輝く紋章
コバトさんのお店を出た俺は、アリアの店に荷物を取りに行ってから、みんなの居る孤児院に向かった。荷物が濡れてしまわないよう、急いで馬車に乗り込む。
「すごい、綺麗になってる」
孤児院に到着して見に行った場所は、ダリアさんに頼んでおいた畑だ。綺麗に草が刈り取られていて、久しく日が当たっていなかった土が雨に打たれていた。
予想通り屋根に落ちた雨は、畑の間を川のように流れている。ちゃんと畔を作れば畑への雨の侵入も防げて、排水も出来るようになるだろう。
院内に入ると、ジュリと共に子供たちが居た。
「お待たせ!」
「おかえり、アグリ」
「おかえりなさい、アグリさん」
「メリスさん、ただいまです」
口に出した「ただいまです」に自分で苦笑いしながら、みんなが部屋の中で遊んでいる所に割って入った。
「みんな、服が完成したよ!」
荷物を机にそっと置いた。少し前、みんなに約束した服が完成したのだ。
近くに居た子供たちにも呼びかけた。するとすぐに歓声を上げながら、近づいてくる。服をみんなに配ろうと荷物を広げているとメリスさんも近づいて来た。
「アグリさん、雨に濡れたなら風邪をひく前に着替えてきてはどう? お湯も使っていいから」
「ありがとうございます。ではお言葉に甘えて、服の事よろしくお願いします」
「はい、分かりました」
ちょっと寒いと感じていたので助かった。着替えを持って歩き出す。
院の少し奥に進み、人気が無い部屋に入った。肌に張り付いている服を脱ぎ、適当に畳み、奥に進む。
ピトッピトッと音を鳴らしながら歩き、魔石に触れようとした瞬間、俺1人だけの空間に水の流れる音が響いた。院の子供の誰かだろうかと声を出す。
「誰かいるの?」
「えっ?」
音がした方を目を凝らして見てみると、そこにはダリアさんが背を向けて立っていた。
「ダリアさん!? ごめんなさい! すぐ出ます!」
俺は驚きつつも、急いで部屋を出た。
わざとではないとはいえ、申し訳ない事をしてしまった……。もっと確認すればよかったと、後悔の気持ちが心をかき回した。
「ダリアさん、魔法使いだったのか……」
しばらくすると中からダリアさんが出て来たので、改めて謝罪した。
「ごめんなさいダリアさん、確認しないで入ってしまって……」
「私こそ驚かせちゃってごめんなさい」
快く許してくれたダリアさんは「次どうぞ」と言って去っていった。
少しだけそわそわする心を落ち着かせながら、冷えた体を暖めた。
みんなの所に戻るとご飯の準備だろうか、リユンとジュリがメリスさんと台所に立っていた。ロットは俺がこの部屋に入る前、子供たちとあちらこちらで走り回っているのを廊下で目にしていた。
椅子に座ってジュリが出してくれた水を口に含むと、ダリアさんが隣に座る。
「温まりましたか?」
「はい、おかげ様で」
何だか居心地が悪いので話を逸らす。
「そういえば、畑見ましたよ。綺麗になってました。ありがとうございます」
「力になれて嬉しいです」
気まずい……。とても気まずい……。ダリアさんから俺の隣に座って来たという事は何か、話があるからなのだろう。さっきのこともあり、この沈黙が異様に長く感じた。何か話を振らなければと思い立ち、畑の続きの話をした。
「晴れた日に柵を作りますね、川があるので」
ダリアさんは笑顔で「お願いします」と答えるだけだった。
また沈黙が続く。周りは賑やかなはずなのに、この2人の空間だけ別世界に居るようだった。
するとダリアさんが意を決したように唇を固くして話し始めた。
「気になりますか、背中の事……」
身を洗っているダリアさんに鉢合わせてしまった時、見えてしまった物。それは背中に白く輝く紋章だった。それは妹のルツやアリアも色は違えど持っているもので、何を隠そう魔法使いの証だ。
