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腹が減っては戦はできヌ  作者: らぴす
第三章:成長期
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「ダリアさん、みんなの分のご飯ここに置いておきますね。冷めないうちに食べさせてください」

「ありがとうございます、アグリさん」


 何人かで卵がゆを湯気を顔に受けながら、部屋の前に運んだ。それから比較的元気な残りの子供たちは、いつも通りみんなで食事をとる事となった。


「なにこれ、美味しい!」

「うん! 塩味は薄いはずなのに、ちゃんと味がある!」


 それもそのはず。魚のアラを使って出汁をとり、おかゆを作った。少し生臭さが残ってしまったもののアルタスに出汁について教えておいたので、今後の食卓レベルは上がる事だろう。これで醤油があれば完璧なのだが……。みんな満足してくれたならそれでもいいか。


 楽しい食事を終えて、リラヤと食器を洗う。


「無理しなくて良いのに、休んでなって」

「大丈夫、食べたら楽になったから」


 明らかに無理しているのは、見れば分かる事だった。ただ、折角やってくれている物を無理にやめさせるのも悪いと主持った。そのため一緒に取り組み、早く終わらせる方が良いだろうと判断した。


「ありがとう、手伝ってくれて」


 そう言ってもリラヤは「うん」と頷くだけだった。それほど体調が優れないのだろうか……。そう思っていると、リラヤが髪を自分の指に巻き付けながら言う。


「明日って、やっぱり無理?」


 リラヤが言うのは、約束していたお出かけの事だとすぐに分かった。元気が無かったのはその事が気がかりだったのだろう。リラヤが落ち込むのを見て少し思案する。


「そうだな。熱がない子たちで行っても良いけど、残った子がかわいそうって思っちゃって。リラヤはどう思う?」

「うん……。そう思う」

「そっか。ならまた今度みんなが元気な時に行こうか」


 リラヤとの会話を終えると、少し落ち込みながら部屋に帰っていく丸い背中を見る。


「んー……」


 リラヤには、我慢ばかりさせてしまっている気がする。俺の心には罪悪感に似たものがあった。それでリラヤに向かって声を出す。


「2人で行くかっ!」


 それを聞いた瞬間リラヤは振り返り声を弾ませた。


「行く!」


 まぁ、この考えに至るのももしかしたらリラヤの思うつぼなのかもしれないとは考えた。だが、今回くらいは付き合ってやろう。


 子供たちが静かになり始めた夜。大体の子は寝たみたいだ。


「もしかして、待っていたんですか?」


 コップを持って椅子に座っていると、少し疲れた様子のダリアさんが台所に入って来た。


「お疲れ様です。お茶、淹れますね」


 立ち上がり、お湯を沸かす。

 コツンと音を立てながら薄暗い部屋で、湯気を立てるコップを置いた。「ありがとうございます」と頭を下げたダリアさんは一息つけたようだ。


「子供たちはどうですか?」

「今日は比較的落ち着いて眠ってくれました」


 ダリアさんによると、子供たちが町の方にまで遊びに行き、そこから風邪が流行ってしまったそうだ。

 「手洗いやうがいを徹底すると良いですね」と初歩的な提案をしながら、今後の対応を聞き、お手伝いを約束した。

 その後、俺はタイミングを見計らって、今回孤児院来た目的の話を始める。大きく息を吐き、誠意を込めて「ダリアさん」と声を掛けると同時に、心臓が激しく鼓動した。嫌われるか、信頼を失ってしまうか。孤児院との築いてきた関係が終わってしまう可能性だってある話だ。


「お願いがあります」


 そう言いながら、長のアリアとアグリの名前だけが書かれたコポーション申請書を机に出した。さらにまだ誰の名前も書かれていない紙も出す。これはルツが学校に通わなくて良いようにするための物だ。白魔女専用の用紙。

 それを無言で見つめるダリアさんは、おそらく俺が何を言い出すかを分かった様子だった。でも俺は話を続ける。


「ダリアさん、俺の作るコポーションに入ってくれませんか。白魔女として……」


 心臓がうるさくなるにつれて、声が震えてしまう。ここが正念場かもしれないと思うと、余計に緊張する。ダリアさんが踏み込んでほしくないと言った事に、俺は今足を踏み入れている。失敗は許されない。

