良い匂い
朝予定通りにロットが到着して商品を届けてくれた。少しよそよそしい俺たちを、疑いもせず接してくれて助かる。これがリユンやジュリだったら不思議に思われていた事だろう。今日の夜までには家に戻る予定のロットと今後の打ち合わせをして解散する。
「アリア。ひとつお願いと言うか、相談なんだけど」
「どうしたの?」
昨日の夜、いろいろ考えていた。まずは売り上げよりここに野菜があると知ってもらう事を優先してみよう。そこで思いついたアイディアをアリアに相談したかったのだ。
「俺、お店の匂いに釣られるんだよね」
「あぁ、あのお肉とか?」
まずは視覚や聴覚、嗅覚を反応させる事。アリアが言うように、俺があの謎のお肉を気に入った最初のきっかけは、匂いだ。アリアも同じのようで、可愛い店や綺麗な服や雑貨が見えるとつい入ってしまうと言う。これは視覚が反応している証拠だ。
その点を考えると、昨日の俺たちは、特に目を引くような物は無かったし、匂いも無い。聞こえるのは俺の声だけだ。そう考えるとお客さんが来ないのも納得が行く。
そこで俺は考えた。食べ物を売るならやはり食欲そそる、良い匂いが必要だと。
「揚げたて里芋コロッケを店で出したい」
「コロッケって何?」
幸い、油は高価だが手に入りやすい。小麦粉もジンさんに売ってもらえば手に入る。パン粉はパンを砕いて代用が効くだろう。さらに、里芋だけじゃなく、ジャガイモやカボチャだって作る予定で、材料の日持ちもする。店の前で作れば良い匂いがお客さんを引き寄せてくれるはずだ!
アリアに丁寧に胸を張ってプレゼンすると。アリアは楽しそうに聞いてくれる。
「美味しそう! やってみましょう!」
アリアの了承を得られ、早速準備に取り掛かかる。
「まだやれることはある!」
そんな思いを胸に俺は孤児院へと向かった。
「元気にしてたか?」
「うん!」
子供たちも春になって、より活動的になっていた。畑を見ると雪は完全になくなり、草が勢力を大きくしていた。そんな状況を確認しながらコポーションメンバーを招集した。
部屋に集まってくれたのは、アルタスにリラヤ、サラとメセデ。それにダリアさんだ。
「集まってくれてありがとう。今日はみんなに仕事を振り分けに来た」
「ついに来たわね!」
「俺に出来るかな?」
不安そうにしているメセデに大丈夫、と合図を送りながら口を開いた。
「まず、メセデとリラヤには店での接客をしてもらいたい」
「おぉ! やるやる! 農作業は向いてないと思ってたんだよねぇ」
「えっ、俺もですか!?」
さらにアルタスとサラ、ダリアさんには院の畑で作業してもらえないかお願いをした。
「向き不向きもあるから、変更は遠慮なく言ってくれて大丈夫だから」
「店で野菜を売れば良いの?」
「あぁ、リラヤは販売とアリアの手伝いを頼みたい」
すると「あ、あの」ときょろきょろしながら手を上げたメセデ。やっぱり不安そうな表情を浮かべている。お客さんの前に立つので一番勇気が求められるだろう。
「俺もですか?」
そんなメセデにはメセデにしか出来ない仕事を頼む。
「メセデ、君にはコロッケを揚げてもらいたい」
俺がそう言うと「コロッケ?」と一斉に聞いてきた。目には見えないが、頭の上にはてなマークが浮かんでいるように見える。また今度、作って食べさせてみよう。
予定を立てコロッケ販売開始の時から働いてもらう事で決まった。3日後を目指そう。
さらにダリアさんとサラ、アルタスに時間を貰い、倉庫にする予定の部屋に来てもらった。
「これが夏野菜の種です。まずはこの木箱に土を詰めて育てましょう。ある程度成長したら植え替えをします」
みんなに渡したのはナスやキュウリ、トマトの種だ。父が作った野菜から取ったピーマンの種もある。時期的に少し早き気がするが、まぁ大丈夫だろう。そん期待を抱きながら畑へと向かった。
「明日晴れたらこれを蒔いてもらえますか?」
ダリアさんに渡したのは大根とカブ、ネギにほうれん草、小松菜の種だ。これらは直接畑に蒔こう。
蒔き方は後で説明するとして、メンバーは農作業の準備に取り掛かった。
「ダリアさん、ひとつ聞きたいんですが、良いですか?」
「何でしょう?」
俺は賢治さんに気付かせてもらった事を聞いてみる。
「魔法使いが氷を作れないって本当ですか?」
少し動揺したようにも見えたダリアさんは、すぐにいつものように話してくれた。
「えぇ、事実です」
「ダリアさんなら作り出せる、氷に似た何かってありますか?」
質問が悪かったのか、ダリアさんは頭の中をぐるぐると回転させているようだった。しばらくした後、思い出したかのように手を前に出した。
「空気を固めるようなイメージで」
するとダリアさんの手から、もくもくと白い煙が出てきた。俺は驚きを隠せず、目を見開く。
「おぉっ! これは……、湯気?」
近づいて煙に触れてみる。
「冷たい!」
「でもこれ、触ると火傷するので気を付けてください」
みるみるうちに、ぼとっぼとっと白い塊が地面に落ちた。その正体はすぐに分かった。確かに氷ではない。でも確実に冷たい物。
「ドライアイスだ!」
テンションが上がった俺は、すぐにドライアイスの正体を説明した。
これで野菜を冷やせる。水も出ず、運搬時はもちろん、店に並べる時にだって使うことが出来る。
新しい発見をすることが出来て、るんるん気分で畑へと向かった。
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