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腹が減っては戦はできヌ  作者: らぴす
第二章:少年期
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苦しい一夜

「おやすみ、アグリ」

「うん、おやすみ」


 光の魔石に触れて、すべての灯りを消した。見えないアリアの姿を見送って、ルツの部屋に入る。

 先に部屋へと入っていったルツは、すでにベッドの中だった。声をかけると「起きてる」と返事があった。


「電……。――灯り消すよ?」

「うん」


 灯りを消し、毛布には入らずベッドに寄りかかるように腰掛けた。自分を落ち着かせるように、天井を見上げて深く呼吸する。


「入らないの?」

「少し話したくて」

「そっか。私も……」


 何かを言いかけて止めた事は分かった。しかし無理に聞くことはしなかった。ただ、俺自身何を話せばいいのか分からなかったので、無難に今日の話をすることにした。


「今日、楽しかったか?」

「うん、楽しかった」

「良かった、計画した甲斐があったよ」

「ありがとう。いろいろ考えてくれて」


 するとルツは嬉しそうに言う。


「アリアお姉ちゃん、本当にお姉ちゃんになるんだね」

「嬉しい?」

「うん、とっても!」


 しばらく会話が止まる。意識すればするほど言葉が出てこなくなってしまう。何を言ってやればいいのか、どんな言葉がルツの心を開くのか俺には分からなかった。それでも、俺はルツに対して思っていることを素直に話すと決めていた。


「俺、ルツが生まれた時、近くで苦しむお母さんを見てたんだ」

「そうなの?」

「あぁ。無事に産まれてきたルツを見て感動した。多分泣いてた」

「なにそれ、お兄ちゃん何も関係ないじゃん」


 そうかもと2人で笑う。ルツは「私も覚えてるよ」と産まれてきた時の事を話してくれた。


「覚えてるの?」

「んー、たぶん。なんとなくだけど、お母さんの顔覚えてるんだ」

「どんなだった?」

「なんか、安心できる笑顔だった!」


 俺はほとんど覚えてはいないが、言われてみればそうだった気がする。俺も母の胸の中は安心でき、この家族なら大丈夫だ、そう感じたのは覚えている。母は優しかった、温かかった。俺は何か見習えているだろうか。


「ルツ、俺」


 新たな一歩を踏み出すことをルツに伝える。


「コポーション、作るよ」

「え!? 本当に!?」


 ルツに向かって「うん」と笑顔で頷くと、驚いて起き上がっていたのか、嬉しそうに後ろから抱きついてきた。


「大変って聞いたけど」

「大変……かもな。でもな」


 本当に大変なのは、ルツを俺のコポーションに入れる事だ。そのためには。


「俺はルツを助けたくて、コポーションを作ろうと思ってる」

「私の……ため…?」


 俯いたルツに、俺は入学した時にアリアが用意してくれた物の説明を含め、ずっと心配していたと伝えた。


「そうだったんだ」

「最初見た時、元気だったから大丈夫そうって思ったんだけど、やっぱり心配で……」


 正直に伝えると「そっか」と小さな声で呟いた。するとルツはベッドから立ち上がり、俺の隣に座った。ふぅと息を吐いき謝ってきた。


「ごめんなさい、心配かけちゃって……」


 ルツの声はまだ小さいままだ。


「ルツは何も悪くないよ。謝らなくていい」

「うん」


 暗い部屋の中、ルツの目をしっかり見ながら問いかけた。


「ルツの気持ちを知りたいと思ってるんだ。俺はどうしたらルツの助けになれるかな?」



 数分。いや、10分ほどか。静かな時間が流れた。ルツの呼吸が聞こえた時、ルツはゆっくりと、言葉を選びながら話し始めてくれた。


「入学の時、代表で挨拶したでしょ?」

「あぁ、たくさん練習したのを覚えてるよ」


 聞けばその挨拶は大成功に終わった。でもそれが、歯車を狂わせたようだ。ルツが通う訓練学校には、政治に関わる人の子供も学年問わず居るそうだ。その子たちは、時に先生をも動かしてしまうほどの力を持っていて、生徒の中でも、敬意を示す必要があるらしい。


「そんな子も居るのか」


 もしかしたらブロードさんが言ってた、親が結婚相手を選ぶのは魔法使いも関係しているとしたら。想像だが、魔法使いは国にとって大きな利益となるのだろう。可能かどうなのかは知らないが、魔法使いが生まれやすくなんて事もあるのかもしれない。


「昔からアリアちゃんに優秀だって言われてきたけど、学校行くまで実際はどうなのか分からなくて」

「周りに魔法使いが居たわけじゃないからな」

「うん、それで実技の授業で初めて分かったの。私が異常だって事」


 そこまで言うほどかとも思ったが、聞くとルツの魔力はアリアが言うように、他の生徒とは2つも3つも上をいっていたそうだ。

 基本中の基本、魔力を魔石に込める練習の時。普通10はかかるそうだが、ルツは2分で終わらせたとの事だった。さらに、オリジナル魔法の生成や、共同魔法、共有魔法と言った才にも恵まれているらしく、どんどんと目を付けられていったとルツは言う。


