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本日もルドルク視線です(*- -)(*_ _)ペコリ
「……あ……あの……あの」
表彰式まで暇を持て余していたルドルクは、袖をツンツン引かれ緩慢な動作で振り返った。すぐに小さなつむじが見えた。
それが自分より年下の貧相な女の子だと気付いた時には、もうその子と目が合っていた。
「あ……あの、お馬さんに……こ、これをあげてください」
小さな手で掴んでいたのは、ただの雑草だった。
女の子は裾がほつれた膝丈のワンピースと傷がやたらと目立つブーツ。肩に届くか届かないかという長さの薄オレンジ色の髪の毛は、バサバサしていてなんだかホウキを思い出させた。
着飾った貴婦人ばかりが目に付くここでのその姿は、貧相さに拍車をかけていた。
「なんだそれ。いらない」
プイっとルドルクはそっぽを向く。絶対に受け取らないと全身で宣言したけれど、女の子は立ち去ることなくルドルクの袖を再びツンツン引っ張る。
うんざりした気持ちでルドルクは腕を払って女の子の手を振りほどこうとした。でも、やめた。
なぜなら、己の袖を掴む指と、ワンピースからのぞく手首があまりに細く、そんなことをしたら折れてしまうような気がしたから。
「離せよ。リグは雑草なんか食べない」
3歳になる愛馬のリグは、父ラジェインから騎士見習いになった記念に贈られたもので、ルドルクの宝物だった。
リグは穏やかな性格で、ルドルクが練習試合で負けた時も、姉アイリットに口喧嘩で負けた時も、優しい目を向けそっと寄り添ってくれる。
ロスティーニ家の家訓は、男は強くあれ。嫡子として弱音を吐くことが許されないルドルクにとって、リグは唯一、己の弱さをさらけ出せる存在だった。
そんな大切な愛馬に、見知らぬ女の子から雑草を与えられたことは、ルドルクにとって屈辱的なものだった。
どうせ近くの平民街の子供が物珍しさから紛れ込んだのろう。ルドルクは領主の息子だ。女の子が食べ物を恵んでくれと言ったなら、迷わず差し出しただろう。靴がないなら、己の靴を履かせてあげた。
しかし得体の知れない草を愛馬に与えることは、どうにも不愉快だった。知らず知らずのうちに眉間に皺が寄る。父親譲りの威圧感を、既にルドルクは自覚していたから、てっきり女の子は泣き出すだろうと思った。
──別に泣くなら泣けばいい。それでどっかに行ってくれるならせいせいする。
女の子を泣かせたと知ったら父は激怒するだろう。でも幸いなことにラジェインは、どっかの貴族に捕まり談笑中だ。
しかし、女の子はいつまで経っても泣かなかった。ルドルクの袖を掴んだままずっとモジモジしている。
見た目よりは気が長いルドルクだけれども、流石に我慢の限界が来た。
「おい──」
「雑草なんかじゃないもん!」
「っ……!!」
まさか自分の言葉を遮って、枯れ枝のような腕を持つ女の子からこんな大きな声が出るとは思わなかった。ルドルクはびっくりしすぎて声を失った。
対して女の子は大声を出したことが恥ずかしかったのだろう。耳まで真っ赤になりながら、ルドルクの愛馬を指差して口を開く。
「お……お馬さん、怪我してるから……こ、これ……使って」
そこで女の子が手にしているのは、雑草ではなく薬草であることに気づいた。しかし、遠目で見る限り愛馬は元気そうだし、傷も見当たらない。
それに何より本当に薬草かどうかなんてルドルクにはわからないから、安易に受け取ることはできない。
愛馬と薬草を交互に見ながら一向に受け取ってくれないルドルクに、女の子はくしゃりと顔を歪めた。
「ねぇ……お願い……早くしないと、お馬さん……走れなくなっちゃうよぅ」
今にも泣きそうな顔で女の子に薬草を押し付けられ、ルドルクは毒ならこっそり捨てれば良いと判断し受け取った。
