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腹が減っては戦はできヌ  作者: らぴす
第三章:成長期
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申請完了

「冷てぇ」


 畑の雪が残り5センチほどになった頃、秋に種を蒔いたほうれん草や小松菜なんかに追肥をやってみようと雪を退かしていた。気温はそれほど低く無いが、雪はやっぱり冷たく、手元の動きはすぐに鈍る。

 全部追肥して一斉に大きくなっても困るため、お試し程度に撒いた。

 雪の中からは10センチほどに伸びたほうれん草が見えてくる。雪に潰されまだまだ弱弱しいが、鮮やかな深緑色の葉が今か今かと春を待っているようだった。


 そんな作業の前日。俺は申請書を握りしめフルトに行った。


「はい、確認しますね。しばらくお待ちください」


 役所でフィンに書類を渡すと、一枚一枚丁寧に不備が無いかを確認していった。


「今日、長のアリアさんは来られていないのですか?」

「今は居ないですね」

「今すぐ承認が欲しいなら居てもらいたいのですが……」


 知らなかった。俺はこの町に住んでいる訳ではないので、出来れば今日承認してもらいたい。そうすると呼んで来るしかないか……。

 フィンにその事を伝え役所を出る。

 慣れた足取りで店に向かい、アリアを呼んだ。事情を話すと仕事中のはずなのに「分かったわ」と気持ちの良い返事をしてくれた。


「準備するから少し待ってて」

「うん、ありがとう。焦らないで良いから」


 アリアが部屋に入って行くのを見送って、いつもアリアが座っている椅子に座る。


「ここがいつも見てる景色か」


 なんて気持ちが悪い事を承知の上言ってみた。ぼーっと椅子から見える外の景色を眺めていると、店のドアが開く。綺麗なお姉さんだと一目で思ってしまうほどの女性が入って来る。茶色の髪をさらさらとなびかせながら俺を見つめる。


「えーっと、いらっしゃいませ?」

「こんにちは。アリアちゃんは?」

「今ちょっと奥に行ってまして……。でもすぐ帰ってくると思います」


 「そう」と呟いたその人の声は妙にゆっくりと柔らかい声だった。アリアに頼んでおいた物があると言い、名前を聞くとパテシルと名乗った。

 アリアを呼ぼうと思ったが、後ろの棚にいくつか名前が書いてある商品があったため、一度探してみる事にする。案の定すぐに見つかりそれを渡した。中身を確認してもらうと、やはりあっていたようだった。


「ありがとう、お金は前に渡してあるからアリアちゃんに言っておいてね」

「はい、ありがとうございます」


 不思議な雰囲気を漂わせるパテシルさんは、俺の近くに寄って来て頭を撫で始めるのだった。俺は驚いて後ろに一歩下がってしまう。


「あら、ごめんなさいね。可愛くてつい」


 てへっと笑うパテシルさんに愛想笑いを返す事しか出来なかった。何だか危険な香りがした。これ以上関わらない方が自分のためにもアリアのためにも良い気がした。もう不意に触られたりしないようにもう一歩下がると奥から助けが来た。アリアだ。俺は胸をなでおろした。


「お待たせアグリって、パテシルさん!」

「アリアちゃん、こんにちは。その子からこれ受け取ったわ、いつもありがとうね」

「そうでしたか、こちらこそありがとうございます」


 アリアとしっかり手を繋ぎ役所に向かって歩く。アリアの手はお守りのように安心できた。そんな様子を不思議に思ったアリアは「何かあった?」と心配してくれる。さっきあった出来事を正直に話すと足を止めて真剣に聞いてくれた。


「パテシルさん、少し大人な店で働いてるの。不思議な人だったでしょ?」

「うん、独特な雰囲気だった」


 俺にはアリアが居るためか、少し神経質になっていたのかもしれない。そういう事だったのか。まぁもう会う事はないだろうが、どんな事情であれアリアを悲しませたり裏切るような事は避けようと誓ったのだった。



「はい、確かに。ではアリアさん、ここにサインをお願いします」


 役所に到着すると、前もって準備をしてくれたフィンのお陰でスムーズに手続きが進み、アリアのサインのみとなっていた。

 アリアが指を立てると、さらさらと紙にアリアの名が刻まれていく。


「これでコポーションが正式に設立された事が承認されました。おめでとうございます」


 フィンはそんなお祝いの言葉を他人行事のように淡々と言ってから、ドサッと紙の束を机に出した。


「こ、これは……」

「説明した通り、畑や田んぼの大きさ、収穫量、収穫物。また売り上げ等のお金の動きを書いて提出していただく用紙になります」


 もうすでに逃げたくなるような仕事量を与えられ途方にくれる。苦笑いを浮かべながら受け取り、丁寧に片付ける。するとフィンがもう1枚、紙を出してきた。


「それとこちらはまだお書きになられないのでしょうか?」


 なんか大げさに丁寧な言葉を使っていたので不思議に思い、机に顔を向けると紙が無くなっていた。


「え? どこ行った?」


 不思議と紙の存在が消え辺りを見回すと、アリアは顔を真っ赤にして言った。


「これは! まだ! いいです!」

「え、何だったの?」

「いいですから!」


 変な言葉遣いのアリアは、光の速さで紙を折りたたみ立ち上がる。


「ありがとうございました。行くよアグリ」

「え? う、うん」


 何が何だか分からないがアリアに手を引かれて役所を出た。


「お仕事頑張ってくださいねー」


 そんなフィンの声をアリアは聞こえていたのだろうか。

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