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本日もルドルク視点ですm(_ _)m
フレインの思いの丈を知ったルドルクは瞠目した。
女性に不自由しない容姿で生まれてきたことをルドルクは自覚している。それ故に面倒事にならぬよう、徹底して女性を遠ざけてきたつもりだった。
貴族にとって結婚は政治的な要素を含む。本来なら家門の駒になるはずの姉アイリットが惚れた男と強引に結婚をしてしまった今、自分だけは一族の繁栄を最優先に考えた相手を伴侶として迎えなければならないと言い聞かせていた。
しかし、ひょんなことからテルミィと出会い、ルドルクの人生は一変した。
愛する人と結ばれることは、とてつもない力を得ることを知った。心に決めた人との未来を守るためなら、どんな難題だって解決できる気がする。
だが、今の自分はどうだ。部下の恋心にまったく気づかず、加えてそんな相手を愛する人の護衛に選んでしまったのだ。
自分に好意を寄せている女性が、自分が大切に想っている人を傷つけたりなんかしない、などという綺麗事を信じるほどルドルクは子供ではない。男と女の心情は、そんな簡単なものではないことは理解していた。
……そのはずなのに現実は違った。予想すらできない終わり方を迎えようとしている。
「今回の件……てっきり誰かに脅されての犯行だと思っていた」
ルドルクが我知らず呟いた途端、すぐ近くで泣いているのか笑っているのかわからない声が聞こえた。
「わたくしは聖騎士ですわ。どんな脅しにも屈しません」
自信たっぷりに言い切るフレインに苛立ちを感じ、ルドルクはゆっくりと目を開けた。
眼の前にいるフレインは、縋るように自分を見つめている。ザクロ色の瞳は、何かを期待するように潤んでいた。
──これは俺が償わなければならないことだ。
己の胸に確かに恋心があることを知ったルドルクは、今なら痛いほどわかる。フレインを無自覚に傷つけていたことを。
だから、ルドルクは一人の男としてフレインと向き合わなければならない。その結果、相手の心が傷ついたとしても。
「フレイン、君が私にそういう気持ちを抱いていたことに、俺はまったく気づかなかった」
「そうでしょうね。わたくし気づかれないように必死でしたから」
ふふっと、フレインは微笑んだ。罪を犯したとは思えぬ、無邪気な笑みだった。
一度は抑えた怒りが再び身体中を廻り出す。ルドルクは露骨に舌打ちをして口を開いた。
「好きだから、惚れているから。そんな理由で何をしても許されると思っているなら、大間違いだ。そして俺は、君を許す気はない」
きっぱりと言い切ると、フレインから笑みが消えた。
上司という立場なら、もっと部下の気持ちを汲んで言葉を選ぶべきだ。でもルドルクは今、一人の男としてフレインに接している。なら、この態度こそがふさわしい。
そんなルドルクの気持ちに勘づいたフレインも、もう上司を想い慕う部下の仮面を脱ぎ捨てた。
「どうしてそんな酷いことを仰るのですか?わたくしは、遠征帰りの貴方をひと目見たときから恋に落ちて、貴方の背を追いかけて聖騎士にまでなったのです。それなのに……なのに、どうして……あんな気味の悪い植物ばかりを作る娘を傍に置くのですか!?騙されているのですよ、貴女は!あの娘さえ追い出せば、貴方はきっと以前の貴方に戻ってくれるはずです!きっと魔女なのですよ、あの娘は!」
「黙れ。妻への侮辱は私への侮辱と受け止める」
「そん……な……っ!」
世界中の人間に裏切りにあったような顔をするフレインはとても痛々しく、騎士とは到底思えない弱々しい姿だった。
「君には酷いことをした。それは認めよう。すまなかった。しかし、君の気持ちには応えることはできない」
手負いの動物を更に追い込む真似をすることに多少の罪悪感を覚える。だが、胸を抉るほどの痛みはない。
対してフレインは顔を歪め、胸を押さえる。酷く傷ついているのだろう。けれども痛みを堪えつつ、フレインは真っ直ぐルドルクを見た。
