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虐げられた魔法植物師の家出先は、聖騎士様の腕の中(旧題:裏方令嬢と過保護な聖騎士の結婚~自由になるための契約婚が溺愛婚に変わるまで~)  作者: 当麻月菜
幸せの代償

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 立ち聞きしてしまった内容が、まさか自分の寝室に入る入らないというものだとは思ってもみなかったテルミィは、ドアノブを手にしたまま狼狽える。


 ダナが主張する”寝室における夫婦の常識”を、ルドルクと同じくテルミィも知らなかったのだ。


 植物に関しての知識以外はそこそこあるテルミィだが、世間一般の常識に関しては足りない部分があることを自覚している。


 きっとルドルクが寝室に入っても、自分は普通に接していただろう。恥じらうことも、怒ることも絶対にしなかった。


 いや、むしろ朝方に寝室に入って来たルドルクから声を掛けられるほうがしっくりくる。


 なにせ、ルドルクと同じベッドで寝て一緒に朝を迎えていたのは、ニクル夫妻が旅行に出掛けていた半月だけなのだから。


 それ以降は、夕食後にサロンでお茶をしながら会話をすることは度々あったけれど、一緒に枕を並べて眠ることはなかった。


 とはいっても、ルドルクは「寂しくなったり、寝るまで話をしたくなった時は、いつでも誘ってくれ」と言ってくれた。その言葉がとても嬉しくて、テルミィは何度も頷いた。


 しかし再び一緒に睡眠を取ることは、今日まで無かった。別に嫌だったわけじゃない。単純に、機会に恵まれなかっただけなのだ。


 そのおかげで、これまで”寝室における夫婦の常識”が欠如していたことは、使用人達にバレずにすんだ。 

  

 ただ発覚しなかったけれど、常識が欠如していることは変わらぬ事実だ。そこで疑問が湧いた。


 今ここで自分が起きていますと顔を出すのは、常識内なのか、外なのか。一体、どっちなのだろう。


 マナーブックで確認できない今、地味に危機的状況に陥ってしまったテルミィは、視線を彷徨わせながらスマートに切り抜ける方法を模索する。


 ──……ね、寝よう。もう一度、寝よう。


 限られた時間で考えた結果、テルミィはベッドに潜り込んで目を閉じることを選んだ。それ以外、方法が見つからなかった。


 安直な考えともいえる決断だが、ダナとルドルクに何か訊かれても、寝ていて気付かなかったと主張できるから愚案ではないはずだ。


 そう自分に言い聞かせたテルミィは、そぉーと、扉を開いた時よりも慎重にドアノブを引っ張る。あまりに緊張しすぎて、下半身が自分の意思とは関係なく足踏みしているがそれに構う余裕はない。


 そろり……そろり……。扉はテルミィの手でゆっくりと閉じられた。後はドアノブから手を離して足音を立てずにベッドに行くだけ。


 ミッションの半分をクリアできたテルミィは若干、心に余裕が生まれる。それがいけなかったのだろうか。テルミィがドアノブから手を離した瞬間、扉が勢いよく開いた。


「おはよう、ミィ」

「っ……!!」


 爽やかな朝に相応しい美麗な笑みを浮かべるルドルクに挨拶をされて、テルミィはピシリと固まった。ルドルクの声を聞いたハクの耳がピンと立つ。


 ワホッ!ワホン!


 石化したテルミィの代わりにハクが軽快にベッドから降りて、ルドルクの周りをぐるぐる回る。


「お、ハク。お前も起きたのか」


 ルドルクは膝を折ると、ハイテンションのハクをわしゃわしゃと撫で始める。その後ろで、ぶすくれた表情を浮かべるダナが視界に入った。


 テルミィの視線に気付いたダナは、瞬き一つでふんわりとした笑みを浮かべた。すごい早業だ。


「おはようございます、若奥様」 

「……お、おはようございます」

「ゆっくり眠れましたでしょうか?とお聞きしたいところですが、若様の大きな声であまり良い目覚めではありませんでしたよね。若様のせいで!」


 最後はルドルクを睨んで語尾を強めたダナに、テルミィの顔が引きつった。


「おい待て。ダナ、お前の方が大きい声を出してたぞ」


 眉間に皺を刻みつつも、ハクを撫でる手を止めずにルドルクが反論すれば、ダナはわざとらしく驚いてみせると、両手を胸の辺りで小刻みに振った。


「そんなぁー若様ったら、ご謙遜を。魔獣すら怯ませる咆哮を出す若様と同じ声量をわたくしが出せるわけがありません」

「おい、待て。俺はいつから獣になったんだよ」

「許可なく若奥様の寝室に入ろうと思った時点で獣でございますわ」

「……くっそ。こんなに我慢してるのに、野獣扱いかよ」


 ダナが口を開く度に、ルドルクの眉間の皺はどんどん深くなっていく。


「あ、あの……喧嘩はやめましょう……」


 剣呑な空気に耐え切れず、テルミィがルドルクとダナを交互に見つめながら提案するが、二人の間にあるピリピリ感は消えてくれない。


「えっと……そういえば、ルドルクさん……わ、私になにかご用だったんですよね?」

「ああ、そうだった。火急の用だ」

「ええっ!?」 

 

 驚いて声を上げたのはテルミィだけれども、ダナもテルミィと同じようにぎょっとしている。


「若様!それならそうと早く言ってくださいませ!」

「だから何度も言っただろう」

 

 やれやれと苦笑を浮かべるルドルクの手は、仰向けに転がったハクのお腹の上だった。


 空気を読まずに完全に甘え切っているハクもハクだが、一分一秒を争う事態なのに求められるまま撫で続けるルドルクもルドルクである。


「ハク、もう終わり。ほら、お座りして」


 テルミィは慌てて相棒に声を掛ける。すぐに不満げな鳴き声が聞こえてきたけれど、ここは自分がシャキッとしなければならない。


 そんな使命感でハクを制したテルミィは、次にルドルクに要件を訊こうとする。たがそれより早く、ルドルクが口を開いた。


「ミィ、今日は外で朝食をとるぞ」

「……はい?」


 それは全然、火急ではないのでは?とテルミィは思った。一度は冷静さを欠いたダナも、今は「なにそれ」と言いたげな顔をしている。


 そんな二人の視線を受けても、ルドルクは気にする様子もなく窓に目を向けた。


「おっと、急がないといけないな」


 呟いたと同時に立ち上がり、ルドルクはダナに視線を向ける。


「じゃあ、ダナ。ミィの支度は頼んだぞ。主への忠義が厚く、母上から絶対の信頼を得ている君なら、5分で我が妻の準備はできるよな?」

 

 ニッと煽るように笑ったルドルクの笑みは、ダナのやる気スイッチをオンにした。


「もちろんですとも、若様。わたくしの本気を見せて差し上げます!」


 なんだか良くわからないけれど、自分は5分以内にダナに身支度をされルドルクと一緒にどこかで朝食を食べるらしい。 


 何処で?どうして?どうやって??


 ハクと一緒に廊下に出たルドルクに、そんな質問をしたかった。


 でもルドルクから挑戦状を叩きつけられたダナの前では、テルミィは大人しくマネキンになるしかなかった。

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