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腹が減っては戦はできヌ  作者: らぴす
第二章:少年期
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招待

 何も変わらない日常が続き、冬休みに入って数日が過ぎた。川の流れによって引き起こされた風。それらは肌を冷やし、体の芯から凍ってしまいそうだった。そんな状況に立たされながら俺たちは今、修行をしている。この修行が終われば心も服も綺麗になるだろう。たぶん。


「こんな日に洗濯って、お父さんも人使いが荒いなぁ」

「文句言わないの」

「ほとんどルツのじゃん」


 ルツが帰って来てから、部屋の掃除、衣替えやベッドのメンテナンスと、やる事なす事付き合わされていた。そして今日は洗濯なのだ。よりにもよってこんな雪のちらつく日に。


「ちみてぇよーちみてぇよー」

「何言ってるのお兄ちゃん……」


 また気温が下がったのではないかと思えほどの、冷えた視線が飛んできた。


「すみません、何でもないです」


 そんなこの世界では到底伝わる事が無い冗談を言っていると、ルツから「早くして」とせかされ、その後は口だけでなく手も真面目に動かしたのだった。

 何とか修行が終わり、かじかんだ手を暖めながら帰り道を歩いていると、ジュリがお母さんのミルさんと歩いてるのが見えた。買い物にでも行ってきたのだろうか。ジュリはすぐにルツを見つけて駆け寄る。


「ルツ! おかえりなさい! 元気だった?」

「ジュリちゃん! ただいま、元気だよ」


 微笑ましい光景だ。この2人が姉妹だと言われても誰も気付かないだろう。そんな弾んだ会話を聞きながら俺はひとつ提案した。いや、今思い立ったが正しいのかもしれない。


「ジュリ、今度遊びに来てよ。ロットとリユンも呼んでさ。ご飯でも食べよう」

「良いの?」


 笑顔を見せたジュリは、許可を請うように振り向くとミルさんはコクリと頷いた。


「行く!」

「うん、また日が決まったら知らせるよ」


 「分かった」と嬉しそうに言ったジュリは荷物を持ち直す。ジュリとミルさんに手を振った俺たちは家に向かって歩き出した。


「みんなでご飯っていつから考えてたの? お父さん良いって言ってた?」

「いや。実は今思いついたから、お父さんにはまだ……」


 ルツは「はぁ」とため息をつく。思い立ったら即行動だ! 前の世界では散々後悔したことだ。それに今の父なら相談も気兼ねなく出来ていた。


「まぁまぁ、良いじゃん、何とかなるって!」

「お兄ちゃんって、考えてるようで実は計画性ないよね」


 学校に行ってどんどん成長する妹に、またぐさりと刺さる一本を貰う事となった。




「ローラもいくー!」


 後日、無事に父から許可が出た。日程も決めて予定をみんなに伝えようと外に出ると、最初に出会ったのはローラだった。何しているのかと聞かれ、隠すのも嫌だったため正直に話すと、この通り甲高い声が響き渡った。もちろん大歓迎だが、相手はまだ小さいローラ。俺の一存で決める事は出来ない。家に行って両親に会うしかないかと思った俺は、ローラの手を握り、友達の家を回りながらローラの家に向かった。


「おう、分かった! 楽しみにしとく」

「うん、待ってるね」

「それで、アグリ。子守でも頼まれたのか?」


 ロットには案の定、ツッコミを入れられてしまった。事情を説明をすると、手を叩きながら笑われる。


「それじゃ、ローラもまたな!」

「もちろんジュリも来るからな、気合入れて来いよロット」

「うるせぇ!」


 お返しにひとこと言ってやってから、ロットの家を後にした。


 次にジュリの家に行ったが、ローラはジュリの事も好きなのか永遠と話し続けている。リユンにも伝えに行かなくてはいけない。暗くなってしまうと言っても「分かった」と言ってからが長かった。もう一度言うと渋々別れの挨拶をしていた。