 静けさの中、俺の息を飲む音だけが耳に入った。そんな中ダリアさんはまっすぐ俺の目を見る。あぁ、だめなのかも、そう思った時、ダリアさんの優しい声が聞こえた。


「アグリさんは、いつも子供たちの事を気にかけてくれますよね。それは何故なんですか?」


 それは予想外で、何の関係があるのかも分からない。でもダリアさんの目は真剣で、俺もそれに答えるように口を開く。


「友達に、親の愛情を受けてこなかった子が居たんです。いつしかその子は、自分の事を嫌うようになってしまったんです。自分には価値がないって。その子の人生は悲惨な物でした。親って、何もしなくても子供に影響を与えるんです。俺は父からも母からも愛してもらったから分かります」


 しっかりダリアさんの目を見て言う。


「初めて孤児院に来た時、子供たちがたくさんの愛を受け取っているのを感じました。メリスさんからもダリアさんからも。それに子供たちどうしだって。それは子供たちを見ればすぐ分かりました。それで俺もお手伝いしたいって思ったんです」


 それを聞いたダリアさんは「そうですか」と呟く。その後何かを考えるように唇を固く結んだ。何かを喋るべきか、俺の頭は忙しかった。それでも、ダリアさんはゆっくりと唇の力を緩めていった。


「私からもひとつお願いがあります」

「はい」


 緊張していることが声に出ないように、慎重に声を出した。

 少し間を開けていたダリアさんは、心の中で何かを決めたように空咳をする。


「孤児院を買い取ってもらえませんか!」


 それを聞いた俺はしばらくポカーンと口を開けて、放心状態だった。えーっと、俺が孤児院を買う? 俺が運営するって事だよね。心と頭で自問自答して何とか頭を整理する。

 するとダリアさんは考えている事をひとつずつ話してくれた。白魔女としてコポーションに加入してくれる代わりに、孤児院をコポーション内で運営してほしい事。メリスさんは高齢のため、出来る事がこれから少なくなる事も見据えての事らしい。


「買い取ると言ってもお金は要りません。あくまで、より多くの子供達を救うためです」


 そういうが俺はもう1つ確認しておきたい事があり、聞いてみる。ダリアさんは今、子供の事しか考えていないからだ。ダリアさんの気持ちはどうなんだろうか。あれだけ嫌がっていた魔法使いの事はどうなのだろうか。


「ダリアさんは良いんですか? 白魔女になる事。ダリアさんが嫌なのに無理やりなんて俺は出来ません。孤児院のことならこれからも出来るだけ協力します。大事なのはダリアさんの気持ちです」


 ダリアさんは俯き、頭の中を整理するように間をおいて話し始めた。


「はい、問題ありません」


 念のため聞く。今後のダリアさんのために。


「良かったら教えてもらえませんか? どうして魔法使いを辞めたのか」


 やけに遅く感じる時間が流れ始める。


「私も親から捨てられた身です。しばらく学校だけは行っていたんですが、私にとってそれは辛い物でした。魔法は使えないのに、魔法使いとして学校に行かなくてはいけないからです。それで私は逃げました、逃げてしまったんです。おばあちゃんが居るここに」

「そうだったんですか……」

「でも、ここに私の居場所はありませんでした。国からの圧力もしばらく続きました。おばあちゃんはいつも優しくしてくれましたが、何も成し遂げてれなかった私には。だから良いんです。アグリさんも私の気持なんか気にせず好きに使ってください。子供たちが幸せになってくれれば私なんかどうなったって構いません」


 それなら、俺がやる事はただ1つだ。すぐに答えを出した。


「子供たちはもちろん、ダリアさんの居場所も作る事を約束します!」


 しっかり聞こえるように、良く通る声で伝える。パッと明るくなったダリアさんの顔は、この先ずっと忘れないだろう。


 もう辞められない。逃げられない。後戻りも出来ない。道は前にしかなくなった。子供たちの、ダリアさんの人生を預かった。もう前の自分とはおさらばだ。

 マイ箸で朝食のパンを突いていると、震えている。こんな重い物はこれまで背負った事がない。どっちでも良いとか、なんでもいいとかはもう通用しない。


「緊張してるのか?」


 武者震いと言うのもだろうか。でも大丈夫だ。ルツが言ってくれた。俺は1人じゃない。

 机に置いてあるアリア、アグリ、ダリアの名前が書かれた紙を眺めた。

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