積みあがる約束
一度家に帰り、父にあった出来事と俺のこれからの動きを話した。父は優しい表情で最後まで何も言わず話を聞いてくれた。
「まぁアグリは行くだろうな」
「うん……」
「可能性としてどんな状況が考えられる?」
「え?」
父は落ち着いた口調で、現場でのあり得る状況を想定しておく必要があると言ってくれた。
「まずは……、情報が偽物だった時」
「そうだな」
誰も見ていない。リリアンの言葉だけを信じ向かう。それ相応のリスクがある。
他にも死者が出ている場合や、二次災害が発生する場合など出来るだけの対策を一緒に考えてくれた。
「お父さんも食料とか余ってる道具とか準備しておくよ」
心強い言葉を貰ってから、明日に備えて夜遅くなってから体を休めようと寝転がる。魔石の光を消し、外から葉の擦れる音が気になりなかなか寝付くことが出来ずにいた。仕方がないので明日からの作戦を練ろう。
いつものノートに考えをまとめる。紙の上には数時間考えた作戦がいくつも並んでいるが、最後には考えがまとまる。
「これで行こう」
ブロードさんが肝となる作戦。自分で考えた物と分かっているが、少し恐怖を感じる。
「あいつらは絶対に許さないと決めたから」
その後一睡もせず外を眺めるとそろそろ出かける時間になっていた。座っていた椅子を片付け、荷物を手にする。
予定通り暗い外は少し肌寒かった。ロットの家に向かうと、ジュリとロット、リユンも居た。いつもの3人ではない様子だ。リユンはここからでも分かる、見た事のない鋭い目。少しうろたえながら近づき「おはよう」と言い終わる前に、リユンが俺の前に来て言い放った。
「ルツちゃんはどうするんだよっ!!! ルツちゃんのためにこれまでやって来たんじゃないのか!」
ロットとジュリはそんなリユンを落ち着かせようとするが、リユンは止まらなかった。俺の首元を両手でつかみ、体を揺らす。
「何でもかんでも助ける助けるって言うなよ! 時間もお金も無限じゃないんだ! 分かってるだろ!?」
「分かってる」
静かにそう答えた。
いつもは物静かで心優しいリユンが、本気で気持ちをぶつけてきた。それもリユンがわがままで言っているんじゃない。俺たちのコポーションを想って言ってくれている事ぐらい、ここに居るみんな分かっていた。ロットも必死に「俺が助けたいんだ」と言うがリユンは聞かない。それでも俺は、そんなリユンの言葉をしっかり受け止める。
「どんな奴かも分からない、どんな村かも分からない、嘘かもしれない!」
「うん……」
リユンは俺の肩に手を置いて語り掛ける。
「アグリのやってることはすごいよ、良い事だと俺も思う。でも、でもさ。優先順位があるだろう? ルツちゃん助けて院のみんなで野菜作って、美味しいお米作って、世界の農業を変えるんだろ?」
「うん」
「もしかしたらそれが最終的にはサンドリンを助ける事にだってなるかもしれないじゃないか! それじゃだめなのか? リリアンの怪我だけ治して送り返せば良いじゃないか!」
リユンは一瞬下を向いて、心の底からの言葉を、俺の目に語る。
「頼むよアグリ。目的を見失わないでくれ……」
リユンの言葉にはミルさんが言った事の意味がすべて詰まっているような気がする。リユンが言う優先順位。たまたま俺たちの前に現れたリリアンを必ず助けないといけない理由は無い。俺がリユンの反対を無視しサンドリンを助けに行くとしたら、資金が底を付き、子供たちにご飯をまた食べさせられなくなるかもしれない。さらに救援物資を提供すれば、販売する商品が無くなり、実績が上がらずルツを救う1年というタイムリミットが過ぎてしまうだろう。
リユンが目標を見失ってしまった俺を怒るのは至極当然だ。
