15
ニクル夫妻の無事の帰宅を祝うささやかな晩餐は、邸宅内の食堂でおこなわれた。
真っ白なテーブルクロスの上に、シェフが3日も前から下ごしらえをした豪華な料理が次々に並べられる。
テーブルを彩るのは料理だけではない。テルミィが今日の為にと錬成した、仄かに発光するアリウムギガンチウムは食卓を優しく照らしている。
ニクル邸の食事は、余程の事情が無い限り家族揃って取るのが決まりだ。しかし有事に備えていつでも動けるよう、貴族の夕餉とは思えない早さで食べ終わる。
しかし今日は、時間を気にせずゆっくりと食事を楽しむ気が満々に伝わる食卓だ。
それほどにルドルクもテルミィも、そして使用人たちも心からニクル夫妻の帰宅を喜んでいる。
けれど、主役の二人は浮かない顔をしていた。
「父上、母上。絶対に違うと思いますが、旅先で夫婦喧嘩でもされましたか?」
口火を切ったルドルクに、ニクル夫妻は「まさか」と二人そろって食い気味に否定した。
「じゃあ、なんでそんな暗い顔をしているのですか?」
ルドルクは眉間に皺を寄せ、両親をギロリと睨む。彼の隣の席に座るテルミィは、ただただニクル夫妻とルドルクを交互に見つめてオロオロしている。
「まぁ……大したことじゃない……と、儂は思いたいんだが……」
「大したことがありそうな話ですね」
ラジェインの歯切れの悪さで事の重大さを察知したルドルクを見て、テルミィは親子の絆を肌で感じた。
しかし感動を覚えるより、この重苦しい空気に上手く息ができず、そろそろ意識が遠退きそうだ。
「あ……あの……大切なお話があるなら、わ、私は席を外しますので……」
「馬鹿、座れ」
精一杯の気遣いを馬鹿と言われてしまった。しょんぼり肩を落とすテルミィにルドルクは再び口を開く。
「大切な話なら、なおさらお前はここにいるべきだろう」
その言葉に、テルミィは目から鱗が落ちるような思いがした。
ロスティーニ家に居た頃は、話の内容が重要であればあるほど、テルミィに聞く権利はなかった。
運悪くそこに居合わせてしまったら、罵倒され、あらぬ嫌疑すらかけられた。違う、そんなつもりは無いと否定すれば、更に叱られる。
だから今回も自分から距離を置くことは正しい行いだと思った。しかしルドルクは馬鹿と言った。
酷い言われようだが、これまでの自分を否定してくれる彼の言葉は、温かみがあるものだった。
「……私がいて、お邪魔じゃないですか?」
「本気で言っているなら、俺は今すぐお前を椅子に縛り付けるぞ」
更に酷い言葉を吐かれたけれど、これがまた嬉しくてテルミィの心はポカポカになる。
しかし向かいの席に座るサフィーネはそうは思えなかったようで、キッとまなじりを吊り上げた。サフィーネの隣に座るラジェインも、鬼の形相になる。
「こら、ルド。そんなことばっかり言ってたらテルミィさんに愛想を尽かされちゃうわよ!今すぐ謝りなさい。今すぐ!」
「すまなかった!」
光の速度でテルミィに謝罪をしたルドルクだが、それを受けた当の本人は困惑し、へにょりと眉を下げた。
──どうしてニクル夫妻はルドルクさんを叱って、ルドルクさんはどうして私に謝ってるの……??
自分がルドルクに愛想を尽かすわけがない。尽かされて捨てられるのは間違いなく自分の方なのに。
「と、ところで……りょ……旅行中に何か……あったのですか?」
ルドルクを庇いつつ、ニクル夫妻に自分の気持ちをきちんと伝えることは、テルミィにはハイレベルなこと。今は、逸れてしまった話を元に戻すのが精一杯である。
「テルミィさん……わたくし達が居ない間に成長したのね……義母は嬉しいわ」
「うむ、儂も感動しておる」
生まれた我が子が初めてつかまり立ちをしたような表情を浮かべるニクル夫妻は、うるると目を潤ませている。
「父上、母上、そういうのは後でやってください。で、何があったんですか?」
この調子じゃいつまで経っても本題に入らない予感がして、ルドルクは語尾を強めてニクル夫妻に問うた。
1拍置いて、ラジェンがコホンと咳ばらいをして口を開く。
「実はな、ルクフェン領に着いた途端、人さらいを目撃してしまってな、テルミィから貰った種を使ってしまったんだよ」
「人さらいごときに?わざわざそれを??」
納得できない様子で腕を組んだルドルクに、サフィーネが続きを語り出す。
「ルドの言う通りって言いたいところだけれど、場所が悪かったのよ。ちょうど花祭りが開催されてて、踊り子さん達の舞を見ていたところだったの。最初に人さらいに気付いたのは騎士のイリークで、ラジェインとイリークは子供を担いだ犯人を追いかけたんだけど、裏路地に馬が繋いであってね」
「なるほど。人の足では馬には追いつけないから、テルミィが渡した種を使って捕縛したってことですね」
「そう、そういうことよ」
サフィーネのさっくりとした説明で、しっかり理解したルドルクは、それでも納得できないという顔になる。
「で、人さらいを捕まえた結果、どうして父上と母上が沈んだ表情になるのですか?」
ルドルクの言う通りである。
危機的状況を回避するためにと渡した種だ。それを人助けの為に使ってくれたことに、テルミィは感謝しているし、役に立って良かったと純粋に喜んでいる。
しかしあの種は、突貫錬成したものだ。加えて見栄え重視の魔法植物ばかりを錬成していたので、捕縛系には大変申し訳ないが自信が無い。
「もしかして……魔法植物が暴走してしまいましたか?」
軽い怪我ならまだ良いが、最悪死人が出てしまっていたならどうお詫びして良いのかわからない。最悪な状況を想像してテルミィはみるみるうちに青ざめる。
すぐさまラジェインは「違うぞ!」と強く否定し、サフィーネに至っては片手を振りながら笑い飛ばした。
「ふふっ、そんなわけないじゃない。安心して、テルミィさん。さらわれた子供も無傷だったし、犯人も五体満足で警護団が連行していったわ」
「……では」
「んー、実はねその警護団がちょっと厄介だったのよ。犯人を連行した警護団の一人が、ロスティーニ家が治める領地の出身で、魔法植物のことを知っていたのよ……」
サフィーネが最後は苦し気な表情になって語り終えた途端、テルミィは心臓を鷲掴みにされたような恐怖に襲われた。