 オリジナル魔法や何ちゃら魔法の事は良く分からないが、ルツの魔法の才能は、魔力量だけでなく、魔法を使うセンスまでも兼ね備えていたらしい。


「田舎の小さな村から出てきた私だから。余計に目立っちゃって。いつの間にか、学校に居場所が無いように感じて」


 ルツにちょっかいをかける人にも、親のメンツや、親の期待にプレッシャーも感じるのだろうと思った。だが、そんなのルツには関係ない事のはずだ。

 しばらく話を聞きながら、冷えてきた体に毛布をかける。毛布に包まれた俺はルツが少し震えているのを感じた。それは寒さだけの物ではないようだ。俺は勇気が出るよう、ぐっとルツの肩を抱き寄せた。


「それでね。最初は、最初はさ……」


 涙がひとつ、またひとつと床に落ちる音がした。「大丈夫ゆっくりでいい」そう言うと、涙と共にルツの閉まっていた心から、言葉が零れ出る。


「最初は、友達だったの。友達になろうって。1人で心細かったから嬉しくて……。でも違った」


 ルツは、ある日の実技授業の事を話してくれた。二人一組で行われ、自分の中にある魔力を具現化し、もう1人が魔法で打ち消す授業だそう。想像通りの魔法コントロールと、魔法の弱点などを学ぶために行われる。


「私が組んだペアの子は偉い人の子供らしくてね。私、その子が出した魔法は火だったから、水魔法を使ったの。その子の魔法に当てるつもりだった」

「つもり?」

「私が悪いの……。操作を間違えて、その子に」


 魔力による火は、何か物が燃えているわけではない。それで、込めた魔力が消えるまで、またはその魔力以上の魔力を用意し相殺する必要があるそうだ。そのため、ルツの魔法を食らったその子は、大きな怪我を負ったそうだ。

 話だけ聞けば、ルツのミスと受け取れるが、ルツは何かがおかしいと訴えかけてきた。


「救護に運ばれたんだけど、次の授業には出てたの! 私が言うのも変だけど、あれだけの魔法を受けたらただじゃ済まないと思う」

「俺、魔法の事良く分からないから教えてほしいんだけど。魔法で治癒をしたんじゃないのか?」

「そうなんだけど。お母さんが居なくなった時もそうだったけど、治癒魔法には治癒される側にも負担がかかるの」

「そうか、いくら怪我が治っても体力が回復しないとって事か」

「そう。大けがならなおさら、時間を開けて直すこともある」


 明らかに変だ。違和感を強く感じた。おそらく考えられるのは、自作自演。協力者も居るだろう。この事はアリアにも話してみれば確証に変わるだろう。


 それからルツの学校生活は、地獄だった。

 寮の部屋は荒らされ、持ち物もすべて灰になった。学校で起こるちょっとしたトラブルは、すべてルツが犯人と断定され、事件は誇張された物に変わる。魔法の使用も驚嘆に制限され、授業はもちろん寮生活、自分を守る事さえも出来なくなった。親に言わないと理由を付け、お金を出せとも言われていたそうだ。ルツがみんなにノートを配っていたのはそれだろう。さらに、あの事件が起こった際、すぐに助けを求める手紙を父と俺、それにアリアにも書いたそうだ。しかしそんな手紙は。


「届いてない……」

「だよね」


 ルツは肩を落とす。

 俺たちにそんな手紙が来れば、すぐに行動に移したことだろう。幸い友達の魔法使いも、力になってくれる冒険者も、ブロードさんだっている。すぐに助ける事が出来るはずだ。確実に何者かが妨害しているに違いない。

 ルツは手紙も届かないことから、家族に迷惑が掛かると考え、相談できずにいたと話してくれた。


 俺は心の中で怒りを必死で抑え付ける。気付けば自分の太ももを力いっぱい握りしめていた。なぜどこの世界もいじめを隠す! なぜ誰も間違っていると言わないんだ! どんな理由や背景があろうと、小さい子供が苦しみ、悩み、他人の事を心配し抱え込むなんて事はあってはならないのに! 「くそっ」と吐き捨てる。


「ルツ」

「はい」

「――話してくれてありがとう」


 いつの間にか暗闇に目が慣れて、ルツの顔がくっきり見えるようになっていた。驚いたように俺を見ている。


「ルツは何も悪くない、間違っていない」

「でも、お父さんとお兄ちゃんが働いたお金、勝手に……」

「ルツ、疑うまでもなく悪いのは相手だ」


 「ありがとう」と呟いたルツは、ベッドに寄りかかった。すべてを話したルツは、気持ちが軽くなったのか落ち着きを取り戻したように見える。なんと声を掛けたらいいのか悩んだが、ひとまず俺はルツにこう提案した。


「夜も遅くなったな、そろそろ寝ようか」


 するとコクリと頷き、立ち上がった。横なった俺たちは毛布をかけて目を瞑る。


「お兄ちゃん……」

「ん?」

「お願いがあるの」


 ルツがそう言ったのでルツの方を見ると、背を向けていた。顔は見えないが、何かを言いたいと思っている事は分かった。俺はルツの声に耳を澄ます。


「私、魔法使いに生まれた事を憎んだ。なりたくて魔法使いになった訳じゃない。普通の女の子として家族みんなで暮らしたかった」


 その言葉に俺は衝撃を受けた。なぜなら初めてルツが、母を否定したのだ。それを言わせてしまうほど、ルツは追い込まれていたんだ。


「だから……」


「助けて……!!!」

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