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腹が減っては戦はできヌ  作者: らぴす
第三章:成長期
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気化冷却

「なぁアグリ君。君の家族は誕生日を祝ったりしたか?」

「な、なんですか、急に……」


 野菜の運搬についてアドバイスを貰うため、今日は賢治さんの部屋に上がった。入った瞬間、良く分からない事を聞かれた。初めての事ではないのだが、せめて前置きが欲しい物だ。

 誕生日、何だか久しぶりに聞いた気がする。それもそのはず、この世界に来て誕生日を祝ったり祝われたりした記憶がない。それを伝えると、賢治さんは「やっぱりそうか」と呟いた。


「なんでそんな事聞いたんですか?」

「バーハルは誰が引き起こしていると言われている?」

「えーっと、神からですか?」


 賢治さんはコクリと頷いた。それとこれが何の関係があるのか……、俺にはさっぱり分からない。


「誕生日や正月なんかはどれも宗教が起源だ。しかし、そんな祝い事の文化も無いこの世界で、突然バーハルという神について話が出るのはおかしいと思わないかね?」


 何かの作業をしながら語る賢治さんに「は、はい……」とどっちつかずの返事をした。言っている意味が理解しきれていないのだ。


「それがどうかしたんですか?」


 知りたいのはそこだ。それがどう俺たちにどう関係するのかだ。


「つまり、研究を重ねればバーハルも科学的に説明ができる日が来るかもしれないって事だ」


 賢治さんは得意気に顔を上げて言う。


「例えば、この世界の宇宙のしくみとかね?」


 賢治さんが言いたいのは、つまりこういう事らしい。地球も海の満ち引きは月の引力によるものだと習った覚えがあるが、それと同じようにこの世界での宇宙のしくみがこの世界に影響を及ぼしているのだとしたら、いつかは科学的に説明できるかもしれない。いつかは……だ。


「それっていつの話ですか?」

「確実なことは、私達が生きている間は無理って事だね」


 ズコーっと体が動きそうになった気持ちを抑える。

 もし神が居らず、バーハルの原因が自然界にあるとしたら、賢治さんにのような召喚されてこの世界に来たとされる人の説明はどうなのか、はたまた俺の存在は? もしかしたら科学だけでは説明がつかないのかもしれない……。この世界自体がそういうものなのかもしれない。でも、いつかは科学的に証明できるとしたらバーハルの原因も分かり被害を抑える事が出来るというのは魅力的な話だ。

 そんなよく分からない事を考えていたら、本題を忘れて帰ってしまう所だった。


「そうだ、今日少しアドバイスを貰いに来たんです」

「アドバイス?」


 ここにきてしばらく経った後、やっと伝える事が出来た。それは、暑い季節になっても新鮮さを保って野菜を運びたいとの思いだった。


「馬車の荷台を冷やす方法ってありますか?」


 いわゆるクール便だ。これができれば鮮度は十分保てるだろう。

 無言で考える賢治さん。アイディアを考えては、ボツにしているようだった。


「氷は作れないんだな?」

「はい、魔法使いでは作れないと言っていました」

「そうか、しかし冷やす方法はいくつかある。例えば、熱伝導や放射冷却だ。ただ現状、それは難しいかもな」


 名前くらいは聞いたことはあるが、原理は分からない。賢治さんが無理と言うなら、この世界で実現するのは難しいのだろう。


「1つ使える方法として気化冷却があげられる」


 そう言えばそんな単語もあったなと思い出す。


「あれですか? 汗が出て蒸発するときに体の熱を奪っていくってやつ」

「そうだ」


 前の世界でそれを利用したのが、空調服だ。それを使っていなかったので、俺はここに居るわけだが……。

 でもその気化冷却を使ってどう荷物を冷やすのだろう。馬車に打ち水でもするのだろうか。


「ジーアポットを作ってみると良い」

「ジーアポット?」


 賢治さんの話によると、それは前の世界では一部の地域で使われていた物らしい。

 容器を2つ用意し、重ねる。出来た隙間に砂を詰めて水を含ませると、内側の容器の中が冷えるのだという。砂が乾けばまた水を追加すれば冷却することができ、低コストで作れるとの事だった。

 初めて聞いたものだったが、これならこの世界でも出来そうだ。ただ、デメリットとして容量が少ない事、熱い真夏でしか使えない事だ。その点、運ぶ時間や量などを考える必要があるだろう。でもこれで鮮度を保って野菜を届ける目星がついた。


「ありがとうございます! やってみます」


 もしかしたら、ロットの馬車を改造しなくても済むかもしれないと思い、テンションが上がる。早速出来る事をやるため、部屋を出ようとすると賢治さんが「あぁ、それと」と呟いた。話を聞くため少し体を戻す。


「アリア君が言った魔法使いは作れないって事だけどね」

「はい」

「もしかしたら何か勘違いをしているのかもしれないね。一度聞いてみると良い。例えば、白魔女とか…」


 勘違いか……。確かに何かありそうだと思った。とりあえずダリアさんに氷を作れるか聞いてみるとしよう。アリアは魔法使い『には』と言っていた。なら白魔女には何かしらの理由で可能なのかもしれない。部屋を出た俺はそんな事を考えながら歩く。


 準備は整いつつあった。気温が上がるのはまだもう少し先で氷の件は焦らなくて大丈夫だろう。また補足的な点として道具の調達だ。農業をみんなでするという事はその分農具も必要になる。店に売っているものを買うか、リユンに依頼するか、検討の余地があるだろう。これも雪が解けるのを待つ間にゆっくり考えられる。後は、誰に何の仕事をしてもらうかくらいだろうか、本人たちの希望も聞いてみよう。


 こんなに待ち遠しい春がこれまであっただろうか。不安もあるが楽しみがそれを覆っているようだった。一年で結果を出さないといけない、これはなにがあろうと果たすべき最大の目標。そんな決意を胸に抱き歩きだす。


「早く春が来ないかなぁ」

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