集団生活
「ひとりで大丈夫? 手伝う?」
「ありがとう。でも大丈夫。やってみるよ」
店を出る時、アリアにそう言われた。しかし、アリアを店から離れさせる訳にはいかないし、アリアの手を借りなくてもこのくらい出来なくては、この先何もうまく行かないだろう。やってやるぞと決意を胸に、孤児院への道を歩きだす。今日は、あの人と話すのだ。しかも、触れられたくないであろう事を。
馬車に揺られながら、しばらく頭の中で今後の動きを整理した。と言うのも孤児院に泊まらせてもらうからだ。その目的は、ダリアさんをコポーションに入れる事だ。これが出来なければルツを救う事は出来なくなってしまう。さらに、子供たちを2日に分けて遊びに連れていく事。ずっと前から子供たちと約束したことだった。
予定を立てていると、いつの間にか馬車は止まっていた。目的地のフルトに到着だ。先ほどのクラリネとは違い、除雪が行き届いていない。みんなが歩いた跡の細い道を歩きながら孤児院に向かう。
「これは……、きっつい!」
人通りがある場所は、比較的楽に歩けた。しかし、孤児院の周りは足跡も無く、新雪の上を歩かないといけない状況だった。鞄の中にはアリアから買って来た魔石が入っているため、余計に足が取られて歩きにくい。
額を伝う汗を拭いながら、なんとか孤児院の前まで来る。一度止まると体が冷えるため、急いで玄関に向かった。
「元気だなぁ」
孤児院の敷地内には子供は居ない。ただ、雪を見ればどんな遊びをしたのかくらいは分かる。走り回った跡、雪で壁のような物を作ってあったり、誰かが転がった跡もあった。そんな楽しそうな光景を見ながら孤児院の中に進んでいく。
「アグリお兄ちゃん!」
最初に出迎えてくれたのはサラだった。
「元気だったか?」
「うん!」
サラはすぐに俺の腕にしがみ付き、もう離さないと言っているようだった。サラは先ほどとは表情が変わり、いつもより落ち着いた声で孤児院に起きている異常事態を教えてくれた。
「みんな風邪ひいちゃって大変なの」
「みんな? サラは大丈夫なのか?」
コクリと頷いたサラは不安を露にする。現在、7人が風邪をひいているらしい。さらにそれは2週間前から始まり、連鎖しているようだった。
「次は私かも……」
冬に風邪か……。心配だ。何か出来る事は無いだろうか。
「風邪をひいてるみんなは部屋に居るのか?」
「うん、同じ部屋に居て、入っちゃだめって言われてる」
それを聞いて少し安堵する。すぐに出来る対策は十分だろう。何が原因かは分からないが、流行ってしまったなら仕方がない。感染が落ち着くのを待つしかないだろう。
サラの手を握りながら、建物内を進む。聞いていた通り、いつもの子供たちの声は少ない。俺は、心配ないとの気持ちを込めて、明るい声を出した。
「魔石買って来たから、片付けるの手伝ってくれるか?」
「うん! する!」
ご飯を食べる大きな部屋にはいってから鞄を下し、中から魔石を出す。
「じゃあ、順番に行こうか」
まずは水の魔石を半分ずつ持ち、台所やお風呂場、手や顔を洗う洗面台の魔石置き場に1個または2個置いていく。所定の場所に魔石を置いていきながら、現状をサラに聞いていた。
「あんまり出歩いちゃだめなの?」
廊下を行き来するも子供たちには会えない。自分たちが歩くたび、床が無く音だけが寂しくきしむ。
「熱は下がって治ったけど、まだだるいって子も居るから……」
何の病気かは分からないが、感染力が強いならインフルエンザかもしれない。分かった所で俺には何もできないが……。
無力感を覚えながら、その後も買って来た魔石を各部屋にセットした。
俺はある一室のドアを叩いた。静かな院内に乾いた音が響く。
「待って、今ちょっと手が離せないの」
サラから教えてもらった看病部屋だった。中からダリアさんの声が聞こえる。
「すみません、アグリです。何か足りない物とか必要なものはありますか?」
「アグリさん!?」
