアイスも今では毎日でも食べようと思えば食べられるようになった。

 太っちゃうから毎日は食べないけどね。



 あるとき、夫も同じアイスを買ってきた。

 私のを横取りしているのが気になっていたそうだ。

 「俺の小遣いで買ったんだから良いだろ?」なんて言ってる。

 確かに、そうだけど―――。


 私は思わず「次買ってきたらお小遣い減らすから」って言っちゃってた。

 それを聞いた夫は怒りだしてしまった。

 そりゃこんなことを言われたら怒るのは当たり前だ。

 初めての夫婦喧嘩。


 言ってしまったことはどうしようもない。

 反省した私は夫のいうことを黙って聞いていた。

 でも、段々苛立ってきた私は夫を睨みつけると、大声で叫ぶように「一つを分けるのが大事なの!」と言っていた。

 夫は呆気にとられたように、こちらを見つめてくる。


 私は初デートのときの思い出を語った。

 好きな人と一緒に食べられてどれだけ嬉しかったかを。

 その気持ちが今でも変わっていないことを―――。


 それを聞いた夫が気まずそうに話し始めた。

 若かった夫は間接キスがしたいという下心満載な気持ちで、あえて一つしか買わなかったそうだ。

 後ろめたい気持ちが残っていた夫は、いつか自分も買って一緒に食べようと思っていたらしい。


 恥ずかしそうに語る夫に、私は思わず笑っていた。

 そういうのはもっと早くにやらないと意味がないじゃない。

 結婚した今は、一つを分けあうのだって普通だ。

 奥手な夫だと思っていたけど、まさかこれほどだったとは。


 私は夫のアイスを奪い取って冷凍庫に入れた。

 それから、自分のアイスをスプーンで掬い、夫の口に放り込む。

 夫はしばらく無言でアイスを味わっていたが、やがて仕方がないなぁとばかりに溜息を一つ吐いた。



 夫には夫の考えがあったようだけど、こればっかりは私に合わせてもらう。

 だって、私は家事で大変だから。

 その代わり夫は休日に休んで良い。

 「あれこれ文句を言わない、良いお嫁さんでしょ?」なーんて胸を張って言ったら、夫はおかしそうに笑った。


 次の日から夫が家事を手伝ってくれることが増えた。

 やっぱり自分のアイスが欲しいらしい。

 それから数年の月日が流れ―――。

 私と夫のアイスを巡る争いは、赤ちゃんが出来た今も水面下で繰り広げられている。

お読みいただきありがとうございます。

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