分からない
「私も行く!」
「俺もー!」
そんな声が響き渡る孤児院の門。風が強く吹き、子供たちの乾燥気味の髪が激しくなびいていた。近くにはロットの馬車が来ていて、リユンと柵の確認を行ってくれている。
「こーら、わがまま言わないの」
ダリアさんは子供たちを必死になだめている。一緒に行きたいと言って来たのは、朝ごはんを食べている1時間ほど前の事だった。最初は俺も先生達の許可が出れば何人かは連れて行っても良いと考えていたのだが、今は優先したい事があるので断念した。子供たちには申し訳ないが、別の機会を用意すると約束したのだった。
「お世話になりました、また顔を出しますね」
「こちらこそ、ありがとうございました」
「絶対早く帰って来てね?」
「あぁ、必ず。約束だ」
馬車に乗り込むみ、荷物を置くと、ロットとリユンも帰って来た所だった。
「良い感じだったよアグリ。ちょっと怪しい箇所もあったけど」
「プロには敵いませんよ」
リユンの肩を軽く叩く。
「褒めても何も出ないよ」
そんな再会に笑みが零れた。
「忘れ物はないか?」
「あぁ、ありがとうロット、行こう!」
ロットの明るい声を、そんなに日が経っている訳でもないのに、懐かしく感じた。
しばらく馬車が走った所で、突如リユンが口を開いた。
「そういえば聞いたか? ロットとジュリの事……」
「え!? なになに? 聞いてないよ」
すると俺の声が大きかったのか、ロットが気付き「やめろよ!」と大きな声を出し振り向く。しかしリユンは、ロットは手が離せないのを良い事に、ニヤニヤと笑いながら話を続ける。リユンの様子を見るに、何か2人の仲に動きがあったのは間違いない。
「付き合ったのか?」
「それが……。まだなんだよ」
「えぇー?」
少し溜めを作りながら話しているリユンを、俺も楽しく聞いた。
お互いが意識しているのを知っている俺たちは、さっさとくっつけば良いのにと思っている。ただ、ロットはああ見えて繊細で律儀な所があるため、その辺はちゃんとしたいタイプなのだろう。
「それで、何かあったのか?」
「手紙、書いてるんだってさ」
「手紙?」
どんな内容かはさすがに聞けないが、おそらく俺が想像しているような内容で間違いないだろう。そんな2人の関係を面白おかしく話していた時、ふと思ったことがあった。そういえば父と母は何歳の頃に結婚したのだろうか。この世界では結婚する歳は、平均どのくらいなのだろうか。またいろいろ知りたいことが増えた。機会があったら聞いてみるとしよう。
その後も、ロットを茶化しながらアリアの元へと向かう。こんな事で他の人を茶化すなんて小学生ぶりで、懐かしくも感じたのだった。
クラリネに到着した。久しぶりのように感じるのは気のせいだろうか。待ちに待った妹との再会。心臓が少しずつ高鳴ってきているのが分かった。
今日は仕事の出入りではないため、町の外で馬車を降りて門をくぐる。
町はいつもより静かだった。冷たい風が音を立てる中、店先に立っている人はほとんど居ない。営業しているのは、部屋の中に入れる店だけだった。前の世界でも冬場の朝市は無く、春になって再開していた。この状態は何かに使えるかもしれない、記憶の片隅に置いておくとしよう。
綺麗になったアリアの店に到着した。妹は帰ってきているだろうか。冷えたドアを開けると暖かな笑顔がこちらを見た。
「おかえりアグリ。お仕事お疲れ様」
「ありがとう」
手紙に一連の予定を記しておいたので、第一声は「おかえり」だった。近い将来、毎日聞ける日が。なんて妄想を膨らませていると「ちょっと待っていてね」とアリアの声がした。店内を見渡すと、3人ほどお客さんが待っている。アリアは1人で対応に追われているようだ。
「すまないね、アリアちゃん。こんなにまとめて頼んじゃって」
「いえ、大丈夫ですよ。いつもありがとうございます」
そう言ってアリアは、大きなカゴにたくさんの魔石を入れて手渡した。お客さんの女性は重そうにそのカゴを受け取るが腕が震えている。明らかに重量オーバーのようだ。俺はすぐにその女性に近づいてカゴを受け取った。
「家まで運びますよ」
女性は眉を上げ驚いた表情をしたが、アリアのフォローもあり、家まで運ぶ事になった。
