表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
腹が減っては戦はできヌ  作者: らぴす
第三章:成長期
72/187

大丈夫!!!

 時より風が家を揺らしてきた。そんな風に乗って激しく雪が降っている。春よ来いと、強制的に呼びたくなるような、痺れる寒さだ。そんな中、俺とルツは明日の準備を始めていた。


「お兄ちゃん、これもっと欲しい」


 ルツがロイスさんにメンテナンスしてもらった制服をハンガーに掛けながら言った。この世界には洗濯物や洋服を、引っ掛けるか畳むか挟むかしか選択肢がなく、ハンガーが無くて少し不便だった。それでリユンに頼み仕事の少ない冬に作ってもらった。皆からも評判が良く、ルツもこの通りだ。


「また用意しておくよ」


 軽い返事をしながら、ルツの忘れ物が無いかをチェックしていく。

 あっという間に終わりを告げようとしている冬休みに、寂しさを感じる。正直、今は学校に不信感しか抱いていない。父もきっとそうだろう。俺たちの前では、それほどいじめを話題に出すことはこれまでなかった。ただ、作戦会議以降、俺とその事について話したり、アリアの店に行く時は必ず付いて来て現状を報告したりと、いつもは見る事のない父の一面が垣間見える。最愛の娘が、そんな状況の学校へ平気で送り出せるほうが難しいだろう。なんとしても父と力を合わせて対処しなくてはならない。



 コンッ。コンッ。


 何時くらいだろうか。深い眠りに就いていると、ドアを叩かれた音が聞こえた。目を少し開けて外を見る。寝る前まで感じていた風の存在は消え、静寂の夜になっている。明らかに起きるには早すぎると体が言っている。そんな言い訳を頭の中で並べながら寝返りを打った瞬間、またドアが叩かれる。今度は目を閉じたまま「はい……」とかすれた声を出す。するとすぐにドアが開かれた。


「お兄ちゃん……」


 ルツだった。寝ているすぐ横に来ると、一言だけ小さく呟いた。


「寝られない……」


 どんな顔をしているのか。どんな気持ちなのか。俺には理解できなかったが、ルツの心にはまだ抜けていない棘があるのは考えなくても分かる。この時間までひとり、孤独に耐えていたのだろう。

 ルツの頭を撫で、起き上がった。体全体に力を入れて背伸びをし、自分で自分を叩き起こす。その棘を今すぐに抜いてやる事は出来ないが、俺に出来ない事がゼロである訳でもない。


「よしっ! 行くか!」

「行く……って?」


 俺はベッドから立ち上がり灯りを手に取った。俺の言葉が予想外だったのか、驚きを隠せない顔が見える。

 部屋から静かに出て、ルツに厚着をさせた。それから、小さな魔石だけを持って外に飛び出した。


「えっ、ちょっとお兄ちゃん!」

「寝られないんだろ? 寝なくて良いじゃん!」


 ルツの手を引いてサラサラの雪の上を走る。冬休み最後の思い出は、悪い夜遊びで終わらしてやろう!

 強風と共に降っていた雪も治まり、カラッと乾燥した空気が鼻の奥から喉まで冷やす。首元や足元は冷たい空気がまとわりつく。しかしそれが走っている俺達には気持ち良かった。次第にルツの顔にも笑顔が見え、自ら足を前へ前へと踏み出していく。良かった、笑顔のルツが一番美しい!


