雪遊び
しばらく雪が降り続き、村全体は銀世界になっていた。雪の表面は光を反射して、目を楽しめせてくれる。
朝起きると、冷たい空気に混ざったご飯の良い匂いに気付いた。光が目に入り外を見ると、雪が凍り家の壁を厚くしている。
「この世界の布団は、恋しくはないな」
そう呟いてベッドを降りた。布団をかぶっていてもそれほど暖かくはないのだ。部屋を出るとすでに2人が朝食の準備を終えて机に並べている。「おはよう」と言って、顔を洗いに向かった。
「うぅー、冷たい!」
魔石の水は年中冷たい。米作りの懸念点のひとつと言えるだろう。夏はありがたいが、冬はちょっと大変な思いをしている。アリアに毎回温めてもらいたい、毎朝思ってしまう。
父が俺のまだ眠そうな顔を見ながら言って来た。
「今日は寝坊か?」
「昨日の疲れが残ってるみたい……」
「お兄ちゃん、小屋がーって走って行ったもんね」
ルツがクスクスと笑った。
一昨日から降り続いた雪によって、屋根には1メートル程積もったのだ。小さく古い小屋に危険を感じ、屋根雪下ろしをした。その疲れもあってか今日は起きるのが遅くなってしまったのだ。
ただ、昨日の作業で雪囲いをして良かったと実感できた。結果的に、何とかこの冬も越えられそうと安心感を得られる事となった。
前の世界で言うと新年になった。本格的な仕事が雪によってできない数日が経った頃。みんなで遊ぶ約束をした日がやって来た。
「みんな集まったな!」
家の前に来たのは、俺の隣にルツ、そしていつもの3人にローラだ。みんな厚着をして手袋にマフラーをしている。それに比べ俺はいつもの服に、貰った大切な手袋を付けているだけだ。みんなから寒くないのか聞かれるが、まぁ後から分かると鼻を高くした。
みんなにソリを見せると、ロットは早速乗り込みお気に召した様子だ。そんなロットを見て笑いながら、今日の予定を話し、ロットと馬に乗って行ったあの低い山で滑ってみる事になった。みんなそれぞれ荷物を持って出発だ。
ローラとルツを乗せたソリをロットとリユンと俺で引っ張る。いくら男3人とはいえ、きついのには変わりない。10分程歩いて休憩に入る。
「ジュリ、その背中にあるのは何?」
良く見ると、ジュリとローラ、リユンの背中も同じような物が入っていた。そこだけ盛り上がっているように見える。ジュリが俺に見せるように手を入れ出してくれる。
「魔石?」
「そう、とっても温かいのよ」
触らせてもらうと確かに温かい。まるでカイロのようだ。暑すぎる事はなく、ほんのり温かいのでずっと入れていても苦にはならなそうだ。ジュリに魔石を返すとロットが急に立ち上がり、こんな事を言った。
「俺……。いつも馬に車を引いてもらってるけど……、今日、馬の気持ちが分かったよ。もっと優しくしよう」
何を言うのかと思ったら……。みんなの笑顔も引きつっていた。しかし、本人はあくまで大真面目に言っているようだ。
「ロット兄、変なの! あはははっ!」
俺は我慢していたのだが、ローラが馬鹿にするように笑ったのでみんなの我慢が解かれてしまった。
「良いことに気が付いたわねロット」
「ロット君って雑な所あるからね」
大丈夫。ロットは、ちゃんと優しいよ。そんな決意を聞き、少し落ち込んでいるロットはリユンに背中をトントン叩かれながら、目的地に向かって歩きだした。
「ここ?」
ローラが見上げるのは、誰も歩いた跡がない山だった。綺麗な新雪が、俺たちに用意されているようだった。天気も良く、気温も程よく低い。絶好のソリ日和だ。
みんなが遊ぶ用意をしていると、案の定ロットとリユンは服を一枚脱いでいた。動くと暑いのだ。俺は得意げに叫ぶ。
「みんな! 上に登ろうぜ!」
ソリのロープをしっかり握り、頂上まで駆け上がる。
「アグリ、ずるいぞー!」
「ローラもー!」
「お兄ちゃん待ってよー」
「みんな元気だなー」
「ローラちゃん、一緒に行こっか」
山の上まで来て早速滑るかと思っていると、みんなが「すげー」と静かに言っている。何事かと同じ方向を見てみると、村全体が雪に覆われ、幻想的な世界が広がっていた。風の音が耳に入ると、雪の粉が舞い上がった。俺たちと一緒に遊びたそうに風は山を下っていく。
「綺麗……」