でも俺はみんなが思うような出来た人間ではない。苦しい道のりであるのは間違いない、俺は何の利益のない事はしないと、コポーションを立ち上げた時に決めた。どんな手を使っても。
すべてが計画通りに行き、俺がやったことを知ったみんなは幻滅するだろう。将来の俺もきっと後悔する。だからこそ、これは俺の手だけを汚すべきなのだ。俺はリユンの肩に手を置いて、笑みを作った。
「リユン、ありがとう怒ってくれて。それだけ思ってくれる人が居て嬉しい」
「アグリ、なら!」
「でも、俺は行く」
「どうして!」
首元で握るリユンの手にぎゅっと力が入り、痛む。
それでも俺は一呼吸置き、ロットにもジュリにも聞こえるように言った。
「何の根拠もないけれど、信じてくれないか。必ず、すべての責任を果たす」
まっすぐ、真剣に3人に言うと、しばらくの沈黙が流れた。
沈黙を破ったのはリユンの「はぁ」と大げさに息を吐いた音だった。
「本当、アグリは……。言っても聞かないよな」
「ごめん」
リユンは「じゃあひとつだけ」と指を立てて言ってきた。それは俺にとってもみんなにとっても、大きく重い約束だった。
「アグリが約束を果たせなかったら、もう一緒に仕事をする事はないよ」
「リユン……、それって!」
リユンの覚悟の表れだと感じた。俺より手が震えているのが見て分かる。それを聞いて少し後ろで聞いていた2人も前へ出る。
「それじゃあ俺もそうする」
「私も!」
ロットはリユンの肩に手を置きジュリは2人の間に入り、そう言った。その顔には俺への信頼が垣間見えた瞬間だった。
なんと悲惨な約束だ。でも、なんと最高の約束なのだろう。
「分かった。約束する!」
みんなで約束を交わし、馬車にジュリを乗せて手綱を握った。馬に合図を出せば後戻りは出来ない。進まなければ約束も無効。
「大丈夫! 行くよ!」
「ジュリ!?」
笑顔を浮かべたジュリが手綱を動かし馬が反応し、進み始めた。
「危ないから座ってて。馬車は初めてなんだから」
「まず行きつけるかが心配ね」
何の問題も無い。突き進むだけ。一晩考えた作戦通りに進める。きっと、大丈夫。
しばらく馬車を進め日が昇ってくると、空気が温まり肌寒さも落ち着いてきた。途中馬が止まってしまったが、ジュリが馬と会話して機嫌を直し無事に院に到着した。
「そんなことが。でもあの村の噂は」
「はい、知ってます。でも、噂は噂です」
賢治さんから聞いた噂、でも俺はその村を見た事も無い。
俺がそう言うと、ダリアさんはハッとした。俺が孤児院に何の偏見も持たず尋ねてきた事を思い出したのだろう。
「気を付けて行ってきてください!」
子供たちからの応援も貰い、胸を張って進む事が出来る。
帰ってくるのにそれほど時間はかけない事を約束した。ダリアさんとアルタス、サラには畑の今後の仕事を伝えた。それから足早に馬車に乗りこんだ。
「アグリさん!」
出発しようとした時、無理をして駆け足でメリスさんが院の中から出てきた。
「これ、子供たちが使っていた毛布です。少しボロボロですけど、何かに使ってください」
「ありがとうございます」
院が提供できるものは何も無いと思っていたが。ありがたい、朝晩はまだ寒い時があるため、毛布は薄い物だろうと無いよりはましだ。喜んで受け取り出発した。
「約束が積みあがっていくわね」
「うん。でも絶対、守るから」
「期待してる」
荷台で毛布を片付けながら言うジュリは、プレッシャーを掛けてくるのか、からかってくるのか分からない声で言った。人生でこんなにたくさんの約束をしたのは初めてだ。重くのしかかる責任は俺の手を絶えず震わせた。誤魔化すように手綱を思い切り握り、進んで行く。
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