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西の空に太陽が傾くまで、テルミィとルドルクは市場を散策した。
露店を覗いてみたり、目についた肉串や果実のジュースを買い食いしたり、射的や輪投げなどの子供向けのゲームに参加してみたり。
途中で休暇を取っている官職と出会って、雨季前に植えた水をたくさん蓄えられる魔法植物のお礼を受けたり、それを立ち聞きした民からも感謝の言葉を貰えたり、デート中なのを冷やかされたりもした。
その間、ずっと二人は手を繋いだままだった。
ルドルクの手は、大きくごつごつしていて指が長い。テルミィの小さな手と握りあうと隙間だらけだ。
「ルドルクさん……本当に……大きいし……硬い」
「こら」
「私、こんな大きいの初めてで……もっと深く繋がるには……私がもっと広げたらいいのかなぁ……うーん」
「ミィ、口を閉じろ」
互いの手の大きさについて呟いていたら、ルドルクから叱られてしまった。
しゅんと肩を落とすテルミィに、ルドルクは苦虫を口いっぱいに詰め込んだような顔をして再び口を開く。
「そういう話は、もう少し後だ」
なるほど。道を歩く時は黙っていなければならないようだ。
今日はベガットが錬成してくれたドレスのせいで、いつになく饒舌になっていた。ルドルクから喋り過ぎだと注意を受けるほど、浮かれていた自分に気づいたテルミィはペコッと頭を下げる。
「ご、ごめんなさい、ルドルクさん。あの……次からは気をつけます」
「ああ、そうしてくれ」
「それと……お喋りがしたくなったら、ルドルクさんを呼んでもいいですか?」
「もちろんだ。……俺の理性が保てるかは知らんけどな」
「はい?」
「いや、なんでもない。俺が聖騎士だというところをガツンと見せてやる」
お喋りをするだけなのに、なぜ物騒な話になるのだろう?と首を傾げるテルミィだが、迎えの馬車が視界に入り、その質問は飲み込んだ。
ルドルクの手を借りて、馬車に乗る。続いて乗り込んだルドルクの手によって扉が閉まり、馬車は静かに動き出した。
「ミィ、いっぱい歩かせてしまったな。疲れたなら寝てていいぞ。ほら」
「寝れません!」
食い気味に首を横に振ったのは、ルドルクが今にも膝枕をしようとしたからである。
「……そういうことは、やっちゃ駄目なんですぅ」
己の心の中にある気持ちを自覚した今、彼の仕草一つ一つに対して妙に意識してしまうから、ほどほどにして欲しい。自分は、未来を期待することができないのだから。
そんな気持ちでじっとルドルクを見つめれば、彼は「ふぅーん」と不満げに呟いたかと思えば、ニヤリと笑って自分の肩を抱く。
「なら、これならいいはずだ」
基準がよくわからない。でも拒めば、もっと過激なスキンシップが待っているに違いない。
観念したテルミィは、大人しくルドルクの身体にもたれかかる。満足そうにルドルクが喉の奥で笑うのが聞こえて来た。
「……あの、ルドルクさん」
「なんだ」
「えっと、つかぬことを訊きますが……その……ルドルクさんは花言葉に……詳しかったりします?」
「いや。毒があるかとか食べれるかとかならそこそこわかるが、そっち方面はさっぱりだ」
「そっか……そうですか」
ベガットが錬成したドレスにどんな意味があるのか気づいてほしいわけじゃない。知らないと言われてホッとしたのは事実。でも、ちょっとだけがっかりしたのも本当の気持ち。
──そっか……私、もうずっと前から、そうだった。
ルドルクの大きな手が自分に触れた時、唇が合わさった時、胸が高鳴る言葉を与えられた時、いつも強烈な色彩を放って心の一番大切な部分に突き刺さっていた。
痛みは無いけれど、ジッと心が焦げ付くような感覚。尊いとか嬉しいとか、そんな感情の先にある特別な気持ち。それこそがピンクのチューリップの花言葉なのだろう。
馬車の窓に映る夕焼け空を見ながらテルミィは、ようやっとベガットの錬成したドレスを受け入れることができた。
*
目を閉じて心地よい馬車の揺れに身を任せていたら、あっという間にニクル邸に到着した。
馬車を降りたテルミィとルドルクを使用人たちが出迎える。しかし、ハクの姿は見当たらない。
置いて行ったせいで拗ねてしまったのだろうか。そんな不安を覚えて、テルミィはドレスの裾を掴んで自室に戻ろうとする。しかし、ルドルクに引き留められてしまった。
「ミィ、こっちだ」
「で……でも、ハクが部屋でふて寝してるかもしれなくて……」
「大丈夫だ。ハクもこっちにいる」
こっちとは、どっちだろう。テルミィの行動範囲は狭い。自室以外で出歩くとしても温室と食堂と固定のサロンがせいぜいだ。
ちなみに今、ルドルクにエスコートされながら向かっているのはニクル邸内ではあるが、未知の領域だ。
「あ、あの……ルドルクさん?」
「もう着く。黙って歩け」
「は、はい」
ついさっき歩行中は私語厳禁と注意されたことを思い出し、テルミィはむぎゅっと口を噤む。
すれ違った使用人が意味深な笑みを浮かべたけれど、歩くことに専念しているテルミィはまったく気付くことができなかった。
幾つも角を曲がり、邸宅内の雰囲気がガラリと変わったところでルドルクの足がピタリと止まった。
「では、我が妻テルミィ、お手をどうぞ」
気取った仕草で手を差し出したルドルクのすぐ後ろには、金の装飾がされた大きな扉がある。どうやらここにハクがいるらしい。
「あの……ルドルクさん……ここは?」
「俺の手を取ってくれたら、3秒後に全てがわかる」
「は……はぁ……」
頑として答えを教えてくれないルドルクに困惑しながら、テルミィは彼の手のひらにちょこんと自分の手を置いた。
それが合図となり、扉の前に立つ使用人の二人が恭しく礼を執る。二人がかりで開けられた扉の先には──
「オーホッホッホッ。待ちくたびれましたわ。テルミィちゃん、馬鹿弟!」
一度聴いたら一生忘れられない高笑いが出迎えてくれた。
煌びやかな広い広いホールの中央で一際存在感を放っているのは、お察しの通りルドルクの姉アイリット・シバインだった。
「……一体、なにがどうなっているんだ」
愕然とするルドルクに向け、テルミィは心の中でポツリと呟いた。
そんなのこっちが訊きたい、と。