忙しく、俺の存在を気付いていなかったようだ。驚いた声の後、ダリアさんのお願いが聞こえた。
「水とタオルを持って来てもらえますか?」
「分かりました!」
「あ、洗濯物が溜まっているので、タオルは洗わないと無いかもしれません。濡らして使うので乾かさなくて大丈夫です」
ダリアさんに返事をして、すぐ準備に取りかかった。
まずは桶に魔石からの水を溜めて、溜まっていたタオルを洗っていく。しばらくすると、サラが近づいてきた。
「持って行っていい?」
「うん、ドアを開けずに声を掛けるだけで良いからね」
サラは「分かった!」と元気に声を上げてゆっくり桶を持ち上げた。
「気を付けてな」
サラの背中を見送った。
さて、タオルを優先的にっと。見ると体調が悪い子たち以外の服も散乱していた。おそらくダリアさんから触るなと言われているのだろう。
「とりあえず、タオルを全部洗ってからにするか」
服や下着が積みあがった中から、タオルだけを引き抜いていく。
孤児院のような集団生活だと、今後もこのような事態が起こる可能性は十分考えられる。そんな時必要なのは人員だが、偏見もある事でそう簡単には見つからないだろう。でも何とかして孤児院の子供達にも、ダリアさんにも楽しく生活してほしい。どうするべきか、何かいい対策があればいいが。
「何してるのー?」
洗濯をしながら考えていると、ひしゃげた声が後ろから聞こえた。イリヤだ。
「タオルを洗ってるんだけど……。イリヤの体調は大丈夫か?」
「うん、熱はない。でも本調子じゃないかな……。ふわふわする」
「終わったらご飯作るから寝てな」
そう言うとイリヤは「分かったー」と言って、ふらふらと自分の部屋に戻っていった。おかゆでも作ってやるか……。
「ダリアさん、追加のタオル置いておきますね!」
「ありがとうございます、アグリさん。助かります」
部屋の前には、サラが先に持って行ったタオルはもうなかった。
声を聞くに少し落ち着いた様子で安心した。ダリアさんにご飯を作ると伝え、卵を買いに出た。
「アルタス、君は大丈夫なのか?」
「はい、俺は風邪ひかないので」
買い物に付いてきたのは、孤児院最年長の男の子、アルタスだ。手伝ってくれるそうで助かる。
「すみません、せっかく来てくださったのにバタバタしてて」
「アルタスが謝る事じゃないよ」
アルタスは責任感が強く、孤児院への想いも強い。アルタスもきっと、何か自分に出来る事を探しているのだろう。
2人で市場に行き、卵をあるだけ購入した。
「こんなに良いんですか? いつもは半分こしているのに」
「こんな時ぐらい食べないと、治るものも治らないよ」
卵を抱えて孤児院に向かって歩く。するとアルタスは足を止めて意を決したように言う。
「アグリさん、話があるんです」
「話?」
俺が振り向くと、アルタスは軽く唇を噛んでいる。それから俺の目をまっすぐ見た。
「俺、今仕事を探していて。でも誰も雇ってくれなくて……」
孤児院の存在を知った時、そのことは聞いていた。偏見の為だ。真面目でみんなの世話もするアルタスでも雇ってくれないとは…。
「何とかして院に恩返しがしたいんです」
そう語るアルタスの目は本気だった。まっすぐと俺を見た。
「俺に仕事をください!」
俺とアルタスの間に冷たい風が吹き、雪が舞い上がる。俺はそんな隙間を埋めるようにアルタスに近づき、肩に手を置く。
「今、コポーションを作ろうとしているんだ。手伝ってくれる?」
そう笑顔でアルタスに伝えると、嬉しそうに頭を下げてきた。
「よろしくお願いします!」
孤児院にて想定外の事はあったが、従業員を確保出来た。他にも募れば来てくれるかもしれない。
「帰ってご飯作るか!」
「手伝います」
そうして俺たちは孤児院に戻り、晩ご飯の準備を始めた。今日は食べやすく、温まるものを作ってやろう。
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