二人だけの
「ここからだな」
ルツを学校に送り父と別れた後、役所でコポーションの申請書と関連資料をフィンから受け取った。それを大事に抱えながら向かった先は、冒険者食堂。ある人と待ち合わせだ。俺は、店の入り口で、大きく息を吐いた。
常に国を守ってくれている冒険者、そこは異様な雰囲気で満ちている。看板を横目に中へと進むと、中は熱気と汗とアルコールの匂いが漂っている。働き者の匂いだった。いつも見えない所で働いてくれてありがとうございます、なんてお礼をしながらあの人を探し歩いた。
「居ないのかな。まだ来てないのか?」
くまなく探しているつもりなんだが見つからない。あちらこちらにある座席には、30人ほどの人が食べたり飲んだりしている。
待つかとその辺の開いている椅子に腰かけた。
「あ、居た」
「おいっ!」
テーブルを挟み向こう側に居たのは、わざわざ時間を作ってもらったシャウラさんだ。小さくて見えなかった事は黙っておこう。
「なにこれ、美味しい!」
シャウラさんが注文してくれた、体が温まる飲み物を一口喉に通した。何だか体がポカポカして来る。黄色っぽい透き通った見た目の飲み物、これなんだっけ。名前がパッと出てこない。
「冬にはこれが一番暖まる」
この辺りでは作られていないそうで、お隣の国から入ってくる物らしい。
そんな心に沁みる物を飲んでいると、シャウラさんが痺れを切らして言った。
「で、なんで俺をここに呼んだんだ」
そうだったと俺は一度咳ばらいをして呼吸を整える。どこから話せばいいかと考えたが、シャウラさんには小細工や交渉なんて面倒くさいと思うタイプだろう。単刀直入に伝える。
「シャウラさんの母校、魔法訓練学校で働き且つ、俺の妹の味方になってほしいんです!」
「無理、帰る」
即答して席を立つシャウラさん、何とか話だけでもと引き留めた。簡潔に妹が置かれている状況と、学校の求人を見せた。
「俺から正式な依頼としてお願いしたい」
「依頼と言う事は、報酬が出るのか?」
俺は自信を持って頷いた。
「この求人に載っている物はもちろん、追加で」
そう言いながら俺は、3本の指を立てた。するとシャウラはテーブルに身を乗り上げ、俺の手の小指と親指を動かし、5にした。
「さ、さすがにこれは……」
「へぇ、お前の妹を救いたい気持ちはそんなもんだったのか。そうかそうか」
「分かった! 乗った!」
「良いだろう、期間は」
「1年!」
そんなこんなで話が進み、シャウラさんが学校での味方になってくれる事が確定した。これで安心だ。
その後もある程度の予定を詰め、今日の会議は終了した。
「ちなみに……、俺のコポーションに入る事は?」
「絶対無理」
「ですよね……」
そんなダメージが大きい言葉を受けたが、これからもシャウラさんとは良好な関係であれそうだ。
アリアにこの事を報告するため、シャウラさんに後は任せて店を出る。
「よし、出来る! 出来るぞ!」
道中そう呟きながら、大きな歩幅で飛び歩いた。調子に乗ってすっ転んだのは誰も見ていないはずだ。
「どうせお金でお願いしたんでしょ」
「何で分かるの」
「アグリの事も、あの子の事も良く知っているからよ」
ため息をついたアリアは頭を抱える。アリアもシャウラさんと会ったら話してくれるそうだ。アリアは「それよりも」と少し怒り気味で言ってきた。
「ひとつお願い。これからは大きなお金を使う時は相談して! 」
そう言いながらアリアは少し顔を赤くした。何で照れた様子なのかと気になっていたのだが、次の言葉で分かった。
「もう、ひとりじゃないんだから。――ねっ?」
「うん……」
そんなアリアが可愛く、愛おしく感じ、俺も照れくさくなってしまう。そんなこそばゆい時間を切り替えるように、持っていた資料をアリアの前に差し出した。
「申請書ね?」
「うん、最初はアリアの名前が良くて」
「何それ」
ふふっと頬を上げて笑うアリア。アリアの笑顔、ずっと見られると良いな。
「で、どこに何を書けばいい?」
書類を眺めるアリアに、記入の説明をする。うんうんと相槌を打っているとあるところで、アリアから苦言が漏れた。
「えぇ、私が長なの?」
俺が作るコポーションの長、いわゆる社長はアリアにお願いしたいと俺は思っていた。しかしアリアはそのつもりが無かったらしい。「どうしてなの?」と勝手に決めていた俺を責める事なく理由を聞いてくる。
「ごめん……。商品販売の拠点はここになる予定だし、そのほうが都合が良いと思って」
「なるほどね」
「それに……年齢が……」
フィンの説明によれば、長を務める事の出来る年齢が決められているのだった。
「満15歳」
そう伝えるとアリアは「仕方ないわね」と了承してくれた。俺が15になったら交代することを約束して、アリアにお願いすることが決定した。ただアリアに負担はかけたくないため、長の仕事はしっかりするつもりだ。確定申告以外は……。
アリアは書く物を理解し、ペンを手に取るのかと思いきや、指を紙に向かって立てた。
「何するの?」
「まぁ、見てなさい」
すると流れるようにすらすらと、アリアのサインが紙に印字されていった。どうゆう仕組みなのかと理解に苦しむ。目を見張るような光景を目にしたのだ。
「最初に習う魔法によるサインよ」
「すごい!」
「魔法使いは全員これが出来るの。逆に言えば魔法使い以外は出来ない」
「もしかして、これが魔法使いである証明になるって事?」
書類には魔法使いが名前を書く欄はいくつかあったが、そこには魔法使いであると証明できるような場所は無かった。そのため、誰でも書こうと思えば書けるので不思議に思っていた。アリアは「その通り」と頷いた。
「これで完成っと」
アリアが書いた後に、俺も名前を記入した。これで2人だけのコポーションが完成。なんて心の中で思っていると、アリアが迷っていることを投げかけてきた。
「それはそうとアグリ。今の畑と売り場だけじゃ実績上げられないんじゃない?」
そう、その通りだった。この件は俺がどう努力しても作る量には限界があり、売り上げだってその分しか上がらない。
「うん、だから今度、村の寄り合いで協力してくれる人が居ないか聞いてみるつもり」
「そう、頑張ってね!」
やる事は尽きない。これからも忙しい日が続くだろう。体調管理もしないと。
さて、次もまた新たな壁が待っている。こちらも失敗すれば、ルツを救えなくなってしまうだろう。白魔女の話を持ち掛けたらどんな反応を示すのだろうか。あの人は、あまり触れられたくないと思っているだろうし。何とかいい結果が出る事を祈る。
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