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腹が減っては戦はできヌ  作者: らぴす
第三章:成長期
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未知の味

 少しずつ日が高くなり、雪が解けるのも早くなった気がする。雪解け水があちらこちらから流れてきて、いつも歩いている舗装されていない道は余計に歩きにくい。畑まで歩き体に暑さを感じ、一枚服を脱いだ。

 畑には雪がまだ残っているが、どこに何が植えてあるのかはすぐに分かった。それもそのはずで、積もった雪の凹凸が秋に作った畔や畝の通りに付いているからだ。これから雪解け水をたくさん吸って立派に育つことだろう。


 いつも使わせてもらっている小屋を見に行く。普段出入りしているので、小屋の前の雪は解けていた。ただ雪囲いをしたこともあり、小屋の横には雪がこんもり積もっていた。小屋が痛んでしまわないよう定期的に見回りをしていたが、積もった雪は外壁には上手く接触していなかったためそのままにしていた。


「春からも無事に畑が出来そうだな」


 幸いにも大きな獣の足跡はなく、小さい物がいくつかあったくらいで安心した。

 さらに、小屋に設置してある木箱。これはロットやリユン、ジュリが生ごみを入れていく箱だ。中を覗くとなかなか強烈な腐食臭と共に、栄養満点のたい肥が顔を出した。これと同じものが孤児院にも設置されていて、ダリアさん管理の下、春から使う事になっている。もしかしたら、何かのサービスで生ごみ回収ボックスなんて作っておいても良いかもしれない。


 その後、小屋の整理と掃除をしてからリユンの家に向かった。


 リユンが作業している場所に行くと、いつもは大きな音がしているが今日は静かで微かに喋り声が聞こえる。外から名前を呼ぶと「入ってー」と中から聞こえた。進んで行くと、中ではおじいちゃんとリユンが休憩していた。


「お疲れ様」

「お疲れ様、悪いね来てもらって」


 いつも来てもらっていろいろ世話になっているのはこちらの方だ。リユンに用意してもらった椅子に腰かけた。


「で、どうだった? 見てこれた?」

「うん、見てきたよ」


 会いに来た1つ目の理由は農具についてだ。先日も少し話に上がったが、コポーションで農業をする人や場所が増える事になる。それによって鍬や鎌などの道具を調達しなくてはならなかった。それをリユン達に作ってもらうのか、何処かの店で買ってくるのかを決めなくてはならない。


「値段だけで言えば店の方が高かった」


 リユンには先に見積もってもらっていた。その値段とは、一割から二割は高い計算になったのだ。


「ただ、納期までの時間とか、リユン達の負担なんかも加味して考えると、買った方が良いんじゃないかとも思ってて」


 俺は相談するように言った。リユンにはこれからも仕事を頼みたいと思っている。そんな状況を考えて多少払うお金は増えたとしても、作ってもらうより買う方が良いと思ったのだ。

 するとリユンも少し考えて「うん」と頷いた。


「良いと思う。修理くらいなら簡単に出来るし」


 リユンも賛成してくれて、修理もしてくれるとの事で安心して購入できそうだ。ただ1つだけ、懸念があった。と言うのも、大きな買い物になりそうであの方にも相談しないといけない。


「でもアリアに相談してから決めるよ、この前念を押されちゃったから」


 そう言うとリユンはすぐに状況を理解しニヤニヤしながら言う。


「お熱いねー」

「からかうなよ」


 お互いに肩を突きながら言う。


 リユンにはこれからもたくさんの仕事を頼むことになる。俺の小屋の改装か増築。もしかしたら孤児院の敷地にも小屋を建ててもらうかもしれないし、孤児院の改装なんかもお願いすることになるかもしれない。

 そんな事を思うと時々不安になってしまう。リユンはもちろん、ロットやジュリは本当にこの仕事をしたくてしているのだろうか。俺の記憶にある昔の父のように、俺はなってしまってはいないだろうかと。


