懐かしい道
「はーやーくー」
リラヤに手を引かれる俺は急いで鞄を肩にかける。
「うわぁ」
「あはは、何やってんの!」
皿を洗っていた時とは打って変わって、リラヤは活き活きとしていた。急かされて躓いてしまい、雪の上に転んだ俺を笑った。
待たせてしまったがやっと遊びに行ける。ダリアさんにもしっかり許可を貰い出発した。
馬車に揺られながら外を眺め、髪をなびかせているリラヤの後姿を眺める。皆にプレゼントした服と持っていた物とを組み合わせて着ているのが微笑ましく思えた。好きな服を選ばせてやれる日を目指さないとな。
「あれ何ー?」
「水車じゃないのか?」
「あれはー?」
「何かの施設じゃないのか?」
次々に流れ去っていく物や風景を、毎回楽しそうに指をさし、俺を見て笑う。何がそんなに楽しいのか分からないが、普段の何倍もの笑顔を見ているだけで俺も楽しかった。
「あそこがフルト?」
大きな町フルト。門をくぐり馬車は指定の場所に止まった。
「行くよー?」
「うん!」
馬車を降り、足を止めていたリラヤに声を掛けると駆け足で寄ってくる。ワクワクして足取りが軽いリラヤだが、少しの緊張も垣間見える。しっかり俺の横に並んだリラヤは今日の予定を聞いてきた。
「そうだな、まずはアリアに顔を見せに行こうかな。お店は見た事ないだろ?」
「うん! アリアちゃんのお店見たこと無い」
改装したての店を見てもらうのも、コポーションにリラヤを入ってくれたのでとても大切な事だ。場所は知っておいた方が良いに決まっている。ただ、まぁ。同年代の女の子と遊びに来たわけだ、アリアに一言伝えるのが筋だろう。誤解されても困る。リラヤ本人は、その辺あまり気にしている様子は感じられないが。
しばらく歩き、お店が見えてきた。
「あそこにあるのがアリアの店だよ」
今歩いている道沿いにある店を指さすと、指の先から直線状に目線を動かし店を見つけたようだった。新築のように目立つ建物ですぐに分かったみたいだ。
すると何かを思いついた様子で「先行くね」とだけ言って走っていった。何を企んでいるのやら。小さくなったリラヤの背中を目で追いながら、やれやれとため息をつく。
店の前に着いた頃には、リラヤの姿はなかった。仕方なく1人で店に入る。
「アリアー。リラヤ来てなかった……? えーっと……? アリアさん?」
店に入るとリラヤの隣で、手を腰に当ててムスッとしているアリアが立っている。何か怒ってる……? リラヤがさっそく何かしでかしたのか。
アリアはあからさまに機嫌が悪い様子で俺を見つめる。
「リラヤちゃんと二人っきりで遊びに来たの?」
「えっ……。ち、違うって、何か誤解してない?」
何か誤解をしていそうだった。最初から説明すると途中で隣にいるリラヤが俺に向かって言う。
「誤解って何!? だましてたの?」
「え……。リラヤ? だましてたって」
話があらぬ方向に行っている気がする。ちゃんと話し合わないとまずい事になりそうだ。
「待ってよ2人とも。リラヤとは今日町を一緒に回るだけで、アリアが思っているような事ではないから!」
この言葉が正しいのかは分からない、それでも何とか説明をする。
「ぷっ、はははっ!」
「ふふ、ははは」
「え……?」
リラヤはお腹を抱えて笑っているし、アリアも机に手を付け寄りかかりながら笑っている。俺はなにがなんだか分からず呆然と立ち尽くしてしまう。
「もう、アリアちゃん笑っちゃだめじゃん」
「リラヤが先に笑ったんでしょ?」
2人が興奮して喚声を上げているのが、逆に俺を落ち着かせる。これはおそらくリラヤのいたずらか。
そんなことを思っていると、アリアが笑いを堪えながら謝って来た。
「ごめんねアグリ、少し意地悪しちゃった」
「びっくりした?」
「本当に焦った……」
そう言うとまた笑いだす2人。そんな前で俺は胸をなでおろした。想像通り、リラヤの企てだったようで、アリアに事情を説明したリラヤはそんないたずらを用意したみたいだ。まったく、心臓に悪いからやめてくれ。
しばらくの間、アリアと話していたリラヤ。今日この町に来た目的を忘れている様子だったので声を掛ける。
「リラヤ。そろそろ行こうか」
笑顔で頷いたリラヤは立ち上がってアリアとの会話を終わらせる。
「次はどこに行くの?」
