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今回はルドルク視点ですm(_ _)m
唇に甘い疼きを残したまま、日が暮れ夜になった。
ルドルクは腕を組み、騎士団の詰所にある自室の窓を見つめていた。視線は住居になる建物のたった一つの窓に固定されている。
二階の一番日当たりの良い部屋は、カーテンの隙間から薄っすらと明かりが漏れている。
──……ミィは、まだ寝ていないのか。
おそらく負傷したハクの看病をしているのだろう。長年連れ添った相棒を心配する気持ちもわからなくもないが、色々あった一日だ。どうかゆっくりと休んで欲しいと願ってしまう。
そして彼女が眠っている間に何もかも終わらせねばと、強い使命感がルドルクの心を支配する。
「さて、どう痛めつけてやろうか。すぐに死ねるなど思うなよ」
地下牢に投獄されてるテルミィの兄レオシュに向け、ルドルクは物騒な言葉を吐く。落ち着いた口調が、彼の本気を示している。
レオシュに髪を掴まれ引きずられているテルミィの姿を目にした時、ルドルクは全身が沸騰するような怒りを覚えた。
なぜ、か弱い彼女にそんな非道な行いができるのか。彼女はこんな扱いを受けなければならない女性ではない。
あの光景を思い出す度に一度は鎮めた怒りが、再びふつふつと湧き上がる。今すぐにでも地下牢に飛び込み、あの男の首を素手でへし折ってやりたい。
聖騎士は強靭な精神と肉体を持つ者のみがなれる名誉ある騎士であり、清廉潔白に生きることを義務付けられている。加えてルドルクは次期辺境伯だ。冷静さを失うことなど許されない。
しかし、この件については、一人の男として始末をつけたかった。
……コン、コン。
ノックの音が響き、ルドルクはそこに視線を向ける。まずは一人目だ。
ルドルクは窓に身体を向けたまま、視線だけを向けた。
「入れ」
入室の許可を与えればすぐに扉が開き、聖騎士団の制服を纏った女性が敬礼をしてルドルクの前に立つ。
「お呼びでしょうか、副団長」
凛とした声。真っすぐに見つめるザクロ色の瞳。ピンと伸びた姿勢から、彼女が罪悪感を何一つ抱えていないことがわかった。
「何が”お呼びでしょうか”だ。まるで呼ばれた意味がわからないと言いたげだな。フレイン」
身体ごとフレインと向き合えば、彼女の頬が僅かに痙攣した。それをルドルクは見逃さなかった。
「夕方、門番を尋問したところ、レオシュは騎士団の親族の訪問要求の書簡を持参していて、かつ、すぐにその身内と思われる騎士が迎えに来たから門を通してしまったと報告を受けた」
「……」
「レオシュを迎えに来たのは女性騎士。うちの騎士団には女性は一人しかいない」
「……」
「それと地下牢に居るレオシュを問い詰めたところ、アイツは父親からの指示でここに来たそうだ。しかも、移動門を使って、だ」
「……」
「移動門は誰もが簡単に使用できるものではないことは、今更説明する必要はないよな?ちなみに早馬で門の使用歴を確認したところ……使用者はレオシュではなく、ニーダ家の一人であることが判明した」
「……」
「俺の記憶が間違っていなければ、ニーダ家には娘は一人しかいない。そしてその娘は、親との確執で領地を飛び出し、ここサムリア領で聖騎士となった。間違いないよな?フレイン・ニーダ」
言い逃れをするなよと眼光を強めれば、フレインは表情を変えずに口を開く。
「それで、何を仰りたいのでしょうか?わたくしには、わかりません」
「へぇ。言うじゃないか」
フレインの発言を小馬鹿にするように、ルドルクはせせら笑った。
「つまりフレイン、君は身に覚えがないと言いたいのか?」
「はい」
「なるほど。ならレオシュは移動門の通行証欲しさにニーダ家に盗みに入り、でっちあげた書簡であっさり門番を騙して通過し、俺の愛する妻を傷付けたと?鉄壁の護りを誇る辺境伯ニクル家の警備を随分と舐めてくれたな」
ここで初めてルドルクは怒りを露わにした。
対してフレインは、涼し気な顔から僅かに悔しさが滲み出る。真っすぐに下ろした手袋をはめた手は、小刻みに震えていた。
「……あなたが……だったから」
「は?」
か細い声が聞き取れず、ルドルクは眉間に皺を寄せる。しかし聞き直すことはしない。伝え忘れていたことを思い出したから。
「ああ、そうだ。レオシュが面白いことを言っていたのを思い出した。あまりに可笑しすぎて忘れていたがな、フレイン」
ここでルドルクは一歩、フレインに近づいた。そしてわずかに膝を折り、下から上に睨み付けながら言葉を続けた。
「移動門とこの屋敷に入るための書簡は、名も知らぬ貴族令嬢が突然訪ねて来て渡したそうだ。そして、その令嬢は取引をロスティーニ家当主に持ち掛けた。どんな内容だと思う?」
わざとニヤリと笑ったルドルクに、フレインは唇を噛んだ。完全なる黙秘である。しかしフレインの震えは、手だけに留まらず全身に広がっていた。
傍から見たらこの光景は、部下を虐める鬼畜上官の図である。ルドルクとて、わかっている。しかし、情けをかけるつもりはない。
「その令嬢はな、寄る辺も無い家出少女を婚約者が保護したら、少女が勘違いして婚約者にまとわりついている。婚約者も自分も迷惑をしているから、一刻も早くロスティーニ家に連れて帰ってくれ、だとさ。はっ、笑わせてくれる」
一気に語り終えたルドルクは、本当に笑った。馬鹿馬鹿しくてやってられないといった呆れた笑いだった。
「俺は妻はいるが、婚約者はいない」
表情を一変したルドルクは、はっきりとフレインに宣言した。
その言葉が鍵となり、これまでずっと隠していたフレインの心の箱をこじ開けることになる
「もう、いいっ。もうこんな話、聞きたくないですわ!わたくしがっ、ただ騎士になりたいが為に4年もの間、貴方に仕えていたと思っておられるのですか!?」
血を吐くようなフレインの叫び声に、ルドルクは小さく息を呑んだ。
フレインが自分を異性と意識していたなんて、知らなかったと言えば嘘になる。しかし、ルドルクにとってフレインはその他大勢の部下でしかなかった。
それ以上の関係を想像することなど一度も無かったし、勘違いをさせぬよう、細心の注意すら払っていた。
それに、もしかして自分に気があるのかも?と疑ったのは数年も前の話だ。今では、そんな風に思った自分を恥じてすらいる。
それなのに今、ルドルクの目に映るフレインは、己が知っているフレインでは無い。
嫉妬の業火に身を焼かれた哀れな女でしかなかった。
次回もルドルク視点になります。あと、次回でこの長い章も終わりますm(_ _)m