 次に到着したのはリユンの家だ。ただそこにはリユンの姿は見当たらない。家の中を覗きながら名前を呼んでいると、庭の方からおばあちゃんが出てきてくれた。


「あら。アグリちゃんに、ルツちゃんかい?」


 優しく柔らかなその声はどこか懐かしく、寂しいという感情も沸き立ってしまう。


「おばあちゃん、この子はルツじゃなくてローラだよ」

「ローラはローラ!」


 そんな説明をしてもおばあちゃんには伝わらない。ただ、リユンの居場所はしっかりと教えてくれた。「ありがとう」と伝えて作業場に向かう。


「遠い?」

「そんなに遠くないよ」

「もう歩けない」


 ローラは手を握って足を止めた。さすがに疲れてしまったのだろう。無理もない。


「もう少しなんだけど頑張れない?」

「無理ー! 歩けない!」


 足が棒になったように断固として動けない事を主張してきた。あまり遅くなってしまっては心配をかけてしまう。そのためしぶしぶ「分かった」としゃがんで、ローラを呼んだ。


「背中おいで」


 コクリと頷いたローラは嬉しそうに飛びついてきた。まぁ、この歳だから出来る事だからな。なんて思いながら歩を進める。

 作業場に到着すると、指導を受けていたリユンに会う事が出来た。ロットと同じく、会った瞬間クスクスと笑わる。リユンに事情を説明すると、仕事の予定を確認してから返事をすると言われた。


「ごめんな、出来るだけ早めに返事をするよ」

「分かった、でもリユンが居ないのは寂しいからな。難しかったら日を変えるよ」


 リユンと軽く相談していると、ローラがいつの間にか眠りに就いていた。だんだんと俺にかかる体重が多くなっていた訳だ。


「じゃあ、ローラを送るからまたな」

「うん、気を付けて」

「悪いけど、何か掛けてやる物借りられない? 風よけくらいで良いんだけど」


 リユンから薄いブランケットを借り、ローラをくるんでもらった。リユンに手を振り、ゆっくり歩き出した。

 背にいるローラが少しずつ落ちてくるのを感じ、足を止め背負い直す。背中に感じる優しい温もりが、俺の心まで温めている気がする。俺には前の人生でも弟や妹は居らず、こんな事を経験できる人が。2人も出来る日が来るなんて思ってもいなかった。またこれからもしたことの無い経験が増えて行くのだろう。


 その後も寒い道を歩いていると、大きな音が世界を揺らす。


「雪雷か……」


 白い息を吐きながら呟く。大きな黒い雲が山の上で本格的な冬の始まりを告げている。


「もうすぐみんなで遊べるぞ」


 見えないローラの寝顔を想像しながら、ローラの家に急いだ。






「いやー、何度も何度もすまないね、アグリ君」


 ローラの家付近に近付くと、心配そうに家の周りをきょろきょろと見渡しているロイスさんを見つけた。「おーい」と手を振って安心させる。


「心配かけてしまって、すみません」

「良いんだ、まったく誰に似たんだか」


 首を振るロイスさんに、ブランケットに包まれたローラを渡す。少し声が漏れたが、眠りから覚める事は無かった。

 俺はついでにみんなと同じ要件をロイスさんに話す。


「ローラちゃんも来たいって言ってたんですが良いですか?」

「ありがとう、よろしく頼むよ」


 嬉しそうに承諾してくれて、ローラにも伝えてくれるそうだ。これでメンバーが決定した。精一杯もてなすとしよう。

 ロイスさんに頭を下げ、軽く走りながら家に向かった。


「うわっ、雪降ってきた!」


 白く大粒の雪が空から舞い落ちてきた。雪を目で追うと、一瞬だけ世界の時間が遅く感じられる。これが好きで、つい何度も繰り返してしまう。


「この雪は積もるかもな」


 薄暗い世界の中に暖かいオレンジ色の光が見えてきた。


「ただいま!」

「おかえりー」


 当たり前に帰って来る返事に耳を澄ましてから、ノートに予定を書き込んだ。それから晩ご飯の用意をしている父と妹に予定通り実施することを伝えたのだった。

Next:続くさ、きっと

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