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虐げられた魔法植物師の家出先は、聖騎士様の腕の中(旧題:裏方令嬢と過保護な聖騎士の結婚~自由になるための契約婚が溺愛婚に変わるまで~)  作者: 当麻月菜
幸せの代償

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8

 強引に連れてこられた先は、2階の角部屋だった。美しいブドウの装飾がされている扉からして、最上の客をもてなす部屋なのだろう。


 ……と思ったけれど、部屋に入った途端、テルミィは予想の斜め上を行く室内に度肝を抜かれた。


 四方の壁には天井まで詰まれた色とりどりの布。床にはカゴに雑多に詰め込まれたリボンや刺繍糸。他にもキラキラ光るビーズやレースが缶や木箱の中で山になっている。


 おしゃれに興味が無いテルミィでも、この全てがドレスの材料ということはわかる。だが、試作品のドレスを飾るトルソーが1体も無いのは不思議である。


「こ……ここは……あの……」


 テルミィは、高々と詰まれた布の前で女性従業員と打ち合わせをしているベガットに「倉庫ですか?」と声を掛けようとして、その言葉を飲み込んだ。


 なぜなら、ぽっかりと開いた中央の床部分に見知った図柄を見つけたから。


「ふふっ、さすが魔法植物師ね。お察しの通りよ、ニクル家の若奥様。あたし、こう見えて魔法縫製師なの」 


 テルミィが床を凝視しているのに気づいたベガットは、打ち合わせを中断して茶目っ気のあるウィンクを投げた。


 自分の勘が当たったことに、テルミィはぱぁああっと顔を輝かせる。


「あ、あのっ、私……錬成できる人にお会いするのは初めてで」

「うふん、あたしもよ。これから恩人の奥方様と錬成ネタでお喋りできるって想像したらすごく楽しみぃー」

「え?あの……恩人って、ルドルクさんとベガットさんは」

「色々とあったのよ。ま、その話は長くなるから後回し。さ、あなた達、若奥様の衣装を脱がしてさしあげて」


 最後に聞き捨てならない言葉が耳に入り、テルミィは「ひぃ」と小さく悲鳴を上げる。


 しかしこうなることを事前に予測していたのか男性従業員は既に退出しているし、女性従業員の一人は扉をがっちりガードしている。


 そして残りの女性従業員二人は、音を立てずにテルミィの背後に素早く回った。


「若奥様、ご安心ください。衣装を脱がせると言ってもアンダードレスはそのままですから」

「……でも、でも……」

「あ、オーナーのことなら気にしないで下さい。オーナーは愛妻家で、他の女性は異性じゃないと豪語してますので」

「え!ベガットさん、け、け、け、結婚してるんですか?!」


 ぎょっとしたテルミィに、ベガットは「何か文句でもございますか?」と薄く微笑む。でもその眼は、ぜんぜん笑っていなかった。

 

 自分が失言してしまったことに気付いたテルミィは、心から謝罪すると共に抵抗をすることを放棄した。


 ──それから、5分後。


「はぁーい、準備できたみたいだから、若奥様ぁー、こちらにどうぞ」 

「……はい」


 裸足にアンダードレス姿になったテルミィは、ベガットに言われるがまま魔法陣の中央に立つ。


 植物錬成と縫製錬成は根本的に術式が違う。そのため足元に描かれた図形が魔法陣だとは認識できるが、解読はできない。テルミィは、錬成される植物の気持ちがよくわかった。


「あらぁ、そんな泣きそうな顔をなさらないで。リラックス、リラックス」


 機嫌を直してくれたベガットが、ニカッとお日様みたいに笑いかけてくれる。


 でも、初めての経験に不安を覚えるのは仕方ないし、リラックスできるものならもうとっくにしている。


 そんな小さな不満が顔に出てしまったのだろうか、ベガットは手に持っていた魔法石を一旦、ベストのポケットにしまうとテルミィの前に立つ。


 向き合った瞬間、彼は膝を折り、冷たくなったテルミィの手を握った。


「とぉーっても緊張している若奥様に、特別に魔法をおかけしますわ」

「……魔法?」

「そう、言葉の魔法。あのですね、ルドがあたしの恩人になった経緯でございますが、あたし実はニクル家の騎士団に1年だけ在籍してました」

「ええっ」


 目を丸くするテルミィに、ベガットはふふっと小さく笑いながら言葉を続けた。


「今のあたしを見たら驚きますよね?でも、あの頃はビシッとキリッとした騎士見習いだったんですよ、これでも。……ま、とてつもなく窮屈で、死ぬほど向いてなかったのですが。ただあたしの家は代々騎士の家系だったから、無理でも嫌でも道はそれしかないと思い込んでたんです」


 ここで一旦言葉を止めたベガットは寂しそうに微笑んだ。


 きっと辛い過去を思い出しているのだろう。記憶は薄れても、痛みはそう簡単に消えないことを知っているテルミィは胸が痛い。


 何か言葉を掛けたい。でも上手い言葉が見つからない。そんなもどかしさで自分自身に苛立つテルミィをよそに、ベガットは笑った。嫌なことも辛いことも全部弾き飛ばすような笑みだった。


「でもね、ルドはそんなあたしに”お前、やる気が無いなら辞めろ”って言ってくれたの!初めてよ、あたしが騎士の道に進みたくないことに気付いてくれた人は。もうねぇー、あたし嬉しくって嬉しくって、つい勢いに乗ってずっと前から女性のドレスに興味があることまで喋っちゃったの。ルドったらドン引きしてたわぁー。でもルドは、あたしの味方になってくれた。両親とあたしの間に入って、何度も説得してくれたの。おかげで、あたしは死ぬ気で錬成術を覚えて魔法縫製師になれた。今ではここのオーナーで、もうすぐお父さんになるの。……ねぇ若奥様、ルドって素敵な人よね?」

「は、はいっ。ルドルクさんは素敵です!」


 素敵な思い出話を聞かせてもらえて、大切に想う人を素敵だと言ってもらえて、テルミィは嬉しくて目を輝かせながら何度も頷いた。


「うん、素敵。あと、ちょっと口は悪いけど優しいわよねぇー」

「はい!とっても優しいですっ」


 ベガットの言葉の魔法にかけられてたテルミィは、もう自分が緊張してきたことなんてすっかり忘れていた。

 

 この時を待っていたベガットは、流れるようにベストのポケットから魔法石を取り出す。次いで中腰のまま、魔法陣の外に出る。


「では、若奥様。ちょっと口が悪くて優しい素敵な旦那様のことを思い浮かべて」 

「は、はい!」 


 言われるがままテルミィは、ルドルクのことを胸に思い描く。


 しかめっ面で求婚してくれたこと、枕を一緒に並べて寝るまでお喋りをしてくれたこと、レオシュから救ってくれた時のこと。温室での告白と、森の中での甘い時間──


 思い出すだけで心に幸せが満ち溢れ、同時に泣きたくなるほどの切なさに胸が苦しくなる。


「あーらぁ、こっちが赤面しちゃうくらい素敵な顔。うふふふっ、これは過去最高のドレスができそうね」 


 魔法陣の向こうで、ベガットがからかうような口調でそう言った。


 しかし、まるで意思があるように動き出した沢山の布やレースがテルミィを包んだので、その言葉はテルミィの元には届かなかった。

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