「わぁぁぁ! 綺麗!」


 どこまで来たのかも良く分からないが、見上げると満天の星が広がっていた。白、黄色、赤、青。大きさも、光の強さも、場所も違う星たちが、まるで俺たちを待っ……。


「見て、お兄ちゃん! 私たちを待ってたみたい!」

「そ、そうだな」

「何? 何で笑うの?」

「俺も同じこと考えてた」


 ルツと目が合い、大笑いする。白い息が天へと消えていき、俺たちの一部も星と共に輝いた。こんな夜もたまには良いだろう。日が昇れば、寝なくても良い明日が来るのだから。


 そろそろ帰るかと呟き、来た道を歩く。家に近づき、こっそり戻ろうと話していると、灯りが見えた。それに照らせれ、大きな影が出来ている。俺たちは顔を見合わせる。


「バレてる……」

「えぇー! お兄ちゃんが行こうって言ったんだからね!?」

「分かってるって」


 その後言い訳を考えながら家に近づくと、父はすぐに俺たちに気づいた。ホッとしたような表情を見せた父。


「まったくお前たちは」


 コツンと俺の頭に拳を当てた。「早く寝ろよ」それだけを言いながら俺たちを部屋に入れた。怒られる事はなかった。不思議そうなルツ。

 実はバレてしまった時用に、置手紙を書いておいたのだ。バレないのが一番だったが仕方がない。


 今日はとても良い夜だった。その日、俺たちはぐっすりと眠る事が出来た。


 冬の青空は地上が白いからか、余計に明るく澄み渡って見える。馬車に揺られて何時間経ったのだろうか。晴れ間で溶けた雪が道を悪くし、進むのが遅い。


「大丈夫だよ、学校お昼からだから」


 焦っていたのが分かったのかルツは俺にそう言った。ありがたい事に冬休み終わりはいつもの事らしい。実家に帰る生徒への配慮だろう。そんなことを妹と話している中、チラリと父を見ると腕と足を組み、目を閉じている。寝ているのか、シャーロット先生と会う前のイメージトレーニングをしているのか分からないが、ルツとクスクス笑った。父の隣に座っている同じ村のおじさんが眠っていて、父の肩を借りていたからだ。


 時間は過ぎ、無事に馬車は俺たちを目的地へと運んでくれた。

 町の中は冷たい海の風を受けているが、屋台やテントのお店に人が立っていた。お昼前との事もあり、食べ物が売っている店には人が多い。そんな中を俺たちはルツの手を握りながら学校への道を歩く。もう何度も歩いた道だが、今日は妙な緊張感に包まれているせいか、誰も話さない。


 学校の屋根が見えてきて、一歩進むごとに大きくなる。思わずルツの手をぎゅっと握ってしまう。正直、離れたくない。離したくない。ルツをこのまま連れて帰りたい。


「ルツ……」


 俺が重い空気に耐えられず、口を開こうとすると、ルツが大きな声で言った。


「お父さん! お兄ちゃん!」


 手を離したルツは3歩大きく進み、スカートを膨らませながらくるっと振り返った。


「信じて! 大丈夫だよ!!!」


 ルツのその言葉と笑顔は、帰って来た時の物とは違った。本当に大丈夫な物に見えた。


「ありがとう!」


 白い歯を見せ、にっと笑ったルツの心は晴れているのだろうか。現状は何も変わっていない。変えられるのかも分からない。それでもルツは、安心感に満ちていた。そんなルツの信頼を笑顔を、守らない家族がどこに居る!!!

 学校の前、父とルツとはここでお別れだ。ルツの前に行き、強く抱きしめ耳元で言う。


「待ってて、お兄ちゃんのこと」


 ルツはひとりじゃないよと言おうとした時、ルツはこんな事を言った。


「私ね、もうひとりじゃないって分かった。でもお兄ちゃんだってひとりじゃないんだからね」


 その言葉はどんな意図があるのか分からなかった。でもその瞬間みんなの顔が頭に浮かび、胸を張ってルツを送り出した。

 ルツと父の背中を目で追う。ルツの目には父とルツの姿しか写っていなかっただろう。しかし、もしかしたら俺が見えないだけで、みんながルツの背中を支えていたのが分かったのかもしれない。

 ルツに勇気を与えるつもりが、逆に勇気を貰ってしまったのだった。


「頑張らんとな!!!」


 気合を入れて歩きだす。父も頑張ってくれることだろう。




「おじちゃん! この肉2本ちょうだい!」


 屋台で買った謎の肉をかじりながら一歩、また一歩と踏み出した。

Next:二人だけの

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