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 石化したテルミィに気付いていないのか、ルドルクの母親は輝かんばかりの笑顔のまま、自己紹介を始めてしまった。


「わたくしの名前はサフィーネ・ニクル。ルドルクの母親よ。目の色以外はあまり似ていないといわれるけれど、間違いなくあの子を産んだのは、このわたくし。そしてあっちは夫のラジェイン・ニクル。見ての通り、ルドルクの父ですわ。瓜二つでしょ?」


 年を重ねた女性だからできる茶目っ気のあるウィンクをしたサフィーネは、視線を扉に向けた。釣られるようにテルミィも目を向ける。


 腕を組んで不機嫌をアピールしまくるルドルクと、人の良い笑みを浮かべて小さく手を振るラジェインがばっちり視界に入り、テルミィは困惑する。


 ──確かに瓜二つだけど、表情は真逆……。


 こんな状態なのにラジェインは手を振り続け、テルミィにリアクションを求めてくる。悩んだ末に、テルミィは小さくお辞儀をした。


「うむ。よき娘さんじゃないか。儂も歓迎しよう。ようこそサムリアへ」 


 満足げに笑うラジェインの隣で、ルドルクはますます不機嫌になる。いつ舌打ちして部屋を出て行ってもおかしくない状況だ。


 このまま彼が出て行ってしまったら、もう二度と領主婚の話ができないだろう。何としてでも彼を引き留めなくてはならない。


 しかしテルミィは出会い頭に求婚できる度胸はあるが、空気を和らげる話術など持ち合わせてはいない。「あぅ、ぅう」と変な声を出しながら指をこねくりまわすことしかできないでいる。


 対してニクル夫妻は、ぜんぜん動じない。むしろ息子の機嫌の悪さを面白がっている様子だ。


「あらあら、ルドったらっ。素直じゃないわね。遠い領地から、山を超えて谷を超えて、身一つで息子に求婚しに来てくれただなんて素敵じゃない。これは間違いなくロマンスだわ。ルド、長年独身を貫いてきた甲斐があったわね。母はここ数年、思春期が復活したのかと心配したけれど、これでもう安心ね。嬉しいわぁ。こんな可愛らしいお嬢さんを、娘にできるなんて。ねぇ、そう思わない?あなた」

「うむ、同感だ。見合い話を片っ端から断るお前を見て、儂はもう紹介する相手を次から男にしようと決めていたのだが……待った甲斐があったな、ルドよ」

「ほんとそうね。さ、あなたすぐに婚姻証明書を作成なさって。わたくしは婚礼衣装を手配しますから」

「ああ、任せてくれ。あ、その前に祝いの席で出す鹿を狩ってこなければ。しかし悩むな。熊のほうが見栄えは良いが、アレの味は少し癖があるからのう」

「まぁ!あなたったら少し気が早いわ。お肉は鮮度が大事なのよ。鹿は当日の朝に狩ってきてくださいな」

「そうか、そうだな。うむ、そうしよう」


 あれよあれよと進みだした結婚話に、テルミィは願ったりかなったりと喜んでいいはずなのだが、目を白黒させる。


 押しかけて求婚した自分が言うのも何だけれど、領主婚とはいえ大切な一人息子の伴侶を、こんなノリと勢いで決めて良いのだろうか。


 それに何より、当の本人であるルドルクはまったくもってこの結婚に乗り気ではないのに。


「お待ちください。勝手に話を進めないでいただきたい」


 不安が的中して顔色を失ったのは、テルミィだけだった。ニクル夫妻は、きょとんとしている。


「あらどうして?ルド、このお嬢さんのこと嫌いなの?」

「……いえ、嫌いではなくて……」

「なら、テルミィさんのお話を疑っているの?」

「……べ、別に疑ってるわけじゃないが……」

「即答できないってことは、疑っているってことね。そういうことなのね。なら、今ここでテルミィさんに魔法植物を作ってもらいなさいな。そうすれば納得できるでしょ?ええ、それがいいわ。そうしましょう!」


 はい、決定!と宣言するようにサフィーネはパンと両手を打ち鳴らした。恐ろしいほどのゴリ押しである。


 テルミィはこそっと、ルドルクを盗み見た。すぐに視線を別の方に向ける。人は限界まで不機嫌になると、こんな顔をするのだ。


 あまりの美しさに忘れかけていたけれど、ルドルクは男性だった。テルミィは男の人が苦手だ。特に怖い顔をされると、心臓を握られるような恐怖がある。


「おい、お前」

「ひっ、ひゃい!」


 ソファに座ったまま飛び上がったテルミィを見て、ルドルクは少し傷付いた顔をした。


「……別にそこまで驚かなくてもいいだろ」

「驚かせたのではなくて、怖がらせたんじゃないのか?ルドは儂に似て、無駄に威圧感があるからのう」


 横にいる父親からの突っ込みに、ルドルクは眉間をぐりぐり揉んで自力で表情を和らげた。

 

「どうだ?」

「まぁ、普通だな」


 父親から欲しい言葉を貰えなかったルドルクはチッと舌打ちしたあと、ぎこちない笑みを浮かべてテルミィに向け口を開いた。


「早く横になりたいだろう?」

「……え?」

「具合が悪いんじゃなかったのか?いや、その顔色は間違いなく悪い。そんな時に無理して魔法植物なんか作らなくて良い。母上の話は無視しろ」

「あ」


 もしかしてルドルクがノリノリで領主婚を進めようとする両親に待ったをかけたのは、自分の体調を気遣ってくれたから?


 いやいや、まさか。自惚れにもほどがある。でも彼の表情を見る限り、あながち間違いとも言い切れない。


 人は、どうでもいい存在に対して心配なんかしない。気遣うことなんて、絶対にしない。


 なら……ルドルクが自分のことを気遣ってくれたのなら……まだ望みを捨てなくていいかもしれない。


 ──魔法植物の錬成をルドルクに見せたら、領主婚のことを考え直してくれるかも。


 僅かな希望を見つけたテルミィは、ぐんっと背筋を伸ばす。


「た、体調は大丈夫……です。ぜんぜん元気です」

「その顔色でか?」

「顔色は、これが普通なんで……その……気にしないでください」


 すぐにルドルクの片眉がクイッと上がった。なにを馬鹿なことをと言いたかったのだろう。


 その言葉を言わせる前にテルミィは立ち上がり、サフィーネに深く頭を下げた。


「ニクル夫人、魔法植物の錬成を、い、今すぐやらせて、ください……!」


 返事の代わりに、ぱあぁああっと顔を輝かせたサフィーネは、サロンを錬成できる状態にするために呼び鈴を鳴らす。


 リン、リン、リーンと豪快にベルが鳴った10秒後、執事ディムドを筆頭に3人のメイドが飛び込んできた。

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