思わず白い息を吐きながら口に出てしまった。それほどまでに綺麗だった。冬を心から綺麗と思ったのは初めてかもしれない、なぜなら――。
「お兄ちゃん?」
気付けばしばらくの間、景色を眺めてしまっていたみたいで、みんなが心配そうに見ていた。「ごめんごめん」と謝り、ソリの準備を開始した。
みんなにブレーキの使い方を教え、ローラとルツは1人で乗る事を禁止した。必ず、俺かロットやリユン、ジュリと乗る事を約束させた。
「最初は誰が行く?」
「ローラ!」
元気に手を上げたローラをソリの前に乗せ、後ろに俺が乗った。ローラをしっかり摑まらせてソリは動き出す。
勢いよく滑り出したソリは、ローラの歓喜の声と共にスピードを上げる。冷えた空気を切り裂き、風が背中を押した。後ろだから分からないが、今ローラは満点の笑顔だろう。歓声が耳に響く。
俺たちはスピードを調整しながら山を下り、ソリは止まった。ローラがくるっと振り向き、眩しい笑顔が見える。
「すごい! 楽しい! 面白い! もう1回!」
「あぁ! 今日はたくさん遊ぶぞ!」
「うん! 早く行こ」
早く早くとせかすローラを言い聞かせながら、みんなが滑り降りて行く。ルツはリユンに頼み、ジュリとロットを一緒に乗せた。
「ほら、ロット行こ?」
「お、おう……」
2人で行けと提案した時はああだこうだ言っていたが、今はしっかりソリに摑まっている。照れているロットが少し可愛く思えた。若いっていいな、青春だなと言いかけたが止めた。ジュリはロットを完全に信頼しているのか、両手を上げながら楽しそうに下って行った。
その後も俺たちはソリで遊び、雪玉を投げ、ロットを雪に埋めて今日という日を楽しんだ。
「アグリお兄ちゃん何してるの?」
「んー? 雪だるま」
「なーに? それ」
大きな雪の塊を1つ作り、上に乗せる小さ目の雪玉を作っていた。
「ローラ、アレ持ってきたか?」
「アレ?」
「魔石」
ローラは「うん!」と元気に頷き、鞄から魔石をいくつか出して来た。前に約束をした雪に色を付ける事が出来る魔石だ。
「よいしょっと!」
雪の塊を上に乗せると、大きなだるま状の塊が完成した。
「上の雪に好きに顔を描いてみて」
「分かった」
「俺は木の枝を探してくるよ」
しばらく探し回り、良い具合の枝を見つけ帰ってくると、ローラも他のみんなも腹を抱えて笑っていた。なんだなんだと雪だるまの方に向かうと、すぐにその理由が分かった。
「それって……、俺のつもり……?」
雪だるまの顔には魔石で描かれた俺を模した顔があった。正直似ている。俺がそう言うと「バレたかー」とさらに大きな笑いが起こった。
「仕方ないなー」
俺は予定より太い木を雪だるまの体に刺し、ムキムキにしてやると、想像以上に良く出来た雪だるまが完成した。
寒い山のてっぺんで、俺たちの熱気が覚める事は無かった。ただ、そんな楽しいひと時は一瞬にして過ぎ去った――。
「じゃあな、アグリ! 早くあったまれよ」
「すまん、ロット! ローラたちを頼んだ!」
ロットに頼んだのは帰り道、俺が寒すぎて震えていたからだ。というのも遊びに出た時は厚着しているみんなを笑っていたが、帰りはみんなに笑われた。汗が冷え急激に体温が下がったのだ。
そんな訳で、先に家に帰らせてもらったのだ。申し訳ない事をしてしまった……。
家に戻り、ご飯を食べ、お湯で体を暖めた。暖炉の前に座ると、ちょうどルツもあがって帰ってくる。
「今日楽しかった。ありがとうお兄ちゃん」
「そっか、良かった」
その言葉を聞けてすごく嬉しかった。すべては妹のためなのだから。
「お兄ちゃんは楽しかった?」
「俺!?」
冬は昔から好きな季節だった。仕事に追われる事がなく、比較的休めるからだ。ただ、そんな冬でも心から楽しむ事は出来なかったのを覚えている。春の存在がストレスだったからだ。眠りに就けば就くほど春に近づく感覚が嫌いだった。でもこの世界に来て、今日大切な友と山の上で村の景色を見た時、気付いた。
「あぁ、最高に楽しかった!」
でもまだまだ冬は始まったばかり。妹に、友に、家族にたくさん楽しいと思ってもらいたい。それで、俺も楽しくなるから!
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