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「……お前なぁ」

  

 額に流れた前髪をかきあげながら、ルドルグはこれ以上無いほど呆れ声でそう言った。不思議なことにあれほど強く感じた怒りは、今は微塵も感じられなかった。


「ついさっき俺に求婚したくせに、もう他の男に目を向けるのか。見かけによらず恋多き娘なんだな、お前」


 続けて言ったルドルクの言葉に、テルミィの頬がヒクリと引きつった。


 これまで一度も自分が他者からどう見られているのかなど気にしたことはないが、今回ばかりは引っ掛かる。


「あの……わ、私、恋はしてません。それに、これからもずっと恋なんてしません。愛など不要です。……一生望みません!」


 きっぱり言った途端、ルドルクの瞳が真っ直ぐに刺さる。


 宝石のような紫色の瞳は心の奥の奥までまで見透かされそうだ。でも全部見てくれるならどうぞという気持ちになった。そうしたらきっと、自分の言葉が嘘や強がりじゃないことがわかってくれるのに。


「恋はしないし、愛もいらないくせに、結婚をしたい……か」

「は、はい。私、結婚だけをしたくて、この領地に来たんです」

「矛盾だらけだな」


 探るような視線は、もっと詳しい説明を求めているように受け取れる。ついさっき、彼は思考を放棄したように見えたけれど、それは間違いだったのかもしれない。


「あのぅ……理由をお話したら、ちょっとは……検討してくれますか?」

「これもまた内容によるな」


 その口調はまるで納得できなければ、即座に追い出すと言われているようなものだった。


 一歩間違えたら、自分は再び家族と言う名の牢獄に戻されるかもしれない。自由を知ってしまった今、過去の生活に戻るのは恐怖でしかない。


 でも、語るべきだとテルミィの本能が告げている。なにより自分自身がどうしてここに押しかけてきたのかをルドルクに知ってもらいたい。


 不思議だ。自分から傷つきに行くような真似をしたくなるなんて。こんな気持になるのは初めてだ。


「では、少し長くなりますが……わ、私の身の上話を……その……聞いていただけますか?」

「ああ、聞こう」


 待ってましたと言わんばかりに聞く姿勢を取ったルドルクに、テルミィは小さく息を吐くとゆっくりと語りだした。




 *




 遥か昔、豊穣の女神メテルが天界の植物を人界に与えたと伝えられている日に、テルミィは生まれた。


 女神の加護が最も強い日に生まれたテルミィは、生まれながらに植物に愛された。けれど、家族からは愛されることがなかった。


 テルミィの父は後継ぎとなる男児を切望し、母は己の分身となる女児を望んだ。望み通り生まれてきた我が子を両親は大切に慈しみ育てた。


 けれど、三番目に生まれたテルミィは望まれて生まれたわけではなかった。俗に言う家族計画に失敗した末に生まれた子供。完璧だった4人家族に亀裂を入れた厄介者。


 しかもテルミィのアプリコット色の髪と若草色の瞳は、両親から受け継いだ色ではなかった。父方の祖母と同じ色だった。


 派手好きな母を下品だと眉をひそめる祖母は、身の丈にあった生活を送る悪い人ではなかった。だが母からすれば、祖母は目の上のタンコブで憎らしい存在だった。


 生むつもりもなかった子供が憎い義母の容姿と酷似している。そんな理由から母親はテルミィに愛情を向けることはなかった。父親はその頃には家を存続させることに頭がいっぱいで、子供にかまう余裕などなかった。


 4つ年上の兄と2つ年上の姉は、嫌悪感を露わにする母を見てテルミィを虐げるようになった。


 とどのつまり、テルミィは生まれたときからロスティーニ家にとっていらない子供だった。しかし利用価値はあった。


 それがテルミィの不幸の始まりだった。


 豊穣の女神の祝福を受けたテルミィは、両親に愛されなくても植物には愛されていた。


 その証拠にテルミィの部屋に飾られた花だけは、なぜか長持ちしたり、実を付けることができなくなった老木でも、テルミィが祈りを捧げれば翌年にはたわわな実をつけた。


 一人で歩けるよう年齢になり、見よう見まねで花壇に種を植えたら、庭師もドン引きするほど見事な花を咲かせることができた。ちなみにその花は、この土地に合わない品種だった。


 そんなテルミィが、専門的な植物学に興味を持つのは当然の流れだった。


 伝承によれば、この国は精霊がいた。今は精霊界との扉は閉じられてしまっているが、精霊達は魔法を使えない人間の為に魔力が込められた石──魔法石を授けてくれた。


 魔法石があれば、魔力の持たない人間でも魔法を使えることができる。しかし扱うにはそれなりの資質が必要になり、意のままに使いこなすには長い年月をかけて訓練を必要とする。しかしテルミィは、わずか7歳で魔法石を使って、新種の魔法植物を生み出した。妖精の翼もその一つである。


 幻の花を研究開発したロスティーニ家は財を成し、名声も得た。けれど両親も兄も姉もテルミィに対して感謝の念を送ることはせず、ただただ利用した。


「あっと驚く論文を書け」

「もっと希少価値のある花を開発しろ」

「夜会で一番目立つように、宝石に負けない美しい花を作りなさい」


 己の私利私欲を満たすためだけに家族はテルミィに様々な要求をした。できないと言えば当然のように食事抜きにされ、眠ることすら許されず、酷いときにはムチで打たれた。


 テルミィは植物に愛されている。植物たちは望めばどんな姿にも変えてくれる。しかしそれはなんの慰めにもならなかった。


 奉仕するだけの日々。やりがいもなければ、温かい言葉一つ貰えない辛く苦しい日々。


 テルミィを気遣う心優しい使用人もいたが、両親達は情を向けるその人達を徹底的に排除した。たった一度だけ、付き合いで譲り受けた子犬を与えられたのは、両親にも僅かながらの良心というものがあったのだろうか。


 白毛の小さな犬はハクと名付けられ、テルミィにとって唯一の心の拠り所となった。


 ハクがすくすく育ち羊のような大きさになっても、テルミィはひたすらに家族が望むまま、沢山の魔法植物を生み出した。いつか家族に受け入れられる日を夢見て。


 そんな生活に自ら終止符を打ったのは、小さな出来事がきっかけだった。

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