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腹が減っては戦はできヌ  作者: らぴす
第三章:成長期
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雨の日の女の子

 雨が好きだ好きだ、昔から。ずっと昔から。

 朝、徐々に意識が戻る感覚になると、まず耳を澄ましていた。昨日の天気予報は雨。屋根に打ち付ける水の音。雨樋を伝って地面に流れる水の音に目を開けずに心躍らす。もう一度寝られる。そんな気持ちで意識の奥へと身を隠すように入って行った。


「アグリー、朝ごはん出来たぞー」

「今行くー」


 早朝の仕事を終えて二度寝をしていた所、父の声が聞こえた。今頃ロットは店に商品を並べている頃だ。


「雨、降ってる」

「この降り方は一日続きそうだな」


 父が言うように空は暗く、厚い雲で光の恵みが届いていない。時に光が空気を切り裂いて、大きな音が家を揺らす。


「雨、嫌いか?」

「んー、あんまり好きじゃない、作業が進まないから」


 パンをかじりながら笑う父。背もたれにゆっくり体重をかける。


「アグリはもう少し休んだ方が良いと思うけどな」

「お父さんこそずっと働いてる」


 親子ともども働き物だと近所からも言われるくらいだった。ただまぁ、好きでそうしているから辛くもなんともない。しかし今日は父も俺も外での作業は出来ないだろう。ジンさんの家に行くのも明日にするか、帰ってこれなくなってしまったら、それこそ時間を浪費してしまう。焦らず進めていきたい。


 しかし何も出来ない訳ではなかった。今日は苗を作るための種を蒔こう。また実験的に米の種も蒔いてみよう。ビニールハウスが用意出来ないこの世界で、どの程度米の苗が成長するのか見てみたい。前の世界のように出来ないだろうが、いろいろ実験して自分なりの答えを見つける。これが結構面白く、俺のささやかな楽しみにもなっていた。


「昔は正解があったからなぁ」


 朝食を食べると、父は部屋の掃除を始めていた。

 俺も仕事を始めるとしよう。

 父に声を掛けてから外に出る。傘、は無いので走る。これも若さなのだろうか、小屋まで走ってもすぐに息が回復するし、雨に濡れても不快ではない。雨の日の仕事がこんなに楽しい日は初めてだ。


「さてと。まずは土を混ぜるかな」


 みんなで作った堆肥と、畑から取ってきていた土を小屋の地面に広げる。鍬を使って混ぜて行く。土に塊があれば細かく砕き、石があれば取り除いていく。甘やかしすぎな気がするが最初は丁寧にしてやろう。良く混ぜながら次は肥料を軽く振るう。さらに冬の間、大量生産しておいた貝殻肥料を順に加えさらに混ぜる。しばらく続ければふわふわで栄養たっぷりの土の完成だ!

 土を木箱に分け入れる。ふと外を見てみると、雨は降り続いていた。風は強く吹き小屋の中からでも少し恐怖を覚える程だ。


「屋根とか大丈夫かな……」


 これだけ雨が降っているなら、これを使わない手はない。

 さっき土を入れた木箱をひとつずつ運び出し、雨ざらしにした。正直魔力を込めた魔石の水はあまり信頼していない。正確な成分は分からないが、おそらく何の栄養素も入っていないと思っている。これからは川の水や雨水を積極的に使っていきたい。

 土を詰めた木箱をそのままに、お昼休憩に入った。あんまり遅く戻ると、ご飯を作って待ってくれている父にまた怒られてしまう。

 昼からは、雨水をたくさん吸い込んだ土に種を蒔いた。院の畑と大体同じ品種を蒔いたが、追加でかぼちゃも植えた。種を一粒一粒丁寧に蒔いてから乾いた土を上から被せる。


「大きくなれよー」


 昔はこんな事一度も口にしたことが無いのに、今は自然に声に出てしまい笑ってしまった。


 この日の作業が一段落して、完成した苗箱を満足気に眺めていると、遠くから「アグリー!」と声が聞こえて小屋から顔を覗かせる。


「ロット! おかえり! 雨大丈夫だった?」

「アグリ! そんなことは良いから! 助けてくれ!」


 何やら珍しく焦っている様子のロットは、顔も服もドロドロだった。ロットと駆け足で馬車の荷台に向かう。何かあったようだがここからは何も分からず、ロットが指さす荷台の中を見る。その瞬間、俺は息をするのを忘れた。


「えっ、女の子!?」


 そこにはロットの毛布にくるまれた、10歳くらいの女の子が横たわっている。ロットと同じくドロドロで顔には傷もあって血が出ている。軽く手を触れてみると熱もあるように思えた。


「どうしよう」


 ロットに状況は後で聞くとして、まずはこの子の身の安全が優先だ。体を拭き、温めて傷の手当ても必要だ。でもここでは出来ないし、相手が女の子であることも考えなくてはいけない。


「ジュリの家に連れて行こう。ミルさんも居るはずだ。起きた時、ジュリやミルさんが傍に居た方が安心だ」

「そうか、分かった。行こう!」


 俺も荷台に乗ってロットと走り出した。



 ジュリの家に連れてきて正解だった。ミルさんとジュリが懸命に世話をしてくれ、体の汚れや傷の処置もしてくれた。命に問題はなさそうだ。女の子も今は落ち着いて、ベッドの上で眠っている。


 女の子は村では見かけた事が無い顔だった。俺たちと同じくらいだったとしたら、ロットやジュリが知っているはずだが、知らないと言う。こんな雨の日にどうしたのだろうか……。俺はロットにこの子を見つけた時の状況を聞かせてもらう。


「雨が酷かったから、仕事の報告は後にしようと思って家に戻ったんだ。そしたら山の沿いにこの子が倒れてて」


 ロットもこの子の詳しい事は分からないという。

 ロットが言う山はユーフォニー山脈を指していた。そんな山の近くで女の子が一人なんて、何があったのか。結局この子が目覚めるのを待つしかなかった。

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