リリアン
辺りが薄暗くなってきても雨はまだ止まなかった。親に心配をかけてしまうので、ロットにお願いして俺の父とロズベルトさんに状況を伝えに行ってもらう事に決めた。ジュリたちに任せ帰っても良かったが、どうしても気になってしまったのだ。
「行ってくる」
「ありがとうロット。頼んだ」
「ご飯も食べてくるよ」
しばらくするとミルさんがご飯を用意してくれて3人で食べた。しんみりとした雰囲気の中ご飯を食べていると、後ろから「あの」と弱弱しい声が聞こえた。驚きながら振り向くと、あの女の子が体を起こしていた。疲れているのか、緊張しているのか、その表情は強張って見える。
俺たちはなるべく驚かせないよう、軽い声を掛けた。
「調子はどう?」
「えっと……、元気です」
「そっか、良かった。君は……」
「ぐぅぅぅぅ」
どこからかそんな音が部屋に響き、女の子は顔を真っ赤にする。まずはご飯だな。
「ミルさん、何かご飯お願いできますか?」
「えぇ、持ってくるわ」
ミルさんはゆっくりと立ち上がり、台所に歩いて行った。
「俺はアグリ、こっちはジュリ。よろしくね」
「よろしくね。お名前言える?」
「リリアン」
リリアンと名乗った女の子。ミルさんが用意してくれたご飯を元気に食べ始めた。食べる元気があるみたいで安心した。体調もそれほど悪くなさそうだし、数日休めば回復するだろう。気になるのはどこから来て、何故あんな所に居たのかだ。
リリアンの様子を見ながら聞いてみる。それでも無理はさせないように注意を払った。
「リリアンはどこから来たの?」
するとリリアンは口にあるものを飲み込んでから話始めた。
「サンドリンから来た」
「サンドリン?」
聞こえてきたのは初めて知る地名だった。どこにあるのか、どの辺りなのかも分からない。そもそも地名なのかすらも。首を傾げながら追加の情報を待つ。
「ユーフォニーの山の中にある村」
山の中……、もしかして賢治さんが言ってたあの村だろうか。
そんな事を考えているとジュリが尋ねる。
「どうしてここに来たの?」
それを聞いたリリアンは、思い出したように突然立ち上がった。心配しながら話を聞くと、大きな声で助けを求めてきた。
「あの! 助けてください! 村が! 村が!」
そんなリリアンを何とか落ち着かせ、椅子に座らせる。ミルさんが隣に座って背中をさすった。それから何があったのかをゆっくりと聞いてみると、想像より悲惨で緊急を要する物だった。
「村がある場所の近くの山が崩れて家が……、家族がみんな大変で!」
リリアンは怪我をした父に代わって、助けを求めるため1人で山を降りてきたそうだ。詳しく聞くと、家が壊れ食料も無く、怪我人も居ると言う。話を聞くだけでもかなり緊迫した状況だった。
「お願いします。村を、みんなを助けてください」
深々と頭を下げるリリアンの顔は見えないが、涙がぽつぽつと床に落ちていた。
話を聞く時、途中でロットも加わり、ロットが一番焦っていた。立ち上がり俺の手を引き言った。
「アグリ! 早く行こう! 早く行かないと!」
「待ってロット、今から行っても出来る事は少ないし、より危険な状況になるよ!」
焦る気持ちは分かる。俺でって今すぐにでも行動したかった。だが、焦った所で何もできない事は目に見えている。そこで俺たちは、ひとまず会議を開始する。リリアンはミルさんに任せ、部屋で休んでもらう事になった。必ず助けると約束して。
「どうするの? アグリ」
ジュリは不安そうな顔で尋ねてきた。ロットは相変わらず、今すぐにでも出て行きそうな勢いだ。
少し考えをまとめ、みんなにも落ち着いてもらえるようゆっくり話す。
「まず、この問題は俺たちだけでの対処は無理だ。他に援助要請しないと」
「そうね。人員も必要かも」
「他には何が必要なんだ?」
ミルさんが帰って来たところで、みんなで今後の動きを話し合った。あくまで予定、皆状況を見ながら柔軟に判断する。
まず、俺とジュリの動き。
朝、暗いうちに出発して、ロットから一台馬車を借り、クラリネに向かう。途中孤児院に寄ってから、アリアの店に行きジュリを下し、アリアに状況を説明し相談。理想はジュリに店を任せてアリアを馬車に乗せる。そして医者をできれば見つけたい。さらにブロードさんに話をして国からの支援を要請してみよう。コバトさんにも同行出来ないか聞き、可能なら付いて来てもらう。次にジンさん。食料の支援をしてもらえないか相談して、もし無理なら購入してから未知の村、サンドリンに向かう。
次にロットの動き。
ロットは俺の小屋から食料を、また村から支援物資をかき集めなてもらいながら、村長や村のみんなに伝え回り、同時に協力者も何人か集めてほしい。準備が整ってからサンドリンに向かう。
リリアンの情報によれば村には50人ほどの人が居て、幼い子供も居るそうだ。被害がどれほどの物か、人的被害も気になるところだ。何とかして1人でも多く救ってあげたい。それにこの災害はバーハルの可能性もある。どんな被害があるかも分からない。
打ち合わせが終わり明日に向けて休むことになった。ロットに手を振って、俺も家に帰ろう。そんな時、ミルさんが落ち着いた声で言う。
「ちゃんと分かっているんでしょうね? 助けるってどういう意味なのか……」
「……。――はい。覚悟の上です」
「そう、頑張って」
俺は寝る暇も惜しみ、準備を始めた。
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