大丈夫!!!
時より風が家を揺らしてきた。そんな風に乗って激しく雪が降っている。春よ来いと、強制的に呼びたくなるような、痺れる寒さだ。そんな中、俺とルツは明日の準備を始めていた。
「お兄ちゃん、これもっと欲しい」
ルツがロイスさんにメンテナンスしてもらった制服をハンガーに掛けながら言った。この世界には洗濯物や洋服を、引っ掛けるか畳むか挟むかしか選択肢がなく、ハンガーが無くて少し不便だった。それでリユンに頼み仕事の少ない冬に作ってもらった。皆からも評判が良く、ルツもこの通りだ。
「また用意しておくよ」
軽い返事をしながら、ルツの忘れ物が無いかをチェックしていく。
あっという間に終わりを告げようとしている冬休みに、寂しさを感じる。正直、今は学校に不信感しか抱いていない。父もきっとそうだろう。俺たちの前では、それほどいじめを話題に出すことはこれまでなかった。ただ、作戦会議以降、俺とその事について話したり、アリアの店に行く時は必ず付いて来て現状を報告したりと、いつもは見る事のない父の一面が垣間見える。最愛の娘が、そんな状況の学校へ平気で送り出せるほうが難しいだろう。なんとしても父と力を合わせて対処しなくてはならない。
コンッ。コンッ。
何時くらいだろうか。深い眠りに就いていると、ドアを叩かれた音が聞こえた。目を少し開けて外を見る。寝る前まで感じていた風の存在は消え、静寂の夜になっている。明らかに起きるには早すぎると体が言っている。そんな言い訳を頭の中で並べながら寝返りを打った瞬間、またドアが叩かれる。今度は目を閉じたまま「はい……」とかすれた声を出す。するとすぐにドアが開かれた。
「お兄ちゃん……」
ルツだった。寝ているすぐ横に来ると、一言だけ小さく呟いた。
「寝られない……」
どんな顔をしているのか。どんな気持ちなのか。俺には理解できなかったが、ルツの心にはまだ抜けていない棘があるのは考えなくても分かる。この時間までひとり、孤独に耐えていたのだろう。
ルツの頭を撫で、起き上がった。体全体に力を入れて背伸びをし、自分で自分を叩き起こす。その棘を今すぐに抜いてやる事は出来ないが、俺に出来ない事がゼロである訳でもない。
「よしっ! 行くか!」
「行く……って?」
俺はベッドから立ち上がり灯りを手に取った。俺の言葉が予想外だったのか、驚きを隠せない顔が見える。
部屋から静かに出て、ルツに厚着をさせた。それから、小さな魔石だけを持って外に飛び出した。
「えっ、ちょっとお兄ちゃん!」
「寝られないんだろ? 寝なくて良いじゃん!」
ルツの手を引いてサラサラの雪の上を走る。冬休み最後の思い出は、悪い夜遊びで終わらしてやろう!
強風と共に降っていた雪も治まり、カラッと乾燥した空気が鼻の奥から喉まで冷やす。首元や足元は冷たい空気がまとわりつく。しかしそれが走っている俺達には気持ち良かった。次第にルツの顔にも笑顔が見え、自ら足を前へ前へと踏み出していく。良かった、笑顔のルツが一番美しい!
