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腹が減っては戦はできヌ  作者: らぴす
第二章:少年期
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コバトさん

「冷てぇ」


 秋の実りの1つである、大根を収穫して川で土を落とした。ゴム手袋もないこの世界で、冬に近づき、キンキンに冷えている水で洗うのは何かの修行かと思えてくる。ただ、この寒さは大根にとって、とてもいい恩恵がある。大根は寒すぎると凍ってしまうため、自分を守ろうと、糖分を蓄える。そのため、冬の大根はどの季節よりも美味しく食べることが出来る。

 曲がったり、今にも歩き出しそうな大根を綺麗に洗ってやる。その輝く白い肌は、食欲をそそる。


 小屋に洗った大根を、あらかじめ作っていた干し場所に運んだ。大根の葉は切らずに、2本の大根をセットにして麻紐で結び、引っ掛ける。これを数日間、置いておけば大根の水分が抜けしなってくる。その後、たくあんを漬ける事が出来るようになる。


 大根が干し終わり、白菜とキャベツも小屋に取り込んでいく。出来るだけ外の葉を残して収穫する事で、外の葉がラップの役割をしてくれて長持ちする。小屋に置くときも、畑になっていた体制そのままに置くことで腐りにくくする。

 ただ、白菜を2つずつ抱えて小屋に戻り、また畑に戻るのはかなり大変だ。農業用一輪車が欲しい。リユンなら作れるだろうか、今度聞いてみることにしよう。


 冬支度が少しずつ進む中、もうすぐ帰ってくるルツの事がいつも頭の中にあった。魔石の傷は日に日に大きく深くなっている。ルツの事が心配で心配でならなかった。もし叶うなら助けたい、そう常に願っていた。






 数日が経過し、干した大根もいい具合になってきた頃、俺はコバトさんのお店に来ていた。店内には、冬に近づく冷たい雨が屋根に打ち付ける音が響く。


「それで構わないよ」

「でも……」

「私もいつまでここを続けられるか分からないから、アグリ君に貰った恩を返せるときに返しておきたいんだよ」


 コバトさんの優しい声が、俺の心を揺らす。



 今日ここに来た理由は、野菜を買ってそれを店で出してくれないかと相談をしに来たのだ。事前にお互い損をしないよう、いろいろとアイディアを用意しコバトさんに提案しようと考えていたが、それらを語ろうとした時、コバトさんは話を遮ったのだ。そして、こんなことを言った。


『お店で売れ残った物を定価で買い取る』


 もちろん俺としては、これほどありがたい話は無かった。でも、鮮度も落ちるだろうし、安定供給とは程遠くなってしまう。


「もちろん、必要な物は注文することもあるだろうけど、基本的にそれで構わないよ」


 コバトさんがそう言ってくれたんだ。それなら俺がやる事はただ1つ。


「ありがとうございます。全力でサポートします」


 胸を張ってそうは言ったものの、想像以上に甘える形となってしまったのだった。


「お礼を言うのはこちらの方よアグリ君」

「え?」


 何の事だろうかと不思議に思っていると、コバトさんはニコニコ笑いながら口を開いた。


「私には孫が居ないから、あなたがすくすく成長して挑戦していく姿を見られて嬉しいのよ」


 俺にはコバトさんの気持ちは分からないが、そんなものなのだろうか? 俺がおじいちゃんになったら分かるものなのかもしれない、なんてことを思った。


 コバトさんと仕入れの件で話がまとまった所で、これまでの経験を聞かせてもらう事にした。


「コバトさん、これまでは食料の運搬はどうしていたんですか?」

「魚は特定の漁師さんに運んで来てもらっていたわ。野菜はその都度、市場まで買いに行っていたわね」


 それで、野菜に関して喜んでくれたのか。


「漁師さんはどうやってここまで魚を運んで来ていたんですか?」

「確か、担いでた気がするわね」


 担ぐか、毎回は大変そうだ……。

 前々から畑や村の畑、孤児院に作る畑から馬車で野菜を運び、お店までどうやって運搬するかを考えているが、なかなかいい案が思いつかない。前の世界にあった台車は頭にあったが、道が舗装されていない上に、ぼこぼこで、雨なんかが降った日にはどろどろだ。せめて、タイヤ部分は大きい物でないと、安全に綺麗な商品を運ぶのは難しいだろう。


「馬車が街中では難しいのでどうしようか迷っていて」

「なるほどね、馬車は馬が禁止されているのよね?」

「そうなんです、特別な許可がないと入れないんです」


 そう言うと、コバトさんも一緒に考えてくれた。首を傾け、手を顎に乗せる。「んー」と唸り声を微かに出しながら呟き出した。


「馬車……、馬の力で動くのが馬車……馬を外したら車……。人の力で、いや、難しいわね」

「人の力?」


 コバトさんの言葉を聞いて何か思いつきそうになった。何かが頭をよぎったのだ。人の力で動く車……、タイヤが大きく荷物も載せられる。

 俺は記憶を呼び戻すように、指立て、机の上に漢字を書いた。『人』の『力』で動く『車』


「人力車!!!」

「え……?」


 急に叫んでしまって驚いたのか、コバトさんは目を見開いてこちらを見ている。


「ありがとうございます、良いアイディアを思いつきました!」


 俺はリユンに伝えるため、急いで店を後にした。


「ちょっと、雨降ってるわよ!」




 人力車、前の世界でも俺の田舎の町では、一種のアトラクションのように目にする機会が多かった。最高、大人三人が乗れるが、てこの原理によって重心が後ろにあり持ち上げるのは簡単らしい。もちろん、人ひとりが100キロ近い重さを上げるため、大変なのは変わりが無いが、効率を考えればかなり良い代物であるに違いないだろう。それに、原理を説明できる賢治さんが居て、計算が得意なジュリ、忠実に完成させる力を持つリユンが居るんだ、絶対完成できる!


「また頼ってしまうけどごめんよー」


 雨に打たれながらどろどろになっている地面をバシャバシャと足りながら、叫んだ。

Next:輝く紋章

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