「ありがとう、よろしくアグリ」
「悪いわね、迷惑かけて」
「いえいえ、そんな事ないですよ」
店を出てしばらく歩く。やはりこの寒さの中、重い魔石を一人で運ぶのは危険だった。申し出て良かった。
「家では1人だから、冬中の魔石を溜め込んでおくんだよ。これで安心して冬を過ごせる」
「それでたくさん買ったんですね」
そんな他愛もない会話をしながら、家に無事到着した。お礼だと受けとったのはお菓子だった。
「ありがとうございます!」
歩きながらルートを変えた。ルツのいる学校の前を通りながら帰る事にしたのだ。会えればそれでいいし、会えなくても問題はない。そう思い学校方面に足を向けた。
学校に近づけば近づくほど、学生が増えて行く。ルツと同じくらいの子も居れば俺と同じくらいと思える子もちらほらと見える。
「やっぱり、若い言っていいなぁ」
そんな事を呟くと今の俺も若かったんだと笑えてきた。
しばらく歩みを進め、学校の門に近づき様子を窺いながら通り過ぎる。近くにルツは居ないみたいだ。アリアと学校に突撃した思い出を頭に浮かべながら歩く。すると近くの店の前に、4人の女の子が笑いながら店を覗いていた。少し気になったので歩を遅くする。良く見ると店内にも人が居て、それを笑っているようだ。まさか……万引き? そんな事を思い、さりげなく観察していると店内から女の子が出てきた。
ルツだった。名前を呼ぼうとして寸前で思いとどまった。
紙袋をもったルツは外で待っていた女の子たちに袋を渡す。中から出てきたのは勉強用のノート。一冊ずつ配り終えると女の子たちは笑いながら去っていった。ルツを一人残して……。
「ルツ!」
「お兄ちゃん!?」
急な登場に驚いたルツは、持ていた袋を背中に隠す。意識的に俺を見ないようにしているのがすぐに分かった。見られてはいけないものを見られてしまったと、分が悪そうだ。
「み…、見てた……?」
ルツが声を絞り出す。
「うん? 友達か? ノートあげたのか?」
「ちょっといろいろあって……。でも大丈夫! ただいまお兄ちゃん!」
「お、おかえり?」
急に口調を明るく変え、元気に手を上げたルツは持っていた袋を素早く畳み、鞄に放り込んだ。想像していたよりも元気そうで何よりだが……。少し心配しすぎていたのかもしれない。初めての学生生活、いろいろストレスもある事だろう。
「寒いから早く行こ?」
「そうだな、荷物持つよ」
「ありがとう」
ルツの大荷物を持ち歩き出した。どこの世界も大きな休みの前はこんなに大荷物なのか……。
「見ない内に大きくなったな」
「そうかな? 自分では分かんない」
そんな会話をしながら歩いき、もう数分で店に着くという所でルツは足を止めた。
「あれ飲みたい!」
ルツが指を指したのは、ホットミルクだった。アリアの店で貰えば良いのにとも思ったが、せっかくだからたまには良いか。
「分かった、入ろう」
そう言って店に入り、ホットミルクを注文した。
「あったまるー」
「そうだな」
木製のコップを両手で持つと、心も指先も温まる。なにより大切な妹との貴重な時間が嬉しかった。
「学校はどんな感じだ?」
「んー」
ルツは上唇に白い髭を付けながら話してくれた。
「楽しいよ。先生も楽しい人が多いかな。勉強は難しいけど、魔法がちょっと使えてきて楽しい!」
「そっか、良かった。友達は出来たか?」
「うん!」
「そっか」
不思議な間があった。一瞬だ。ほんの一瞬の。しかしルツの表情に変化は無かった。
思っていた以上に楽しそうだ。良かった良かった。
「ありがとう、お兄ちゃん! 美味しかった!」
「うん、また来よう」
十分温まり店を出てアリアの元へ向かう。
「さむーい」
「早く行くぞ」
店に到着してルツは勢いよくアリアに抱きついた。
「ただいまー、アリアちゃん!」
「おかえり、ルツちゃん!」
久しぶりの再会を男たちは後ろで見守り、微笑ましく思う。俺と会った時は……なんて思ったが口に出すことはしなかった。将来的に嫌われそうだったからだ。
その後、一通りアリアとお喋りを楽しんだルツは、ついでにロットとリユンにもただいまと言った。
「なんか、俺たちだけ雑じゃね?」
「だな」