「ねぇ……ルドルク様、わたくしがもっと早く貴方に想いを伝えていたら、こんなことにはならなかったのでしょうね。きっと」
「いや、違う」
確信に満ちたフレインの言葉を強く打ち消したルドルクは、微笑みすら浮かべてこう言った。
「何度時間を巻き戻しても、君と私はそういう関係になることはなかったと誓って言える」
「そんなこと」
やってみなければわからない。フレインはそう続けたかったのだろう。
でも、言えなかった。ルドルクの眼差しはここには居ない誰かに向いていたから。恋する男の顔を間近で見たフレインの目尻に涙が浮かぶ。
もうこれ以上聞きたくない。いっそ耳を塞ぎたい。そんな衝動に駆られるフレインに、ルドルクは幸せな笑みを浮かべて唇を動かした。
「だがな、私の妻であるテルミィとは、どんな出会い方をしても、きっと今と同じ気持ちを抱いていたと思う」
確信を得たルドルクの口調に、フレインの瞳から堪えていた涙が一筋流れる。
自分の恋が玉砕したことを悟っても、フレインは、悔しくて、認めたくなくて、諦めきれなくて、意地の悪い言葉を止めることができなかった。
「……たった三ヶ月、過ごしただけですのに……こんなの気の迷いですわ」
「時間と愛の深さは比例しない」
「なら貴方は、あの娘に怪しい惚れ薬でも飲まされたのですわ」
「それは光栄だ」
毒すらも喜ぶ男に、もうフレインは何も言えなかった。けれど、一度溢れた涙は止めることはできない。
フレインの頬に涙が伝う。ポタリ、ポタリと床に染みを作る。嗚咽を堪える為に、再び唇を噛んだフレインは、誰が見ても痛々しい姿だった。
でもルドルクは、顔色一つ変えることも、ハンカチを手渡すことすらしない。無情に、この一方的な恋の幕引きを告げる。
「今回の件の沙汰を下す。フレイン・ニーダ。君は聖騎士として恥じる行いをした。加えて、ニクル家に損害を与えた。よって我が騎士団から永久追放し、二度とサムリア領に入ることを禁ずる。……馬車は既に用意してある。すぐに荷物をまとめて、君は君の育った家に戻れ」
判決を言い渡したルドルクは、去れとフレインに手だけで指示を出す。しかしフレインは動かない。
「一つ……一つだけ、わたくしの質問に答えてください」
「内容による」
4年間、同じ制服を身に着けていたという僅かな情からルドルクは続きを促した。
「ルドルク様はあの女を」
「ニクル家の若奥様だ。言葉に気を付けろ」
「っ……、申し訳ありません。ルドルク様はテルミィ様を本当の妻になさるおつもりですか?」
「ああ、近いうちにな」
ルドルクは、躊躇うことなく答えた。
そう。本当なら、温室で告白をするのではなく、前向きに正式な挙式を上げることを考えてほしいとテルミィに提案するつもりだった。
なのに激情に駆られ、一方的な告白をした挙句に口付けをしてしまった。この体たらくぶりには自分でも呆れてしまう。これほど堪え性が無い男とは思わなかった。
それでもノリと勢いで求婚をしなかったのは、一度目の失敗があるからだ。
どれだけ時間をかけてでも、自分のことを好きになって欲しい。そしていつの日か、テルミィが心から自分に甘えることができるようになったときこそ、きちんと花束を用意して求婚しようと決めている。
「ま、答えてみたが、君にはもう関係ない話だろう?」
やけに軽い口調で同意を求められたフレインの顔がくしゃりと歪んだ。
「わ……わたくしはどれだけ月日が流れても、お二人を祝福する気持ちを持つことはできません」
「そうか。俺は別に構わない」
軽く肩をすくめたルドルクの態度は、赤の他人へ向けるものだった。
もうルドルクとフレインの縁は、完全に断ち切られたのだ。
「ずっと……ずっと、好きだったのに……!いつかわたくしを選んでくださると思っていたのにっ。わたくしこそが一番ふさわしいはずだったのに!どうして……!!い、いやぁ……ぅう…うっ」
フレインの悲痛な鳴き声が、部屋を満たす。
しかしルドルクは大股で泣き崩れるフレインを素通りすると、廊下へと出た。二人目を片付けるために──
次回からいつも通りになりますm(_ _)m
あと、新章突入になります。