準備するリラヤにアリアは聞いた、まるで姉妹のようだった。
「海! アリアちゃんも行く?」
「私はいいわ。仕事もあるし、邪魔しちゃ悪いしね」
大人な対応だなぁなんて思いながら聞いていた。
準備が出来たリラヤと店を出るとアリアが耳元に口を近づけて来た。
「私、疑ったりしないからね。アグリの事大好きだから。じゃあ、気を付けて」
はっ!!! 何だったんだ今の。何か強烈な衝撃を受けた気がする。
「早く行くよー!」
右手を大きく前に出し、軽い足取りで振り向いたリラヤの声で我に返った。何度好きにならせれば気が済むんだアリアは。
頭を切り替えるようにして、小走りで向かう。
懐かしい。この道は。
「海だ! すごーい!」
いつかの記憶が蘇る中、先を歩くリラヤは海を指さしている。風が海に波を作り出し、町に潮の香りを充満させていた。そんな神秘的な景色を眺めているリラヤは、俺の顔を覗き込むと不思議そうな顔で聞いてくる。
「どうしたの? 大丈夫?」
「え、何か変だった?」
「んー、何か、寂しそうって言うか……。私のせい?」
そんなリラヤに全力で否定した。ただ、不意に思い出してしまったのだ。あの時の思い出を。決して辛い思い出ではない、あの楽しかった事。
海を眺めていると、俺の口は自然に開いていた。誰かに聞いてもらいたかったのだろうか。
「小さい頃、お母さんとここに来たことがあるんだ。同じ道を歩いて、それを思い出しちゃって」
「そうだったんだ、お母さんどんな人だったの?」
大きな波が岩に当たり、白い水しぶきが上がる。その上を名も知らない鳥がたくさん飛んでいた。そんな美しい景色を母ともう一度見たかったと思いながら続ける。
「優しい人だった。一度俺が無茶した時も本気で心配してくれて、怒ってくれた。この海を見に来た時、俺が買ったプレゼントも最後まで大切にしてくれてたみたい」
「良いお母さんだったんだね、私も会いたかったな」
少し歩るきながらリラヤは言う。
「お母さん、今のアグリを見たら驚くよ、きっと」
「そうかな?」
「すごいね、偉いね、良く頑張ってるねって!」
本当にそう思ってくれるだろうか。だとしたら、俺は。
「何? 泣いてるの?」
気付かぬ内に頬を濡らしていた。
「潮が目に入っただけ……」
そんなきつい言い訳をして誤魔化した。でもとてもとっても、嬉しかった。
その後俺たちは、町の至る所を回った。市場に行って食べたいものを食べ、見たいものを見た。俺がリラヤを楽しませようと思い連れてきたのに、いつの間にか俺が楽しませてもらっていると感じた。もしかしたらリラヤにそんな気持ちがあったのかもしれない。
帰る時間になり、2人並んで馬車乗り場に向かっていると、リラヤが買った物の中に手を入れてまさぐり始める。
「歩きながらだと危ないぞ、馬車に乗ってからにしな」
「待って……」
足を止めて俺の前に出して来たのは、一枚の風呂敷だった。照れくさそうに下を向きながら手だけを伸ばしている。
「馬車の中じゃ、少し恥ずかしくて。あげる……」
「良いの?」
風呂敷を受け取り広げてみる。すると紫色に染めてある綺麗な物だった。おそらくこの柄は唯一無二の物なんだろう。不思議な柄をしていた。どんな気持ちでこれを選んだのだろう、そんな事を考えるともっと嬉しい気持ちになった。
「綺麗……。ありがとうリラヤ、大切にするよ!」
「うん!」
歩いているといつものリラヤの顔に戻りニヤニヤしながら言った。
「本当はね、もっといい物をって思ったんだけど、アグリから貰ったお小遣いが少なくてさぁ?」
「はいはい、しっかり働いてくれたらその分出すから」
「やったー!」
夕暮れ時、馬車に揺られているとリラヤは眠っていた。楽しかったんだろう、寝顔も幸せそうだ。俺は鞄の中から貰った風呂敷を取り出し眺める。
「風呂敷か……。似てるのかもな」
呟き、思わず笑みが溺れてしまった。大丈夫、誰も見てない。
「さて、どう使おうかな」
父のようにたくさん使ってもらえるのも嬉しかった。母のように大切にとっておいてもらえるのも嬉しかった。リラヤはどっちが嬉しいかな。そんな事を考えながら馬車に揺られ馬車が止まってからリラヤを起こすのに苦労したのだった。
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