その後マリーさんがお昼ご飯を用意してくれて、みんなでご馳走になった。
帰る用意をしていると、アリアが手招きしているのに気付く。付いて行くと、ある部屋に連れられた。
「アリアの部屋?」
「そう、座って」
指示に従いその辺に座ると、アリアは真剣な目に変わっていた。すると、俺を見つめて「で、どうだったの?」と聞いてくる。
「どうだったって……、案外元気そうだったよ?」
俺がそう言うと、アリアは大きくため息をついた。おでこに右手を置いてかなり呆れている。それでもルツは何の問題もなく元気そうだったんだ。兄の俺が言うんだから間違いない。
「隠してるわよ、ルツちゃん。多分家に帰ったら余計に隠すようになる。お父さんが居るからね」
「隠してる? あんなに素直なルツが?」
アリアは俺の肩に両手を置いた。「アグリにしか出来ないの」と前置きをして口を開く。
「ただ聞くだけじゃだめなの。今日ルツちゃんに何か聞いた?」
「学校どうって」
「楽しいよって?」
「その通りです」
想像していた通りと言った感じで、頭を抱えている。
「まず、話したい聞いてほしいって思える環境を整えるのよ」
「具体的には」
アリアは少し考えてから分かりやすく話してくれた。それは俺の過去とも少しリンクしている事に気付く。
「例えばアグリが私の大切なものを壊してしまって、隠したとする。壊してしまった事を私は知っているの。でも正直に言ってほしいって私は思ってる。そんな時、アグリに壊したでしょ!って言っても答えたいと思う?」
その言葉に俺は思い出す。当時、自分の事を正直に話したいと思ったことが無かった事を。何かしてしまっても隠滅を優先していた事も。
「それは言いづらいと思う」
「そうね。じゃあ、どうするか。ルツちゃんの気持ちは今どうかな? アグリはどう思う?」
「ルツの気持ち」
目の前にあるアリアの机の上で手を組んで思案した。ルツが言いたくないと思っている。何故? ルツは良い子だ。学校で何かあったとしても平和的な関係を築きたいと考えるだろう。でもそれが上手く行っていないとして、それを隠そうとしている理由。
「心配かけたくないって思ってる?」
「うん、そうかもね」
アリアの表情は柔らかくなり、少しだけ安心した様子だった。
「そんな気持ちを隠しているルツちゃんに、どうやって話してもらえるかじっくり考えてみなさい」
「分からない」
「大丈夫よ、アグリなら。大切な妹を助けてあげなさい」
それから背中を思い切り叩かれ、馬車に乗せられた。
ルツは町の外までお見送りをしに来てくれたアリアとハグをして馬車に乗り込んだ。
「また来るねアリアちゃん」
「えぇ、家が男臭かったら泊りに来ても良いわよ」
「絶対行く!」
なんか耳に入った気がするが、気のせいと信じたい。掃除は定期的にしているしな。
「ロット、みんなを頼んだわよ」
「任せろ!」
「アグリ! 分かってるわね?」
「うん、何とかやってみる」
馬車が走り出し、みんなで手を振った。
さて、勝負はここからだ。最初は失敗してしまった。ルツの気持ちを分かってやれなかった。まだ終わっていない。俺は心からルツの力になりたい。冬休みの間、何が出来るのか真剣に考えよう。必ず助ける。
「お兄ちゃん見て! 雪!」
ルツの声で馬車が止まる。みんなで一度馬車から降りると、先ほどまで吹いていた風がピタリと止まり辺りは静けさに包まれていた。そんな中みんなの息が白くなり宙を舞う。
「もう冬だな」
「そうだね」
空を見上げていると、ルツの元気な声が響く。
「見て! ペイントスノー!」
ルツがそう叫ぶと、降ってくる雪の一粒一粒に色が付き、カラフルな雪が降り始めた。
「すげー」
「あぁ、綺麗だ」
「誰にも言っちゃだめだからね。私達だけの秘密!」
そう言うとみんな嬉しくなり、笑いあった。母が言っていた、魔法は制限されていると。それがあるから秘密なのか。まぁ、子供のいたずらのような感じだろう。
「そうだ、みんな。雪が積もったら一緒に遊ぼうよ! ローラとも約束してるんだ」
みんなが賛成してくれて遊ぶ約束をした。絶対楽しい冬休みにしてやると心に決めた。
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