ダリアさんは怒っている様子も無かったため、話す事にした。
「正直見た時は驚きました。でもダリアさんが魔法を使っている所を見た事が無いし、子供たちも知らない様子だったので、何か事情があるのかと……」
本当は聞きたくて聞きたくてしょうがなかったのだが、ダリアさんの気持ちもある。俺からは何も言わないとさっき決めた。今のダリアさんを見ても、触れてほしくないオーラを感じたのだ。
「お気遣い、ありがとうございます」
ダリアさんは髪を耳に掛けると「でも……」と静かに声を立てた。
「私、魔法は使えません。これだけは知っておいてください」
申し訳なさそうな声を絞り出した後、すっと立ち上がりみんなが居る台所へと向かい、歩き去った。きっとダリアさんの心の中で何かがあるのだろう。俺は何も気にせず、いつも通り接するのが一番良いのかもしれないと思った。
その後、ジュリ達が作ってくれたご飯を食べた。食事中、少し遠くに座ったダリアさんと目が合う事は無かった。
「ここに柵を作るんだね?」
「そう。頑丈な杭を一定間隔で打ち込んでから、丁度いい板を打ち付けようかと思うんだけどどうかな?」
「うん、良いんじゃないかな。子供たちのために、少しだけ高めにしようか」
リユンと柵の相談をした。リユンと俺は、手を大きく広げたり、自分の身長と比べたりしながらイメージを膨らませていく。大体の大きさや形が決まり、材料を用意してくれることになった。完成次第運び込み、俺が柵を作る事に話がまとまった。
帰りにはダリアさんに鍬を渡し、軽く耕してもらう事となった。少し耕してもらうだけで、畔が作りやすくやるからだ。
その後、俺たちはロットの馬車に乗り込み、帰途に着いた。
「今更なんだけどさ」
コバトさんと話している時、俺は俺のやりたいことをやっているだけで、みんなを付き合わせている事をつくづく実感した。そこでみんなの事をもっと気にかけなければならないと感じた事を思い出した。
「何?」
「どうしたの?」
3人は不思議そうな顔で俺の目を見つめる。
「最近、いつ休んだ?」
無意識の内に、前の世界で自分がやられていた事をやってしまっていたのではないかと不安になってしまったのだ。というのも、仕事をみんなに頼みすぎていた気がしていた。
「そういえば、最近は忙しかったわね?」
「確かに……。俺は外に出かけなくても家で仕事していたかも」
やっぱりか、と俺は頭を下げた。気付かない内に負担を強いていたみたいだ。
「ごめん!!! 付き合わせて、休みもなく働かせてしまった……」
馬車の中で深く頭を下げた。体に染みついている過去の呪いを、俺はまだ振り切れていなかった。それともこれが本当の俺だとで言うのか。
「大丈夫よ、アグリ。楽しいし、負担になんて思ってないわ」
「あぁ、俺もだよ。アグリとの仕事は楽しいよ」
みんなが肩を叩いて励ましてくれる。愛されているんだ、今の俺は。
「アグリ! 俺は良い感じにサボってるからな、気にしなくて良いぞ」
馬車の前からロットの声が響き笑いに包まれた。
ただ俺の心には何か引っ掛かっているように感じた。みんなは優しく言ってくれるが、将来的にしっかり休みがないとだめだ。その環境を作っていく行動を今しないと、きっと後悔してしまう。
顔を上げ、もう一度みんなの顔をしっかり見つめた。
「みんな、ありがとう。でも、体を休める時間も必要だと思う。だから、7日間を一区切りにして、仕事をしない日を決めよう!」
ロットが大きな声で「賛成!」と叫び、みんなで話し合っていつ休むかを決める事になった。これで、仕事の質も向上するし怪我や生産性も上がる事だろう。俺の心の呪いは俺が消さないといけない。それはきっとこれからの行動がカギになるはずだと心に決めたのだった。
Next:練習