16
たまたま立ち寄った花祭りで偶然人さらいを発見し、犯人を捕縛する為に魔法植物を使ったら、運悪く犯人を連行した警護団の一人がロスティーニ家が統治する領地の出身だった。
こんな悪い偶然が重なることがあるなんて、誰が想像できただろうか。
「……そ、その……警護団の人は……な、な、何て言って……」
震える唇を何とか動かしてテルミィはニクル夫妻に問う。答えてくれたのはラジェインだった。
「ありのままを伝えるなら”凄いっすね!さすがレオシュ様。こんなものまで作れるなんて、マジ感動っす”だ」
レオシュは、兄の名前だ。警護団の一人が兄の名を知っていたということは、もしかしたらロスティーニ家と繋がりがあるかもしれない。更なる恐怖がテルミィを襲う。
──……もし、両親や兄と姉の耳にこの話が入ってしまったら……私は間違いなく連れ戻される!
考えないようにしていたけれど、自分が家を出てしまった以上、ロスティーニ家は経済的危機に陥っているはずだ。
更なる繁栄を目論んでいる父と兄。身を飾ることが三度の飯より好きな母と姉。
きっと今頃、血眼になって自分を探しているはずだ。あの人たちの性格からして、小さな情報でも見落としたりはしないだろう。
もちろん万が一のことがあっても、自分はルドルクと領主婚をしている。強引に連れ戻そうとしても、そう簡単にはできないはずだ。
……そう。簡単には。ただしルドルクの気持ちが変われば、自分はいともたやすく元の生活に戻ってしまう。
考えたくはない未来を想像した瞬間、自分の足元がガラガラと音を立てて崩れていくような錯覚を覚える。
「……あ、あの人たちが……こ、ここに来ちゃったら……」
抑え切れない不安をつい口にしてしまえば、ラジェンは身を乗り出して首を激しく左右に振った。
「ない!それはまずない!警護団には、儂たちは王都から来た商人でルクフェン領へ観光に来たと伝えてある。テルミィから貰った魔法植物は、王都の怪しげな露店で手に入れて、ダメ元で使ったら本当に魔法植物が出てきたて、こっちも驚いたと演技しておいた。もちろん念のため、友人にも口裏を合わせてもらうよう頼んである」
「そ、そうですか。あ、あり……ありがとう……ございます」
ラジェインの説明で平常心を取り戻しつつあるテルミィだが、それでも震えが止まらない。怖い、嫌だ、どうしよう。心細い気持ちは、消えるどころか再び大きくなりそうな予感がする。
そんなテルミィを救ったのは、ルドルクの言葉だった。
「安心しろ、テルミィ。もしロスティーニ家の奴らがここに来たら、俺が問答無用で斬り捨ててやる」
斬り捨ててやる──物騒極まりない言葉に、テルミィの震えはピタリと止まった。
「だ、駄目です。ルドルクさん……そんなことは……」
「いや、駄目ではない」
テルミィの言葉をきっぱり否定したのは、ラジェインだった。
「我が家の大事な娘をさらうなんて、笑止千万!この儂が斧で粉砕してくれるわ!!」
鼻息荒く惨殺宣言をしてくれたラジェインの言葉に、テルミィの目尻に涙が浮かぶ。
──血のつながりなんてないのに、娘って言ってくれた……!こんな私のことを……大事って……!!
どう頑張っても自分には絶対に無理だと思っていたものを突然与えられた時、人はどう喜びを表せばいいのだろうか。
常に奪われる側にいたテルミィにはわからない。わからないけれど、溢れる気持ちは、そのまま涙となって頬に流れ落ちる。
揺れる視界の中、ハクがシェフから貰った骨を放り出し、駿馬もドン引きするほどの速さでこちらに向かってくるのが見えた。
「ぅう……ううっ……」
「おい!俺の話を聞いてなかったのか!?」
感極まって泣き出してしまったテルミィを、ルドルクは違う意味だと受け取った。ぎょっとした表情でテルミィの肩を抱く。ハクはテルミィの涙を拭おうと椅子の座面に前足を置き、身体をぐいんと伸ばす。
ラジェインとサフィーネも慌てて席を立ち、テルミィに駆け寄った。
「泣かないでテルミィさん。こんなことで泣く必要なんてないわ。本当に大丈夫よ。何も心配いらないわ」
「そうだ。何なら儂が今ここで斧さばきを見せてやる!そうすれば安心するだろ──おい!誰か儂の斧を持ってこいっ。今すぐだ!」
「父上、やめてください。そんなのを見せたら余計泣きますよ!」
顔を覆って泣き続けるテルミィの周りで、優しい声が絶え間なく響く。
ニクル家の皆は、自分を絶望から掬い上げてくれた。無理なんだと諦めていた願いを、あっさりと叶えてくれた。
テルミィは宝石のようなこの言葉を、信じようと、信じたいと思った。
「あり……ありがとう……ご、ございます」
たとえ信じた先に裏切りがあっても、絶対に後悔することはないという確信を持って──涙でぐちゃぐちゃになった顔を上げて、テルミィは笑った。




