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本日もテルミィが去った後のロスティーニ家のお話です。
※胸糞悪い表現があります。申し訳ありません!
ロスティーニ家の嫡男であり、テルミィの兄でもあるレオシュは現在、テルミィを探すためヒューバートの手足となっている。
三ヶ月前までは裕福な貴族令息で身だしなみを整えていた彼だが、今は隠密で動くことが多いので従者のような恰好をし、表情も疲れの色を隠せていない。
そんな姿を哀れに思うこともなく、ヒューバートは目線だけで息子に報告を促した。
「王都の露店で売られていたと言われる魔法植物を調べてきましたが……全ての露店をまわりましたが……その……見つけることはできませんでした」
顔色を伺うようにボソボソと語り終えたレオシュの顔に、何かが当たった。ヒューバートが手近にあったグラスを投げつけたのだ。
「愚か者が!王都まで行くのにどれくらいの金がかかると思ってるんだ!なんの成果も上げずに戻って来るだと?恥を知れ!!」
「ですが……」
「黙れ!」
ヒューバートが出した命令は、砂漠の中にある小さなダイヤモンドを探してこいと言われるようなもの。
そんな理不尽な命令に従ったのに、酷い言われよう。どうしてこんな思いを自分がしないといけないのかとレオシュは唇を噛む。
しかし、これで頭を下げて部屋を出るわけにはいかない。もう一つ、報告があるのだ。とても言いたくないものが。
「実はもう一つ報告がありまして……」
「何だ?」
朗報しかないと決めつけているヒューバートを直視できないレオシュは、目を逸らして早口で伝えることを選んだ。
「王都のタウンハウスにいるお母様と妹のプラジェナが、もう一つ王都に屋敷を欲しいと言い出し、もう契約を済ませてしまいました」
「なっ……!?」
想像を絶する息子からの報告に、ヒューバートは椅子から崩れ落ちた。もはや怒鳴りつける気力さえない。
「少し前に建て替えてやったばかりじゃないか……」
社交シーズンに入り、一足早く王都に向かった妻と娘には、テルミィが屋敷を去ったことは伝えていない。
なにせテルミィが消えたことに気付いたのは、5日も経った後だったから。
気の強い妻と娘はきっと自分を金切り声で詰るだろう。それが堪らなく苦痛だったヒューバートは、息子と二人で水面下で対処することを選んだのだ。
その判断は誤りだった。そしてヒューバートはいよいよ追い詰められてしまった。これまでの栄華が幻になって消えてしまうのは時間の問題だった。
「レオシュ……探せ、何としてでもテルミィを探し出すんだ。私も明日から動こう」
手段も方法も見つからないが、とにかく動くしかない。
そうヒューバートが絶望に似た気持ちで気持ちを固めたその時、控え目なノックの音が執務室に響いた。
レオシュが慌てて扉を開ければ、顔色の悪い初老の執事が立っていた。彼は淡々と、来客を告げ、すぐに踵を返した。
「子爵家の娘が、私に何の用だ」
再びレオシュと二人っきりになったヒューバートは、床に座り込んだまま顎に手を当て考える。
過去に魔法植物目当てで言い寄ってきた人妻はいた。おそらくその類だろう。しかし未婚の女性は初めてだ。
しかもこんな遅い時間にここに来るとは、一体、何が目的なのだろうか。
「……まぁいい。会うとしよう」
子爵の娘は、間違いなく借金取りではない。万に一つの可能性だが、もしかしてテルミィの行方を知っている者かもしれない。
藁にも縋る思いで、ヒューバートは立ち上がり客間へと足を向けた。
それから数分後、子爵の娘がいる客間に入ったヒューバートはその女性を見た瞬間、目を瞠った。
「ほぅ……」
ソファから立ち上がり優雅な礼を執ったのは、稲穂のような見事な金髪とザクロ色の瞳を持つ、二十代前半の魅力的な令嬢だった。
雰囲気が若い頃の妻に少し似ているところが減点だが、それでもここに足を運んで良かったとヒューバートは鼻の下を伸ばす。
「待たせてしまったかな、お嬢さん」
下心を隠して微笑んだヒューバートに、令嬢は「いいえ、ちっとも」と言ってニコリと笑った。
愛嬌を全面に出した令嬢は親しみやすさが加わり、ヒューバートはさらに機嫌を良くして令嬢の向かいのソファに座った。
「君も座りたまえ。……それでは、お嬢さんがここを訪ねてきた理由を訊こうかな?」
「恐れ入ります」
もう一度腰を落として礼を執った令嬢はソファに座り直すと、急に表情を曇らせた。
「実は……ロスティーニ卿にお願いがありまして……」
「私に、願いだと?」
「さようです。ロスティーニ卿にしかできないことなのです。どうかお力をお貸しください」
令嬢の言う【願い】とは、大方魔法植物のことだろう。
かなり好みの美女から潤んだ瞳で見つめられながら、ヒューバートは頭の隅で舌打ちする。しかし無下に断るのには、少々名残惜しかった。
「ま、できることとできないことがあるが、話してみなさい」
鷹揚な態度で話の続きを促したヒューバートに、美女は更に目を潤ませ語り出した。
「実は……わたくしの婚約者がロスティーニ卿の末娘……テルミィ嬢にまとわりつかれ困っているのです。その……テルミィ嬢は、両親の愛情を試したかったらしく西の領地で彷徨っていたところを、わたくしの婚約者が保護したのです」
「なっ……」
「驚かれるのも無理はありませんわ。……実は、彼女は名前も身分も偽り、わたくしの婚約者の屋敷で過ごしているのです。あまりに上手に身分を隠していたもので、ロスティーニ卿の娘様と気付くのに遅れてしまいまして申し訳ありませんわ。わたくしがもっと早くに彼女がロスティーニ家の令嬢だと知っていれば、わたくしの婚約者も、ロスティーニ卿も辛い思いをしなくて済んだのに……」
指先が真っ白になるほどドレスの裾を掴んで俯いた令嬢を見下ろしながらヒューバートは歓喜に打ち震えていた。
──やっと、やっと見つけることができた……!
しかもこの令嬢は、テルミィが錬成する魔法植物なんかより、婚約者を独り占めしたいという嫉妬の方が強い。
良かった。これなら何もかも上手くいく。
「お嬢さん、私を訪ねてきてくれてありがとう。大切な娘が消えて手を尽して探していたのだが、何の手がかりもなく……ずっと眠れぬ夜を過ごしていたんだ。ところでさっきテルミィは西の領地にいると言ったが……そこはどこかな?」
前のめりになって問うたヒューバートに、令嬢は顔を上げ形の良い唇を動かした。
「西の最果てサムリア領でございますわ。テルミィ様はそこの領主の屋敷に身を寄せております」
さらりと告げた令嬢は、ドレスのポケットからクッキーほどの大きさの銅板と封筒を取り出し、2つともヒューバートに差し出した。
「この銅板は移動門の通行証です。どうぞお使い下さいませ。あと封筒はサムリア領主の屋敷に到着した際に門番にお渡し下さい。お待たせすることなく、屋敷内に入ることができますわ」
ニコリと微笑んだ令嬢はとても愛らしかったが、どこか不吉な香りのする笑みだった。
次回からいつものお話に戻りますm(_ _)m