このやり取りがもう面倒くさいと思ったことも事実だ。
そんなルドルクの心中に全く気付いてない女の子は、自分の手から薬草が消えた途端、パッと顔を輝かせた。
「ありがとう!本当にありがとう!!」
お日様みたいな笑顔を向けられて、ルドルクは「は?」と言った。
もし女の子が言ったことが本当なら、お礼を伝えるのはこちら側だ。
なのに女の子は、まるで自分を救世主のように見ている。さっぱりわからない。俺はいつからそんなにも偉い奴になったのだろうか。
そんなことをルドルクが頭の中でつらつらと考えていたら、女の子はくるりと背を向けパタパタと走り去ってしまった。
女の子の姿が人混みに紛れてしまったと同時に、ラジェインがルドルクの元に戻ってきた。
息子から一連の出来事を聞いたラジェインは、すぐにリグの元に駆け寄った。
呑気にニンジンを齧るリグの後ろ足には見落としてしまうほどの小さな傷があり、その傷は南部にしか生息しない毒鳥によるものだった。
この鳥の毒は、遅効性でありながら動物を死に至らせる極めて珍しいものだった。解毒方法は周囲の肉をえぐり取るか、南部の断崖絶壁にしか生息しない解毒草を使うこと。
女の子がルドルクに渡した薬草は、まさしくそれ。
南部の大貴族ですら手に入れることは容易ではないそれを、ルドルクが女の子から貰えたこたとは奇跡としか言い様がなかった。
その後、獣医の適切な処置により、ルドルクの愛馬は10年経った今でも元気にニンジンを齧っている。
名前も何処に住んでいるかもわからない、ホウキみたいな髪色をしたガリガリの女の子のお陰で。
*
「……あの時、ミィが俺に名前を教えてくれてさえいたら、もっと違う再会ができたはずなのにな」
記憶の片隅に追いやられたそれを10年経って引っ張り出すとは思ってもみなかったルドルクは、後悔の色を滲ませて呟いた。
でも、言われたところですぐに思い出せたかと問われたら否である。アイリットが好む恋愛小説では、瞳の色を見た途端に思い出すのがお決まりらしいが現実はそうもいかない。
それにテルミィとて、忘れているはずだ。もし覚えているなら、求婚する前にこの話を絶対にしたはずだから。
互いに互いのことを忘れていたとなると、やはりあの破茶滅茶な求婚劇は致し方なかったと結論づけられる。
「まぁ……やり直す機会はあるだろう」
今にして思えば父ラジェインは、テルミィが魔法植物を錬成するのを見て、リグを救ってくれた恩人だと気づいたのだろう。すぐに教えてくれなかったことは、一生恨む。
そんな意地悪な父親にせっつかれてグダグダな求婚をしたのは、人生最大の黒歴史だ。
でも、求婚される前にあの薬草事件を思い出せたとして、たかだか数分のやり取りで彼女の何がわかったであろうか。
人間扱いされなかった生活とか、不思議な力で魔法植物を生み出す術とか、テルミィが過ごしてきた世界は、ルドルクにはとても遠い。
それでも理解したいと思う。ずっと寄り添っていきたいと強く願う。
どうしようもなく惹かれていく彼女に、いつか自分の気持ちをありのままに伝える日が来るのだろうか。
「王室に引けを取らない最高級の寝台より、ここの方が気が休まるのか?……ミィは」
自分で思っている以上の拗ねた声が出てルドルクは苦笑する。
「まぁ、いいさ。……好きなところで寝ろ。俺がずっと側にいるから」
そう口にして、ルドルクはあることを思いついた。
誰も試したことがなく、失敗すればリスクを負うもの。だが、試す価値は十分にあるもの。
……ワホッ。
ルドルクの発案を肯定するかのようにハクが尻尾を振りながら小さく吠えた。
心強い仲間と出会えたような気がして、ルドルクはハクに頷き返す。
それからテーブルに突っ伏して寝息を立てているテルミィをそっと抱き上げ、温室を後にした。
次のお話からはいつも通りに戻ります(/・ω・)/