「アグリ! ワクワクするな!」


 そんなリユンの一言と笑顔で、俺の心は晴れたのだった。


 リユンの作業が一段落ついて出発の準備が整った。今日の目的2つ目。コニーのもとへ行くことだ。リユンの父、カウディさんが言っていた売れなかった野菜を見に行く。俺だけではコニーの雰囲気的に少し緊張するので、リユンにも付いて来てもらうお願いをした。


「遠いの?」

「いや、近くだよ。たぶん小屋にこもってると思う」


 2人で数分歩くと、俺が使っている小屋よりも大きな小屋が見えてきた。


「あれだよ」


 リユンにそう言われその小屋がコニーの物だと確信でき、少しだけ羨ましく思ってしまった。

 ノックをしたリユンはコニーを呼ぶ。「はい」と中からぼそっと聞こえた。


「こんにちは、前に言ってた売れな……、コニーが作った野菜を見せてほしくて」

「売れなかったって言っちゃってるじゃん」


 せっかく耐えた物をリユンがクククッと笑いながら言ってしまう。微かに聞こえた舌打ちにビビりながら、小屋の中に通された。綺麗に掃除が行き届いており、棚の中もきっちり詰まっていた。コニーの几帳面な性格を見ながら奥へ進むと、種類ごとに分けられた野菜たちが並んでいた。


「なるほど……。そういう事か……」


 見た瞬間、売れない理由がなんとなく分かった。ただこれ、どうやって作ったんだろう、この国では一般的ではないのだろうけど……。


「リユン、これ見たことある?」

「いや、俺もこの前初めて知ったんだよ。それまで見た事も無かった」


 リユンがそう言ったのは、そこにあるジャガイモ以外の事だろう。その横には、前の世界では当たり前のように手に入った物ではある……。


「これが、ヤーコン。こっちが里芋。こんにゃく芋とさつまいも。これがゴボウか……」

「そんな名前だったんだ……」


 ……。コニーが小さく呟いたのを俺は聞き逃さなかった。


「えっ……」

「もしかして知らないで作ったの?」


 リユンと2人でコニーにツッコミを入れた。


「名前はまぁ良いとして。種とかどこにあったの?」

「山で見つけた。掘ってみたら食べられそうな物がなってたから増やしてみた」


 すごい……。俺も山でいろいろ見つけた事はあったがここまで美味しい物が揃うとは思わなかった。そしてどれも痩せた実ではなくしっかり肥えていた。上手に手間暇かけて作ったのだろう。コニーの努力がひしひしと伝わってきた。


「コニー、これ俺が買い取りたい。必ず売って見せる。だから俺の……」

「断る。お前の下に入るつもりは無い」


 寄り合いで話したことを知っているコニーは、すでに断る用意が出来ていたみたいだ。でも責める事は絶対しないし、強制することもしない。俺が昔嫌だったからだ。

 どうしたものかと思案していると、コニーは少し言葉を詰まらせながら言った。


「ただ、売ってくれるなら助かる。作るものは俺が決めて好きに作らせてもらう。それでも……、良いか?」

「あぁ! よろしく頼む!」


 したい農業をしたいようにする。それがコニーの農業のようだ。

 ようやく仕入れ先がひとつ決まった。自分で好きなように農業をする楽しさは俺が良く知っている。コニーにはのびのびと頑張ってもらう事にしよう。


 俺はコニーが収穫した物を少しずつ分けてもらい、一度食べてみる事にした。と言うのも、見た目は同じでも世界が違うため食べられなかったり、毒なんかがある可能性も拭えない。やはり確かめてからの方が確実で安心して買って貰える。もちろん俺の体で実証実験だ。せいぜい腹をこわすくらいだろう。


「アグリ、俺も食べたい」

「作ったら持っていくよ」


 俺たちは未知の味に胸を弾ませながら家に帰った。

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