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腹が減っては戦はできヌ  作者: らぴす
第二章:少年期
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旬には旬の意味がある

「アグリ君、すごい物を開発してしまったんだ」

「麹菌ですか?」

「いや……。それはもう少し先になりそうだ」


 賢治さんに呼び出され、改装中のコバトさんのお店で食事をとっていた。急に何かと思ったが発明品があるみたいだった。


「アグリ君はビニールハウスを欲しいと思わないかね?」

「そりゃ、あれば助かりますけど……」


 賢治さんにそんな事を言われ、期待を高めながらご飯を食べて店を出た。賢治さんの家に向かっている途中、急に話が変わる。


「話は変わるが、盗賊に遭遇した事はあるかい?」

「盗賊ですか? 会った事ないですね」


 夜中に走った時、頭をよぎった心配事の1つだ。しかしこの世界で盗賊の情報は聞いた事が無かったし、実際に遭遇することはこれまで無かった。そのため特に心配するようなことはしていなかったのだ。


 賢治さんはゆっくりとした口調で「聞いた話なんだが」と言ってきた。あまりに雰囲気のある言い方だったので、固唾を呑んで次の言葉を待つ。


「ホルンとクネットの間に山脈があるだろう?」

「ユーフォニー山脈ですね?」

「実は、ホルンからクネットに山を越えて行ける道があるんだが、そこにはどこの町とも接点を持たない民族が居るらしい」

「その人たちが、盗賊という事ですか?」


 歩を止める事なく静かに頷く賢治さんは、補足するように「単なる噂だがな」と言った。

 実際に被害があったなんて報告もあるそうだが、実際の所どうなのかは分からないらしい。ただ、野菜を盗られたなんて事もあるそうで気を付けるよう警告を受けた。


 野菜の盗難は困ってしまう。この世界で対策をするのは不可能だろう。どうした物かと悩んでいると、賢治さんの家に到着して中に入った。


「早速だがこれを見てくれ!」


 相変わらず整頓されていない部屋の奥から、何やら木箱のような物を持ってきた。それを机に置いた賢治さんは胸を張って言った。


「育苗器だ!」


 賢治さんは、夏休みの工作を母に見せているようなキラキラした瞳だった。

 育苗器。前の世界では、米の種を蒔いた箱を育苗器に入れ、水蒸気の熱で温め芽を出していた。これがあれば、まだ寒さが残る時期から苗を作る事が出来る、大変便利な代物だ。ビニールハウスの話を出してきたのはこのためだったようだ。


「すごいですね! どんな仕組みなんですか?」

「実はこの世界に来て、魔法とは、魔力とは何なのかを調べていてね。いろいろ試している時にこれが出来たんだよ」

「と言うと?」


 賢治さんが持ってきた装置を眺めてみると、土が入っている場所の下に、何やら引き出しの取ってが付いていた。引き出してみると、中からセットされた3つの魔石が見えた。


「魔力を調べてみると、放出された魔力は空気や土などの自然物に吸収されていることが分かった」


 良く分からないが賢治さんが言うなら正しいのだろう。


「そして自然界に溶け込んだ魔力は植物や日の光、雨や雪と言ったもので恩恵をもたらしそれと同時に魔法使いたちに魔力が戻って行くんだ」

「魔力は自然界を通して循環しているって事ですか?」

「その通り!」


 いつになく自信満々に話す賢治さんはとても楽しそうだ。俺は正直良く分かっていないけど……。


「その循環を生かして作ったのがこれだ」

「育苗器……」


 賢治さんはすぐに育苗器の使い方を教えてくれた。


「中に水と闇の魔石、最後に、魔力をパンパンに込めた魔石もセットして完了だ」

「それでどうなるんです?」

「水は文字通り水の補充、闇は外部からの光を遮断するこの理由は分かるね?」

「はい、その方が効率的に芽が出ますからね」

「その通り。そして、魔力。土に吸収されていった魔力は植物の力になり、1日で芽を出す」

「1日で!?」


 普通、育苗器に入れても米の芽は5日ほどかかる。それが1日で出るのは革命的だ。もしこの技術が実用的になれば、魔力農業が広がっていくかもしれない。ただ、いくつか問題が頭に浮かんだ。


「でも、今の所米には向いてないですね。直接ここに蒔く訳にはいきませんし……」

「やっぱりそうだよな?」


 米は苗箱に土を入れて、箱ごと育苗器に入れる必要がある。現状の育苗器だと、田植えをするにも都合が悪いだろう。


「でも、原理は分かったので、後は設計の問題ですね」

「あぁ! また試してみるよ。でもナスやキュウリなんかはこれで出来ないかな? 肥料要らずで作れるだろうけど」


 確かにそう考えると、とても便利だ。季節関係なく生産できるのは魅力的で、お店に安定供給が出来るのも良い。


「この装置が完成したら、俺にも使わせてください。ただ、季節関係なく物を作る事はしないと思います」

「構わないが、どうしてだ?」

「せっかく季節のある世界に来たんです。季節を楽しんでこその農業です!」


 旬、魚や花にも旬の季節があるように、野菜にももちろん旬がある。前の世界で、店に行けば冬でもトマトが手に入り、季節のフルーツも簡単に手に入った。ただ、旬には旬の意味があり、春に苦みの多い山菜や春菊、水菜があるのは冬の間、体に溜まった毒素を出すと言われている。また夏にスイカやキュウリと言った水分の多い野菜があるのは、体を冷やす事が出来るからだ。秋に甘い野菜やイモ類のカロリーが取れるのは冬に向けた準備をするため。俺たちは旬があるから楽しく生きていける。

 せっかく季節がある世界に生まれ、農業をもう一度やると決めたんだ。最大限、季節を生かした農業を楽しまない訳にはいかないだろう。


 しかし、装置も使いようによっては農業を楽にしてくれて、今後の発展に繫がる事だろう。下の世代にも楽しく農業をしてもらうためには積極的に使っていく事も大切だ。極端な考え方ではなく、バランスの取れた考え方をしていく方が賢明だろう。


「ちなみに……、麹菌の開発は手を付けているんですか?」


 賢治さんにそう聞くと「アグリ君」と肩に手を置いてきて首を振った。


「科学者の好奇心には抗えないのだよ」


 ちょっと良く分からないが、味噌を作れるようになるのはもう少し先になりそうだった。


「そういえば賢治さん、この前アリアが不思議な魔法を使っていたんです」


 風邪をひいた時、アリアがしてくれたすべてを説明した。それを聞いた賢治さんは、顔をニヤリとさせた。


「面白いな、調べておこう」

Next:コバトさん

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