嘘
「はぁぁ!? 本気なのか!?」
「大丈夫なの……? それ……」
「またアグリが変な事しようとしてるよ……」
サンドリンを国にする事、さらに王をブロードさんにする事をみんなに話した。そして追加でブロードさんが国から何人かメンバーを引き抜いて自分の国を動かしていく事も伝えた。そうするとみんなは怒ると言うより、呆れたように首を振る。まぁそうだよね……。
「そうは言うけどアグリ。勝算はあるの? あのブロードよ?」
確かにアリアの言うように、普段はお気楽な性格のブロードさん、正直不安も多い。ただ、なんとなくだがブロードさんが本気で行動を起こせばすごい力になると思っている。ただの勘だが……。
「ブロードさん、別に家族の関係が悪いわけではないと思うんだ、むしろ良いと思う」
「それはそうだろうけど……、それがどう成功につながるの?」
まず前提として、ブロードさんに早く結婚するように言われていたのを思い出す。それを踏まえブロードさんの親の気持ちを考えると、ブロードさんにはとりあえず何でもいいから、前に進んでほしいと考えているかもしれないと思ったのだ。国王の孫として立派な人間になってほしいと誰しも思うが、ブロードさんはもう立派な大人だがいつもあんな感じだ。それゆえにブロードさんが本気を見せれば案外簡単に了承を得られるのではと思っている。
「なるほどね、一理あるわね」
「でしょ?」
これは近々答えが出るだろう。もし失敗したらどうしよ。その時もブロードさんの腕の見せ所ってことだ。
「アグリ。家はまだしも、米を作るのか? ここで」
父が心配そうに聞いてきた。問題なのは地形だろうか。もともとどのように畑が展開されていたのかは分からない。ただ今でさえ平地が少ない土地で、山は崩れ斜面が増えたこのサンドリン。どうやってここで田んぼを作り、米を作っていくのか、父が心配するのも無理はない。でも、そう簡単に俺の未来は崩せない。
「棚田を作る」
棚田。日本のピラミッドなんて言われ方もする、田舎では良く見られた田んぼの風景だ。この地に棚田を作れば米も作れて、土砂崩れも起きにくく出来る。たとえもう一度同じ場所で土砂崩れが起きたとしても、あるのは家ではなく畑。人的被害が最小限に抑える事が出来るのだ。
「棚田。始めて聞いたよ……。いったいいつどこで覚えてくるんだか……」
父がはぁと呆れながら大きなため息をついている。父には心配ばかりかけてしまっている、いつか恩返しをしないとな。
「作れるの? その棚田って」
「うん、一人思い当たる人が居て話してみようと思う」
「そう、ならそれもほぼ決定ね」
その後、救援活動について話し合った。足りない物は何か、緊急で必要な物は。行方不明者の確認と、捜索活動の予定。みんなで意見を出し、話をまとめた。
「アグリ、家を作るのは良いけど俺達だけじゃ時間がかかりすぎる。応援を呼んでもいい?」
この村に新しい家や小屋、さらに俺たちが仕事で使う倉庫なんかを作る事にもなっている。数年かかる見通しだがリユンの言う応援があれば、一年程で完成できるそうだ。冬もあるし早ければ早い方が良いだろう。建物関係はリユンに完全に任せる事にした。その方がリユンも好きに動くことができ、効率も上がるだろう。
日が完全に落ちてから数時間が経ち、世界が静けさに包まれた。村のみんなは小屋の中に固まりながら眠っている。早く安心できる自分の家で休むことができるよう最善を尽くそう。
馬車の中で仮眠を取ろうとしていたが、頭の中がぐるぐると動いてしまい休まる事はなかった。あまりに落ち着かない為馬車を降りた。
「はぁ……。けっこう寒いな」
白い息で指先を暖めながら目的も無く歩いてみる。見上げるとこの世界でも変わらず夜空は綺麗だった。光の魔石は使わなくても目が慣れてくるれば、夜空から降りそそぐ優しい光で歩くのは容易だ。それでもこんな夜中に出歩いていると、急な物音には驚いてしまう訳で……。
「なっ!? なに? もしかして魔獣!?」
草がガサッと動き、その瞬間反射的に体が飛び上がった。すぐに逃げる体制を取る。だが次に聞えたのは魔獣の鈍い声ではなく優しく暖かい声だった。
「その声はアグリか?」
「え、お父さん?」
恐る恐る近づくと父が木を枕にして腕を組んで寝転がっていた。何で?と不思議だが、とりあえず安心した。
「びっくりしたよ……」
父は軽く笑いながら謝る。
「寝られないのか?」
「うん。ちょっと落ち着かなくて」
「そうか」
父が寝ている場所に近づきながらそう答えた。そんな父は少し起き上がった体制を元に戻すように固い枕を調整した。なんとなく俺を気遣っている気がする。気持ちを無理に聞く事はせず、父は空を見上げる。
「星を見ていたんだ」
「星?」
父の隣に座って同じ空を見上げた。今思えば家やアリアの店で見るよりも明るく綺麗だ。山に少し登ったからだろうか、星ひとつひとつが近く感じる。
でもどうして父はわざわざこんな時間に星を眺めているのだろうか……。これまでそんなに星が好きなんて聞いた事は無いのだが。
「お母さんがな、星が好きだったんだ。まぁ正確に言うと外が好きだったんだけどな」
「外?」
「あぁ。星、風、虫。雨や雪、雷なんかも好きだったな」
そういえばそうだったかもしれない。小さい頃、俺はしょっちゅう外の景色を母と一緒に眺めていたのを覚えている。海を見に行ったにも母と一緒だった。母と手を繋ぎこの世界で初めて潮風を受けた。大切な思い出だ。
「そうだったんだ、確かにお母さんに抱っこされてお父さんの帰りを待っていたのを覚えてるよ」
「ははは、そうだったな」
父はそう言った後、大きく息を吸って吐き出し「アグリ」と俺の名を呼ぶ。真剣な口調で俺も背筋が伸びる。
「どうしたの?」
少し怖い雰囲気だったので緊張しながら聞いてみると、父の言葉は俺の心臓をまたしても跳ね上がらせる。
「お母さんを悲しませるような事はしてはいないよな?」
「え……?」
どういう事だろう、悲しませるような事……。俺は……。
「いやなに、疑ってるつもりは無いんだ。ただ、家族みんなが愛したお母さんの悲しむ顔は見たくないだろ? それだけなんだ、俺が望むことは……」
お母さんは、今俺がしようと思っている事を見て悲しむだろうか。お母さんは怒るかな……。
「うん、分かってる。約束するよ」
この日、初めて嘘を付いた。お母さんは大切だ、生きていてくれたらどんなに心強かっただろう。でも、それでも! 今の俺にはやらなければならない事がある。
この俺がした決定はたぶん正解ではないのだろう、間違ったものだ。こんな事をしても憎しみを増やすだけなのかも知れない。だけど……、守らないといけない人が居るんだ。命を懸けて守りたい人が居るんだ。
ごめん、お父さん、お母さん……。
気が付けば白い光が馬車に差し込んでいた。新しい一日の始まりだ。勝負はここから、誰になんと言われようと止まりはしない。
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