「わぁぁぁ! 綺麗!」
どこまで来たのかも良く分からないが、見上げると満天の星が広がっていた。白、黄色、赤、青。大きさも、光の強さも、場所も違う星たちが、まるで俺たちを待っ……。
「見て、お兄ちゃん! 私たちを待ってたみたい!」
「そ、そうだな」
「何? 何で笑うの?」
「俺も同じこと考えてた」
ルツと目が合い、大笑いする。白い息が天へと消えていき、俺たちの一部も星と共に輝いた。こんな夜もたまには良いだろう。日が昇れば、寝なくても良い明日が来るのだから。
そろそろ帰るかと呟き、来た道を歩く。家に近づき、こっそり戻ろうと話していると、灯りが見えた。それに照らせれ、大きな影が出来ている。俺たちは顔を見合わせる。
「バレてる……」
「えぇー! お兄ちゃんが行こうって言ったんだからね!?」
「分かってるって」
その後言い訳を考えながら家に近づくと、父はすぐに俺たちに気づいた。ホッとしたような表情を見せた父。
「まったくお前たちは」
コツンと俺の頭に拳を当てた。「早く寝ろよ」それだけを言いながら俺たちを部屋に入れた。怒られる事はなかった。不思議そうなルツ。
実はバレてしまった時用に、置手紙を書いておいたのだ。バレないのが一番だったが仕方がない。
今日はとても良い夜だった。その日、俺たちはぐっすりと眠る事が出来た。
冬の青空は地上が白いからか、余計に明るく澄み渡って見える。馬車に揺られて何時間経ったのだろうか。晴れ間で溶けた雪が道を悪くし、進むのが遅い。
「大丈夫だよ、学校お昼からだから」
焦っていたのが分かったのかルツは俺にそう言った。ありがたい事に冬休み終わりはいつもの事らしい。実家に帰る生徒への配慮だろう。そんなことを妹と話している中、チラリと父を見ると腕と足を組み、目を閉じている。寝ているのか、シャーロット先生と会う前のイメージトレーニングをしているのか分からないが、ルツとクスクス笑った。父の隣に座っている同じ村のおじさんが眠っていて、父の肩を借りていたからだ。
時間は過ぎ、無事に馬車は俺たちを目的地へと運んでくれた。
町の中は冷たい海の風を受けているが、屋台やテントのお店に人が立っていた。お昼前との事もあり、食べ物が売っている店には人が多い。そんな中を俺たちはルツの手を握りながら学校への道を歩く。もう何度も歩いた道だが、今日は妙な緊張感に包まれているせいか、誰も話さない。
学校の屋根が見えてきて、一歩進むごとに大きくなる。思わずルツの手をぎゅっと握ってしまう。正直、離れたくない。離したくない。ルツをこのまま連れて帰りたい。
「ルツ……」
俺が重い空気に耐えられず、口を開こうとすると、ルツが大きな声で言った。
「お父さん! お兄ちゃん!」
手を離したルツは3歩大きく進み、スカートを膨らませながらくるっと振り返った。
「信じて! 大丈夫だよ!!!」
ルツのその言葉と笑顔は、帰って来た時の物とは違った。本当に大丈夫な物に見えた。
「ありがとう!」
白い歯を見せ、にっと笑ったルツの心は晴れているのだろうか。現状は何も変わっていない。変えられるのかも分からない。それでもルツは、安心感に満ちていた。そんなルツの信頼を笑顔を、守らない家族がどこに居る!!!
学校の前、父とルツとはここでお別れだ。ルツの前に行き、強く抱きしめ耳元で言う。
「待ってて、お兄ちゃんのこと」
ルツはひとりじゃないよと言おうとした時、ルツはこんな事を言った。
「私ね、もうひとりじゃないって分かった。でもお兄ちゃんだってひとりじゃないんだからね」
その言葉はどんな意図があるのか分からなかった。でもその瞬間みんなの顔が頭に浮かび、胸を張ってルツを送り出した。
ルツと父の背中を目で追う。ルツの目には父とルツの姿しか写っていなかっただろう。しかし、もしかしたら俺が見えないだけで、みんながルツの背中を支えていたのが分かったのかもしれない。
ルツに勇気を与えるつもりが、逆に勇気を貰ってしまったのだった。
「頑張らんとな!!!」
気合を入れて歩きだす。父も頑張ってくれることだろう。
「おじちゃん! この肉2本ちょうだい!」
屋台で買った謎の肉をかじりながら一歩、また一歩と踏み出した。
Next:二人だけの




