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虐げられた魔法植物師の家出先は、聖騎士様の腕の中(旧題:裏方令嬢と過保護な聖騎士の結婚~自由になるための契約婚が溺愛婚に変わるまで~)  作者: 当麻月菜
幸せの代償

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7

 目の前にそびえ立つ豪奢な建物を前に、テルミィはゴクリと唾を呑む。


「こ……ここに入るんですか?」

「そうだ」


 ルドルクは即答してくれたけれど、テルミィはまごついてしまう。


 なぜならルドルクが入ろうとしている大理石の壁が輝く建物は、外部の侵入を拒むかのような強固な門構えで、入り口には警備員すらいる。


 テルミィはどう頑張ってもここはお店ではなく、貴族の別邸にしか見えない。


「あの……ここは、ルドルクさんのお知り合いがお住まいに?」

「ん?ああ。ここ数日は、寝泊まりしてるだろうな」


 顎に手を当てて「たぶん」と付け加えたルドルクを見て、テルミィはさぁーと青ざめる。


「私……大丈夫でしょうか?」

「は?何を心配してるんだ?」

「え……だって……私……その……」


 今のテルミィとルドルクは領主婚をした領地限定の夫婦だ。この曖昧な関係にテルミィは何も不満を抱いていないが、他者からすれば対応に困るだろう。


「私……ルドルクさんと、ルドルクさんのお友達が困ったりするのを……見たくないです」


 テルミィは、指をこねこねしながら精一杯自分の気持ちを伝えてみた。


 しかしルドルクは、テルミィの大きな進歩を間近で見たというのに、感動に打ち震えることも、感極まって抱きしめることもせず、眉間に皺を刻んだだけだった。


「ミィ……お前、何言ってるんだ?」

「え」


 こんな返事が来るなど想像していなかったテルミィは、その場で固まってしまった。


「今から会うのは、俺の知人だが友人じゃない。それにアイツが困ろうが知ったこっちゃないし、そもそも何で俺が困るんだ?」


 まったくもって理解できないと質問を重ねるルドルクは、更に言葉を続けようとする。


 だがタッチの差で建物の扉がバンッと派手な音を立てて開き、一人の青年がこちらに近付いて来た。


 テルミィとルドルクに駆け寄ってくるその人はシャツとベスト姿でありながら、どこか品の良さを感じさせる好青年だった。


 加えて神秘的なアッシュグレーの髪に、透明な琥珀色の瞳。騎士と言っても通じるくらい均整の取れた身体つき。さぞや女性にモテるだろうと、テルミィは客観的に思った。


 ただしその後すぐに「黙っていれば」と前置きが付いたけれど──

  

「やぁーだぁー、もぉールドったらぁー。なかなか入ってこないから、迎えにきちゃったわよん」


 足元は、謎のステップ。上半身は、くねくね。息継ぎする度に、揃えた両手が右頬から左頬に移動する様は、彼の全てを台無しにしている。勿体ないを通り越して、控えめに言って不気味だ。


「やめろ。気持ち悪い」


 普通の感性しか持たないルドルクは、汚物を見る目で青年に吐き捨てると、テルミィの肩を抱き一歩大きく後退した。


 けれども青年は、再び奇妙なステップを踏みながら開いた距離を無駄に時間をかけて詰めた。


「やだぁー、ルドったら。長い付き合いなんだからぁー、今更、気持ち悪いはないでしょ?あ、もしかして久しぶりの再会に照れちゃってる?可愛いんだからぁ、もうっ」


 言い終えたと同時にステップ青年はルドルクの頬を人差し指で突こうとした。が、ルドルクは目にもとまらぬ速さで、その指を手刀で叩き落とした。


「次やったら、お前の指を全部折る」

「やだぁ、こわぁーい」


 ちっとも怖いと思っていない口調でそう言ったステップ青年は、最後はニコッと魅力的な笑みを浮かべた。


 この青年、理解の範疇を超える行動をするだけあって神経はかなり太いようだ。


 それにしても……と、テルミィはルドルクの背に隠れながら、ここに何しに来たんだろうと気になって仕方がない。


 人見知りが激しく引っ込み思案のテルミィにとって、この青年は絶対に関わりたくない人種である。


 できることなら、このまま回れ右をしたい。そんな失礼な考えが頭の隅によぎった瞬間、己の肩を抱いていたルドルクの手に力がこもった。


「安心しろ。見た目も喋り方も動き方も、到底まともな人間に見えないが中身はまともだ……だと、思っている。俺は」


 ルドルクの最後の余計な一言が邪魔して、テルミィは不信感が捨てきれない。


「あの……ここにはどんな用事で?」

「それは、入ってからのお楽しみだ」 


 期待しろよと言いたげに、アメジスト色の瞳を向けてくれたルドルクには申し訳ないが、楽しい予感は皆無に等しい。


「あの、わ、わたし……あの……」

「取って食ったりはしないから安心しろ──おい、ベガット、くだらんやり取りはこれくらいにして、そろそろ中に入らせてもらうぞ」 

「はぁーい。じゃ、こちらにどうぞぉー」


 再び謎のステップを踏んで、扉に向かうベガットを直視しないよう気を付けつつ、テルミィはルドルクに抱きかかえられるようにして建物内に足を踏み入れた。


 その間、入口に立つ警備員は一度も表情が変わることがなかった。




「ここは……ドレスショップだったんですね」


 建物内に一歩入った途端、目がチカチカするほど志向を凝らしたドレスに出迎えられ、テルミィはようやくルドルクがここに来た理由を理解した。


「ああ。で、あの気持ち悪い男がここの総支配人で看板デザイナーのベガットだ」 

「はぁーい、呼んだぁ?」

「呼んでない。さっさと準備をしろ」

「いやん。冷たいんだからぁー、もぉー」


 拗ねた口調で頬を膨らますベガットだが、すぐに表情を戻してテキパキと従業員に指示を出す。その姿はルドルクの説明通りで、彼への不安はかなり薄くなった。


 だがしかし、これで一安心とはいかない。新たな不安が生まれたのである。


 ロビーのソファを進められてルドルクと並んで座っているテルミィは、ツンツンと彼の袖を引っ張った。


「あの、ルドルクさん……ものすごく愚かな質問をしてもいいですか?」

「なんだかこっちが身構えたくなる前置きだな。ま、何でも訊いてくれ」


 喉の奥でクツクツ笑いながら続きを促してくれたルドルクに、テルミィは小声で問いかける。


「あの……まさかとは思うんですが、ここに来たのって……私のドレスを買いになんてことは」

「そのまさかだ」

「なんっ……!」

 

 不安が的中してしまったテルミィは、ぎょっとして立ち上がる。そしてそのままルドルクの腕を引き、店を出ようとしたけれど……


「おまたせぇー、準備ができたわよんっ」

 

 最悪のタイミングでベガットから声を掛けられてしまった。


「ミィ、残念ながら逃亡は失敗だ。諦めろ」


 慰める気皆無のルドルクの口調に涙目になるテルミィだが、ベガットとその従業員の手により、あれよあれよという間に別室に連行されてしまった。

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